トリガーダンス

霧嶋めぐる

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8(終)

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 まだ眠っているエアを置いて、ワタシ達は一度研究所に戻りました。ワタシの機体に残っているデータのバックアップを取り、博士の家に眠っていた未使用のタブレットPCに映します。

 戦闘術などの余分なデータを削除した結果、博士のコンピュータに移されたのは、「カノン」という、ワタシのようでワタシでない、もう一人のワタシでした。

「アナタの体がふたつにならないのなら、ワタシのデータを複製すれば良いんですよ。このワタシの美しい容姿まで反映できなかったのは残念ですが」

「はは。十分だよ。ありがとう、カノン」

「どちらのワタシに言ってるんですか?」

「二人に言ってる……愛してるよ、カノン」

 博士は瞳を潤ませて、ワタシ達を掻き抱きました。




 博士はワタシに、住所を口頭で伝えました。

「僕が家に戻らなくなってしばらくしたら、この家から手紙が届くと思うから、訪ねてほしい。エアを雇ってくれるはずだ」

 エアには最後まで何も言わずに、博士はワタシ達の前から姿を消した。






 ご主人様が「お家でおとなしくしてるんだよ」と言ってお出かけになられたのは、一週間前のことだった。その間ずっと、オレはカノンと一緒にいなければならなかった。

 あいつ、オレがほんの少し犯した失敗を目ざとく見つけては咎めてくるんだ。掃除機のコンセントを抜き忘れたくらいで怒ってくるし、「後でやろうと思ってた」と言うと「後でっていつですか?」と聞いてくる。

 いつ、だなんて、そんなの“いつか”に決まってるじゃないか。オレに未来予知はできないんだから。

 オレはご主人様がいつ戻られてもいいように、暇をみては布団を温めていた。決して、寂しかったとかではない。ご主人様はオレの温もりがなければ生きていけないから、しょうがなくやっているんだ。

 三日が過ぎても帰ってこなくなった時、カノンがボクと一緒に布団に入り込むようになった。

 カノンは言った。「博士がいなくて寂しいから」って。

 寂しいだって、あのカノンが! オレだって我慢できてるのに、カノンが寂しいって言ったんだ!

 オレは嬉しくなって、カノンをぎゅっと抱きしめた。

 このことを伝えれば、ご主人様はきっとオレを褒めて下さるだろう。オレのことを偉いと言って、頭を撫でて下さるだろう。ほっぺたにキスをして下さるだろう。

「博士の匂いがします」

 カノンは小さな声でそう言って、オレの隣で静かに眠りについた。

 オレはカノンの頭を撫でた。

「大丈夫だよ、カノン……オレがいるからな」





「エア、外に出ませんか」

 ホイッスルを口に咥えて、カノンが唐突にそう言った。ご主人様が戻らなくなって数週間が経っていた。

「外に? ご主人様を迎えにいくの?」

「ひはひはふ」

「だから、ピーピーうるさいって……それで、何しに行くの?」

 ホイッスルをカノンから奪い、その辺に放り投げる。カノンは素早くキャッチして、再び口に咥えた。お気に入りのタオルケットを手放せない子供みたいだ。

「豪華なご飯を作るんです。“お帰りなさいパーティー”を開きましょう」

「でも、いつ帰ってくるか分からないのに……」

 自分で言っておいて、胸がズキズキと痛んだ。涙が出そうだった。だけど、寂しくなんかない。カノンが寂しそうにしているから、オレは寂しいなんて言いたくない。

「毎日作りましょう」

「バカなの?」

「バカじゃありません」

「いや、バカでしょ」

 もしご主人様が帰ってこなければ、残ったご飯はどうするんだ。オレ達は食事を摂らないのに。

「……でも、いいかもしれない。良い匂いにつられて、ひょっこり帰ってくるかも。ついでにご主人様を探してみようよ」

「行き先に心当たりがあるんですか?」

「全然。そっちこそ、ご主人様のこと、何か知らないの?」

 カノンは眉を下げ、首を静かに振る。

 カノンは恐らく、ご主人様に関する何かを知っている。だけどオレからは無理に聞かないでおいた。カノンを傷つけたくはなかった。

「探しにいこう」

 オレ達は部屋に行って服に着替えた。オレはご主人様のコートを羽織った(ブカブカだけど、まあいいや)。カノンはここに来た時と同じ、黒いロングコートにブーツという服装になった。

 カノンのコートに顔を寄せる。クリーニングに出した時特有の、他所の洗剤の匂いがする。薬品にも似た匂いだけど、嫌いじゃなかった。

「どうしたんですか?」

 突然コートの匂いを嗅いだオレを、カノンが不思議そうに見下ろす。

「なんでもない」

 オレはカノンからすぐに離れる。

 染み付いていた火薬の匂いが薄くなって、オレはすごくホッとした。





 エアと一緒に外を歩いていると、ポツリ、と頬に雫が落ちました。見上げると、鈍色の空から、ポツリポツリと、雨が降ってきていました。最初は一粒二粒だったのに、次第に雨足は激しくなっていきます。

 エアには防水機能がありません。ワタシはエアを庇うためにコートを脱ごうとしました。しかし、それよりも先に、エアが鞄から折り畳み傘を取り出しました。小さくなっていた傘を広げ、ワタシ達の頭上に掲げます。

 エアは得意げに笑いました。

「ご主人様が、外に出る時はいつも持ち歩けって言ってたんだ」

「そんな前時代的なもの、良く持ってましたね」

 ワタシは濡れても平気です。そう言おうとしたのですけれど、

「この傘を見たら、ご主人様はすぐにオレ達だって気がつくよね?」

 エアがそう言って楽しげに笑うので、ワタシはエアの肩を抱き寄せ、傘の下に入れてやりました。

「エア」

「何?」

「愛してますよ」

 エアはくすぐったそうに目を細めて笑います。

「ねぇ、カノン」

「なんですか」

「キミが寂しいっていうならオレ、キミと結婚してやらないこともないよ」

「あら。気が向いたら受け入れてあげましょうか」

「……意地悪」
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