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限界点

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遡ること2年前、佐伯が部長職で異動してきた時だ。全員との個別面談時に同じ質問をされたことを思い出す。その時は「今のマーケティングの仕事が楽しいです」と即答した。

しかし、今日は違った。何も言えなかった。俺は模範回答を発しようと口を開こうとしたものの、結局は何も言うことができなかった。

「佐藤、一度ゆっくり休んで体調を戻して、そこからマーケティングの仕事に戻るのもお前のためだぞ?自分の人生、責任は全て自分で負わなければならない。仮に佐藤がこのまま休職せずに回復してもらえれば私を含めて有難い。だが、もし悪化したらどうなる。取り返しのつかないことになっても、会社は佐藤をずっとは守ってくれないぞ。佐藤の気持ちはよくわかった。だが今は休むときだ。会社やみんなのことが心配なのは理解できるが、それはマネージャーである私の仕事だ。佐藤がゆっくり休んでいる間のことは私に任せなさい。佐藤は自分のことだけを今は考えなさい」


俺は何も言えなかった。佐伯の話に対して肯定も否定も。自分の意見すらも。
俺はこの会議を境に、サラリーマン人生が終了したと思った。


佐伯との会議の後しばらくして、人事部管理職と産業医を交えての面談が再度設けられた。おそらく俺が休職すべきという診断書を貰うことを予め分かっていたかのようだった。その会議は事務的で、休職期間について、休職期間にすべきこと、色々と事務的な話を受けたが覚えていない。ただ、休職期間にすべきことという手引き書を渡される。まるで退職を言い渡されているような、俺はブルーな気持ちになる。



その日の午後は俺が休職に入るということで佐伯に対して緊急の引き継ぎを行う。朝は仕事に対して手をつけられない精神状態であったが、午後の会議では明瞭に答えられた。おそらく、自分には手に負えないと考えていた仕事を全て手放すことができたためだろう。その仕事を誰が担当するのか、知りたいと思う反面、休職する部外者には関係がない。俺はそう思いながら、佐伯に淡々と業務の状況を話していく。

そして、一連の業務報告が終わると、佐伯から「後は私たちに任せない。心配しなくて良いから、佐藤はゆっくり休んでくれ」と言い残し、会議室を出ていった。

今、会議室に俺は一人残される。会議室の窓に目を向けると東京湾が見える。レインボーブリッジやお台場が見えるが、俺の視線はその先の海に向けられていた。

今の気分を表すとすると、大海原にちっぽけで古びた小舟に乗り、嵐に向かって流されているようだ。船頭はいつの間にかいなくなり、舵も動力も壊れている。そんな船に乗って俺は大海原を漂流し始めた。もはや絶望しかない。

俺は何か別のことを考えることなく、ただ会議室の外を眺めていた。
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