白薔薇の聖女

紫暮りら

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19 私の名前は

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 唐突な言葉に困惑する。
 いや、当然か。もともと相手に名乗らせておいてこちらは名乗らないという失礼な行為を続けていたのだから。
 ただ、弁明するとすれば名乗れる名前がない、という他ない。
 この世界に来てまで、リアルでの名前を名乗るつもりはなかった。しかし私は一度負けた身。死んでしまった白薔薇の女王の名を使うことに抵抗があったのだ。

「…ぅ、あの、えっと…ごめんなさい!今まで名乗れてなくて……」
 ここに来てもう何度腰を折ったことだろう。
(いえっ…僕の方こそ申し訳ありません。失礼を……)

 全然失礼なんかじゃないよ。
 私に、居場所がないからだよ。
 名前のない私は何処にも行けない……

 先程の騒音はどこへ行ったのか、しんと静まりかえった静寂が痛かった。
「……名乗れる、名前がないんです…」
 目を伏せる。
「確かにここに来る前の名前ならあります。でも前の私と今の私は、私は私でも違うんです……」
 なんといえばいいのか、しっくりこないのだ。
「…私は、誰なんでしょうか。」

 自分で言っておきながら無性に悲しくなった。驚き哀れみの目を向ける3人を見たくない。
(私、ここにいていいのかなぁ?)
 そう思うと涙が溢れそうになる。足を抱えてうずくまりたかった。

 どうして薔薇なんだ。どうしてチェスなんだ。私は死んだのに。また帰ってこいというのか。女王が死んだなら次は聖女を演じろと?
 そんなの悲しすぎる。
 わかっている。二度目の敗北を味わうのが嫌だから、そうなるのが怖いから立ち上がれない自分の愚かさは。

 長いため息をついた。両眼からはいつの間にか涙が溢れ、肩が震える。
(私、今日何回泣くんだろう……)
 負けてからの精神の不安定さに呆れさえ感じ始める。

(…聖女様は、)
 ぼーっとした頭に響いた声に脳が揺れた。
 声の主はレインだった。
(貴方は今までの人達とは違う。)
 違うとは、どう違うのだろうか。私はあなたの言う今までの人達なんて知らない。
(僕達を導いてほしいです。)
(導く……?)
(そうです。どうか僕達を導いてください。)
 あるべき所へ。

 レインの言葉には何年も熟成された信念のようなものが感じられた。
 そしてニーネも口を開く。
「そうです!聖女様!貴方様は貴方様です!どうか行くべき道を忘れてしまった私たちを導いてください!」
 彼女の言う「行くべき道」がどういうものなのかはわからない。しかしそれに「もうこのままなのはうんざりだ」といった気持ちが滲み出ているのは明白だった。
「せいじょさまのおなまえ、わたしもしりたいなぁー!」
 そう無邪気に言うルゥエ。

 名前。それ即ちその人を表す記号。
 でもただの記号じゃない。誰かが意味を吹き込みその人のためだけに作られた言葉。
 リアルの名前は両親が。ネットの名前は親友が。
 私は親友にもらった名前を捨てるつもりか?

 そんなの嫌だ。それは「死んだからもう生きていけない」と自分で自分を騙すよりももっと悲しい。

「わ、私の名前…ありました……」
 未だ空気を壊さないようにしている3人が一斉にこちらを見るのがわかる。
 息を大きく吸い込んだ。
 涙はもう消えている。

「私は……私の名前はロゼ。改めて、よろしくお願いします。」
 決心さえしてしまえばすぐだった。
 心の中のざわつきがさぁっ…と晴れていくのを感じる。

 ロゼ。
 親友からもらった、大切な名前。もう一人の私。絶対に、捨てたくなんかない。
 いつの間にか女王と呼ばれることに慣れ、ないがしろにしていたような気がする。

 私は白薔薇の聖女 ロゼ。
 何回だっていい。一度負けたなら次は負けなければいい話だ。
 ならば、と私は覚悟を決め強く思う。
 友に誓って。
 もう一度ここで、この薔薇の世界で。
 私は二度目の人生を生きていく。
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