コーヒーの香りに引き寄せられて

限界点

７

俺の中で休むという選択肢はうっすらと脳裏にはあった。しかし、サラリーマンとして真っ当に働く上で休職という選択肢は考えてはいけないと思っていた。そのため、後藤からの休職の勧めに対して反発せざるを得なかった。

「いや、会社に迷惑をかけてしまうので、休職はしたくないと考えています」
「佐藤さん、今のあなたには休職が必要です。まずは仕事から離れて睡眠を正常にしましょう」
「うーん、悩ましいですね」

後藤は椅子を引き直し、俺に少し近づく。

「佐藤さん、あなたはまだ若いです。仕事から一旦距離を置いて自分の働き方や生き方を見つめ直すきっかけとして休職してはどうでしょうか？」
「一度、上司と相談して良いでしょうか？」
「それも良い考えですね。ただ、あなたの体調に関して会社や上司は何の責任も追ってはくれません。いい顔をして理想のサラリーマンを演じる間は良い部下として見ていてくれても、体調不良のまま働き続ける部下に対して何もしないということは、佐藤さんのような大手企業では許されないと思います。なので、おそらく上司も休職を勧めるでしょう。そして何よりも、あなたの人生なんです。ここで無理をして身体をもっと壊してしまうと取り返しがつかなくなります。良く考えましょう。診断書は休職すべきという内容にします」

診察が終わり、俺は待合室に座る。そして、俺と入れ替わるようにまた患者が診察室に呼ばれて入っていく。

結局は診察は流れ作業のようなもの。俺のことなんてしっかりと見てくれていない。診断書に休職すべきと記載されたところで、俺は休むことはできない。会社は俺を必要としてくれているのだから。


「佐藤さん」

俺は事務員の女性から声を掛けられ、受付へ呼ばれ会計を済ませると、診断書と書かれた封筒を渡される。そして、問答無用で２週間後の日付を指定され、予約を取らされた。さらに早速処方箋までもらうことになった。