9 / 33
08 遺憾の弟
しおりを挟む
あの人はどんな人なんだろう。
子猫を抱えた少年はガラス張りの温室の前にいた。ここの温室は他のところとは違い、白薔薇のみを育てているため人以外の生き物は入れられない。
(…ルゥ)
声をかけると子猫は人へと姿を変える。そしてかなり興奮しているのか扉の前に立ち間髪入れずに話し始めた。
「あのひとがあたらしいせいじょさまかぁーすごくやさしそうなひとだったね!!」
蒼と黄金の瞳をキラキラと輝かせながら迫ってくる彼女に、頷き返す。
「ひとぎらいなレイがあたまをさげるくらいだからねー。あしたはどしゃぶりかなぁ?」
(別に人が嫌いってわけじゃない。)
そう心の中でつぶやくとそっかそっかとくすくす笑う。ついでに頭をわしゃわしゃと撫で回される。
「…いいひとだといいねー」
まえみたいなひとじゃなきゃいい。と後付けした彼女の顔は今までの高揚したものとは打って変わって冷め切っていた。
「まっ、でもぼくらにはあんまりかんけいないかー。」
そう言ってまた笑う。でも僕はそのへらへらした顔は好きじゃない。その顔は彼女に……姉に、似合わない。
「なにせぼくらはひとりじゃなーんにもできない、『けっかんひん』だからねー」
そういいながらえへへと笑う姉にやれやれと思う反面、その言葉を否定することはしなかった。
言葉のとおり僕らは欠陥品だ。特に、声を出すことも出来ない僕は……
そんな弟の考えを知っているだろうに「じゃあもうぼくはいくねー」と無慈悲な姉はそそくさと立ち去る。
(聖女様、か。)
姉の言葉を思い出しながらガラスの扉を開く。
前の主は聖女ではなく聖王だった。役割は聖王も聖女も違いはなく、男女で呼び方が違うだけだ。
兎にも角にも、その時の聖王は僕達にとっては悪王でしかなかった。
「使えない」「約立たず」「存在価値無し」とまで言われた。今までも優遇はされたことなどなかったけれどそこまで言われたのは初めてで、悔しかった。
初めてだったのはそれだけじゃない。
…姉が初めて泣いたのだ。
許せなかった。
姉は強い人だ。言葉こそ拙いが僕とは違いちゃんと己の意見を主張できる声を持っている。
そんな姉を泣かせた前聖王あいつが許せなくて、二人で戦いへの不参加を団員に表明した。
使える奴には目をかけていたのだろう。戦闘に特化した能力を保有する前衛部隊からは冷ややかな目で見られた。しかし、もともと戦闘としての能力は皆無に等しく、城を守るための能力しか持たない──しかも二人一緒でないと能力を使うことすら出来ない──僕達を咎める人がいるはずもなく。
…結局、戦いは白薔薇の敗北により幕を下ろした。
無意識に手にしていた薔薇に力が入っていたようだ。白い薔薇が「苦しいよ」と訴えていた。
(ごめんなさい。考え事してた。)
茎を適切な長さに切り、同じものを何本か作っていく。トゥーシェさんに食堂に飾る用の薔薇を幾つか見繕って欲しいと頼まれていたからだ。
斜めに切りそろえられた薔薇たちを丁寧に包んでいく。そしてそれを木で編まれた手押しの花車に乗せた。
薔薇は、少し嬉しそうだった。
何が嬉しいのかと訪ねると「別に?」と言ってふふふと笑う。
それに呼応するかのように、まだちに根を張るほかの薔薇たちもふふふ、ふふふと笑い始めた。
それは、新しい主の誕生を歓迎する合唱のように。
扉を開き、外に出る。早くトゥーシェさんに届けなくては。
外はもう紅い。
夕焼けの空に花車を押す音が優しくこだました。
子猫を抱えた少年はガラス張りの温室の前にいた。ここの温室は他のところとは違い、白薔薇のみを育てているため人以外の生き物は入れられない。
(…ルゥ)
声をかけると子猫は人へと姿を変える。そしてかなり興奮しているのか扉の前に立ち間髪入れずに話し始めた。
「あのひとがあたらしいせいじょさまかぁーすごくやさしそうなひとだったね!!」
蒼と黄金の瞳をキラキラと輝かせながら迫ってくる彼女に、頷き返す。
「ひとぎらいなレイがあたまをさげるくらいだからねー。あしたはどしゃぶりかなぁ?」
(別に人が嫌いってわけじゃない。)
そう心の中でつぶやくとそっかそっかとくすくす笑う。ついでに頭をわしゃわしゃと撫で回される。
「…いいひとだといいねー」
まえみたいなひとじゃなきゃいい。と後付けした彼女の顔は今までの高揚したものとは打って変わって冷め切っていた。
「まっ、でもぼくらにはあんまりかんけいないかー。」
そう言ってまた笑う。でも僕はそのへらへらした顔は好きじゃない。その顔は彼女に……姉に、似合わない。
「なにせぼくらはひとりじゃなーんにもできない、『けっかんひん』だからねー」
そういいながらえへへと笑う姉にやれやれと思う反面、その言葉を否定することはしなかった。
言葉のとおり僕らは欠陥品だ。特に、声を出すことも出来ない僕は……
そんな弟の考えを知っているだろうに「じゃあもうぼくはいくねー」と無慈悲な姉はそそくさと立ち去る。
(聖女様、か。)
姉の言葉を思い出しながらガラスの扉を開く。
前の主は聖女ではなく聖王だった。役割は聖王も聖女も違いはなく、男女で呼び方が違うだけだ。
兎にも角にも、その時の聖王は僕達にとっては悪王でしかなかった。
「使えない」「約立たず」「存在価値無し」とまで言われた。今までも優遇はされたことなどなかったけれどそこまで言われたのは初めてで、悔しかった。
初めてだったのはそれだけじゃない。
…姉が初めて泣いたのだ。
許せなかった。
姉は強い人だ。言葉こそ拙いが僕とは違いちゃんと己の意見を主張できる声を持っている。
そんな姉を泣かせた前聖王あいつが許せなくて、二人で戦いへの不参加を団員に表明した。
使える奴には目をかけていたのだろう。戦闘に特化した能力を保有する前衛部隊からは冷ややかな目で見られた。しかし、もともと戦闘としての能力は皆無に等しく、城を守るための能力しか持たない──しかも二人一緒でないと能力を使うことすら出来ない──僕達を咎める人がいるはずもなく。
…結局、戦いは白薔薇の敗北により幕を下ろした。
無意識に手にしていた薔薇に力が入っていたようだ。白い薔薇が「苦しいよ」と訴えていた。
(ごめんなさい。考え事してた。)
茎を適切な長さに切り、同じものを何本か作っていく。トゥーシェさんに食堂に飾る用の薔薇を幾つか見繕って欲しいと頼まれていたからだ。
斜めに切りそろえられた薔薇たちを丁寧に包んでいく。そしてそれを木で編まれた手押しの花車に乗せた。
薔薇は、少し嬉しそうだった。
何が嬉しいのかと訪ねると「別に?」と言ってふふふと笑う。
それに呼応するかのように、まだちに根を張るほかの薔薇たちもふふふ、ふふふと笑い始めた。
それは、新しい主の誕生を歓迎する合唱のように。
扉を開き、外に出る。早くトゥーシェさんに届けなくては。
外はもう紅い。
夕焼けの空に花車を押す音が優しくこだました。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
転生令嬢は庶民の味に飢えている
柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!!
もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ!
ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。
まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした
渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞!
2024/02/21(水)1巻発売!
2024/07/22(月)2巻発売!
応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!!
刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました!
旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』
=====
車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。
そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。
女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。
それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。
※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる