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準備万端 1

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 「あの、少し資料を読む時間を頂いても宜しいでしょうか」

 ランゼーヌ達が、一息つきほっこりしていると、クレイがすまなそうに言った。

 「もちろん。そのまま掛けて目を通してもらって構わないわ」
 「何の資料ですか?」
 「聖女の騎士の仕事内容の資料です」

 リラが聞くと、資料を出しクレイがそう答える。

 「今までと全然違うのですか?」

 ランゼーヌ達にすれば、同じ護衛の仕事だ。そこまで違うとは思えなかった。

 「全然違いますよ。今までの仕事は、聖女候補の令嬢達の護衛です。今からは、聖女様の護衛です。対象が違うのですから、護衛方法も違ってきます」
 「え! そうなのですか?」
 「確かに。令嬢と聖女様では違いますね」

 リラは、クレイの言葉にうんうんと頷く。

 「そういえば、私にはクレイ様一人だと言っていましたよね? 本では、聖女の騎士は一人だと書いてあったのですが……」
 「はい。聖女の騎士は、私一人です。司祭が言っていたのは、守衛の事でしょう。事情が事情なので、付かないという事だと思います。この資料によると、地方の兵士が祈りの間がある建物の守衛に当たると書いてあります」

 (王宮だし、建物を見張る兵士は必要ないものね)

 なるほどと、二人は頷いた。

 「私だけでは、心細いとは思いますが、ご了承下さい」
 「いえいえ、頼りにしております」
 「ありがとうございます」

 クレイは礼を言うと、また資料に目を落とす。
 手持ち無沙汰で二人は、資料を読むクレイを見つめた。
 本来なら婚約者相手で結婚していた相手のはずが、自分の聖女の騎士として一緒にいる事になり、何がどうなるか、わからないものだとランゼーヌは思いふけっていた。

 『そんなに面白い事が書いてあるのか?』

 ワンちゃんが資料を覗き込むと、そのタイミングで資料は床に落ちる。

 「す、すみません。手が滑りました」
 「いえ。テーブルの上に置いて読んでも構いませんよ。あ、私達に見られては困るのでしょうか?」
 「そんな事はないと思います」

 クレイは、ランゼーヌに言われた通りテーブルに資料を置いて読み始めた。
 それをまた、ワンちゃんが近づいて覗き込む。

 「わぁ。文字がぎっしりですね。騎士って大変そう」

 リラが、資料を覗き見て言った。

 「そうですね。読むのは少し大変ですかもしれませんが、内容は難しくはありません。基本、私が離れる時には誰か代わりの者が付く事になり、その事について書いてあります。装備する物も少し変わるようです」

 そう言いつつクレイは、真剣に読んでいる。

 『こいつ、真面目な奴だな。適当を知らないのか』

 ワンちゃんの言葉に、ランゼーヌはこっそり苦笑いをした。
 ランゼーヌ達は、食事以外にする事がないく、暇な時間を過ごす。

 「なぜか、普段と同じく暇ですね」
 「そうね。本を持ってきたけど一度読んだ本ですし、本当は王都で奮発して本を買って帰ろうと思っていたのでそれが残念です」
 「そうですか。それは、数年後になりそうです。もしよろしければ、本を買って来てもらうように頼んでみましょうか?」
 「え? 出来るのですか?」

 クレイの申し出に、ランゼーヌが少し体を乗り出し聞くと、クレイは少し身を引いた。

 「はい。司祭に言ってみます。ただし、今はここを離れられないので、向こうに移ってからになるでしょうが」
 「ありがとうございます」

 ランゼーヌは、凄く嬉しそうに微笑んだ。

 「あの、大変失礼だとは思うのですが、ちょっとプライベートな事を聞いても宜しいでしょうか?」

 クレイが、ランゼーヌの顔色をうかがう様に聞いた。突然なのでランゼーヌは驚くも、本来なら婚約の顔合わせで聞く話ではと思いつつ頷く。

 「構いません。どうぞ」
 「もしかして、困窮していて本すら買えない状況なのでしょうか?」
 「え?」
 「その、ドレスがこの前と一緒でしたので」

 チラッとクレイが、ランゼーヌの顔より下に視線を移した。

 (そうでした。このドレスは婚約の顔合わせで着て行ったものだったわ)

 「す、すみません。嫌な事を思い出させてしまって……」
 「いえ、そういう意味で言ったのではありません。精霊の儀を行いに来る令嬢は、誰に見せるものでもないのに、皆着飾ってきます。彼女達にとって晴れの舞台なのだと思います」
 「あ……そ、そうですね」

 ランゼーヌは、クレイの言葉にしゅんとして俯く。それを見たクレイは、ギョッとして矢継ぎ早に言った。

 「あの貶したのではなく、聖女になればお金が入ると教えたかったのです。すみません。遠回しに言ってしまって」
 「え? お金ですか? 報奨金のような物でしょうか」

 お金と聞いて、ランゼーヌは嬉しそうに顔を上げクレイを見た。

 「厳密に言うと、お給金ですね。国の為に祈るのですからお仕事になりますので」
 「本当ですか! 国からお給金が支払われるならそれなりのお金ですよ。ランゼーヌ様!」
 「そ、そうね」

 ランゼーヌが喜ぶ前に、リラが大喜びだ。

 「でもお父さまの手に渡ったら、あの女に使われてしまうわ」
 「あの女とは?」

 ランゼーヌが到底発するとは思えない「あの女」というセリフに、クレイは目を細めて聞く。その眼差しに、しまったとランゼーヌは手を自分の口に持っていくも、出てしまった言葉は消えない。
 リラと二人の時は、アーブリーの事を「あの女」と言っていたのだ。そう言い合って二人は、普段の鬱憤を晴らしていた。

 「えーと、はしたなくてごめんなさい」

 またランゼーヌは、俯く。

 (きっと婚約が破談になってよかったって思っているわね。貧乏で、はしたない令嬢となど結婚なんかしたくないでしょう)

 ふう。
 俯くランゼーヌの耳に、クレイのため息が聞こえてきた。
 なぜだろうか。そうしたらぽとぽとと涙が頬を伝うのだった。
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