白薔薇の聖女

紫暮りら

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08 遺憾の弟

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 あの人はどんな人なんだろう。
 子猫を抱えた少年はガラス張りの温室の前にいた。ここの温室は他のところとは違い、白薔薇のみを育てているため人以外の生き物は入れられない。
(…ルゥ)
 声をかけると子猫は人へと姿を変える。そしてかなり興奮しているのか扉の前に立ち間髪入れずに話し始めた。
「あのひとがあたらしいせいじょさまかぁーすごくやさしそうなひとだったね!!」
 蒼と黄金の瞳をキラキラと輝かせながら迫ってくる彼女に、頷き返す。
「ひとぎらいなレイがあたまをさげるくらいだからねー。あしたはどしゃぶりかなぁ?」
(別に人が嫌いってわけじゃない。)
 そう心の中でつぶやくとそっかそっかとくすくす笑う。ついでに頭をわしゃわしゃと撫で回される。
「…いいひとだといいねー」
 まえみたいなひとじゃなきゃいい。と後付けした彼女の顔は今までの高揚したものとは打って変わって冷め切っていた。

「まっ、でもぼくらにはあんまりかんけいないかー。」
 そう言ってまた笑う。でも僕はそのへらへらした顔は好きじゃない。その顔は彼女に……姉に、似合わない。
「なにせぼくらはひとりじゃなーんにもできない、『けっかんひん』だからねー」
 そういいながらえへへと笑う姉にやれやれと思う反面、その言葉を否定することはしなかった。
 言葉のとおり僕らは欠陥品だ。特に、声を出すことも出来ない僕は……
 そんな弟の考えを知っているだろうに「じゃあもうぼくはいくねー」と無慈悲な姉はそそくさと立ち去る。

(聖女様、か。)
 姉の言葉を思い出しながらガラスの扉を開く。
 前の主は聖女ではなく聖王だった。役割は聖王も聖女も違いはなく、男女で呼び方が違うだけだ。
 兎にも角にも、その時の聖王は僕達にとっては悪王でしかなかった。
「使えない」「約立たず」「存在価値無し」とまで言われた。今までも優遇はされたことなどなかったけれどそこまで言われたのは初めてで、悔しかった。

 初めてだったのはそれだけじゃない。
 …姉が初めて泣いたのだ。

 許せなかった。
 姉は強い人だ。言葉こそ拙いが僕とは違いちゃんと己の意見を主張できる声を持っている。

 そんな姉を泣かせた前聖王あいつが許せなくて、二人で戦いへの不参加を団員に表明した。
 使える奴には目をかけていたのだろう。戦闘に特化した能力を保有する前衛部隊からは冷ややかな目で見られた。しかし、もともと戦闘としての能力は皆無に等しく、城を守るための能力しか持たない──しかも二人一緒でないと能力を使うことすら出来ない──僕達を咎める人がいるはずもなく。
 …結局、戦いは白薔薇の敗北により幕を下ろした。

 無意識に手にしていた薔薇に力が入っていたようだ。白い薔薇が「苦しいよ」と訴えていた。
(ごめんなさい。考え事してた。)
 茎を適切な長さに切り、同じものを何本か作っていく。トゥーシェさんに食堂に飾る用の薔薇を幾つか見繕って欲しいと頼まれていたからだ。
 斜めに切りそろえられた薔薇たちを丁寧に包んでいく。そしてそれを木で編まれた手押しの花車に乗せた。
 薔薇は、少し嬉しそうだった。
 何が嬉しいのかと訪ねると「別に?」と言ってふふふと笑う。
 それに呼応するかのように、まだちに根を張るほかの薔薇たちもふふふ、ふふふと笑い始めた。
 それは、新しい主の誕生を歓迎する合唱のように。
 扉を開き、外に出る。早くトゥーシェさんに届けなくては。
 外はもう紅い。
 夕焼けの空に花車を押す音が優しくこだました。
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