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休職
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今の俺は休職中ということで、誰とも話すことなく過ごしている。友人はもちろん働いているので、日中に連絡を取り合うこともなければ、夜になって飲みに行くこともない。今はゆっくり休養することが大事と思っているからだ。友人と会ってあれこれと聞かれるのは自分にとってストレスになることは分かりきっていた。
そんなことを考えている間、店員は瓶から豆を移し、手で挽き始めた。ゴリゴリという音が俺と店員の二人しかいない静かな店内に、これまた静かな音が響く。その後、ドリッパーに移し、細長い注ぎ口のポットからお湯を注ぐ。
注ぐ時にドリッパーを見つめる視線は真剣そのもので、俺が入店した時の慌て具合とは別人のようだった。
時間をかけて店員はお湯を注ぎ終えると、俺の前にコーヒーが出された。
「ホットコーヒーのMサイズです。お砂糖とミルクはお使いになりますか?」
「いえ、結構です」
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い終えると、店員は一歩下がる。しかし、他に行く場所がないのか、ずっと俺の近くから俺の方を見つめている。
俺はコーヒーの入った紙カップに手を伸ばそうとしたが、店員の視線が気になり思わず見つめ返す。
「あの、、、どうかされましたか?」
店員は慌てた様子で両手を前に振って答える。
「いや!なんでもありません!ただ、自分の淹れたコーヒーがおいしく飲んでいただけるのか気になっただけで、、、」
カフェに来て店員自身が自分の淹れたコーヒーの味が気になるなんて、客として不安でしかない、と野暮なことを考えてしまったが、すぐに頭を切り替えて、「そうでしたか、いただきます」と言ってコーヒーを口に運んだ。
うん、美味しい。
それがユウスケという名の店員が淹れたコーヒーに対する感想だった。一口飲んで酸味が抑えられてほろ苦さが口の中に広がった。そして、コーヒーカップから漂う香りもとても良い。後味もすっきりとしていて、今まで飲んだコーヒーの中で一番だと感じた。
そのため、ユウスケから見つめられ続けていた俺は自然と「美味しいです」という言葉を発していた。
すると、ユウスケは嬉しそうに「ホントですか?やったー!」と声を出した。その様子に俺は思わず笑ってしまった。
「カフェの店員さんなのに、自分の淹れたコーヒーに自信がないなんて、面白いですね。けど、美味しいですよ」
俺がそう伝えると、ユウスケは後ろに振り返りガッツポーズをする。
「ガッツポーズ、見えてますよ?」
俺が少しからかうように伝えると、ユウスケは照れながら頭を触り、「今日は初めてのお客さんなんですよ。なので喜んじゃいました!」
俺は驚いた。今はもう夕方なのに俺が初めてのお客さん?そんなにはやっていないのか?この店は。俺は心に抱いた疑問点を率直にユウスケに伝える。
「この時間で俺が初めてのお客さんって、この店、やっていけるんですか?」
先ほどまでの嬉しそうな笑顔から一転し、ユウスケの表情は困惑のような暗いようなものだった。ただ、俺の中での関心事はその表情から発せられるメッセージよりも感情の豊かなユウスケ自身に向けられ始めていた。
そう、俺はここでユウスケに恋に落ち始めていたのだ。ユウスケが淹れたコーヒーを一口飲んで僅か数分後には。
そんなことを考えている間、店員は瓶から豆を移し、手で挽き始めた。ゴリゴリという音が俺と店員の二人しかいない静かな店内に、これまた静かな音が響く。その後、ドリッパーに移し、細長い注ぎ口のポットからお湯を注ぐ。
注ぐ時にドリッパーを見つめる視線は真剣そのもので、俺が入店した時の慌て具合とは別人のようだった。
時間をかけて店員はお湯を注ぎ終えると、俺の前にコーヒーが出された。
「ホットコーヒーのMサイズです。お砂糖とミルクはお使いになりますか?」
「いえ、結構です」
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い終えると、店員は一歩下がる。しかし、他に行く場所がないのか、ずっと俺の近くから俺の方を見つめている。
俺はコーヒーの入った紙カップに手を伸ばそうとしたが、店員の視線が気になり思わず見つめ返す。
「あの、、、どうかされましたか?」
店員は慌てた様子で両手を前に振って答える。
「いや!なんでもありません!ただ、自分の淹れたコーヒーがおいしく飲んでいただけるのか気になっただけで、、、」
カフェに来て店員自身が自分の淹れたコーヒーの味が気になるなんて、客として不安でしかない、と野暮なことを考えてしまったが、すぐに頭を切り替えて、「そうでしたか、いただきます」と言ってコーヒーを口に運んだ。
うん、美味しい。
それがユウスケという名の店員が淹れたコーヒーに対する感想だった。一口飲んで酸味が抑えられてほろ苦さが口の中に広がった。そして、コーヒーカップから漂う香りもとても良い。後味もすっきりとしていて、今まで飲んだコーヒーの中で一番だと感じた。
そのため、ユウスケから見つめられ続けていた俺は自然と「美味しいです」という言葉を発していた。
すると、ユウスケは嬉しそうに「ホントですか?やったー!」と声を出した。その様子に俺は思わず笑ってしまった。
「カフェの店員さんなのに、自分の淹れたコーヒーに自信がないなんて、面白いですね。けど、美味しいですよ」
俺がそう伝えると、ユウスケは後ろに振り返りガッツポーズをする。
「ガッツポーズ、見えてますよ?」
俺が少しからかうように伝えると、ユウスケは照れながら頭を触り、「今日は初めてのお客さんなんですよ。なので喜んじゃいました!」
俺は驚いた。今はもう夕方なのに俺が初めてのお客さん?そんなにはやっていないのか?この店は。俺は心に抱いた疑問点を率直にユウスケに伝える。
「この時間で俺が初めてのお客さんって、この店、やっていけるんですか?」
先ほどまでの嬉しそうな笑顔から一転し、ユウスケの表情は困惑のような暗いようなものだった。ただ、俺の中での関心事はその表情から発せられるメッセージよりも感情の豊かなユウスケ自身に向けられ始めていた。
そう、俺はここでユウスケに恋に落ち始めていたのだ。ユウスケが淹れたコーヒーを一口飲んで僅か数分後には。
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