上 下
29 / 51

29話

しおりを挟む
 話は弾んでいたが、クラリサの気分は沈んでいた。早く帰りたい。それだけを思ってその場にいた。いつもそう思って過ごしていたのは、メルティだ。だがその事にクラリサは気づかなかった。

 彼女達が言った事は事実だがわざと行った事で、惨めな思いや悲しくやるせない気持ちになる事を知ってもらう為だった。
 惨めな思いを知ったクラリサだが、貶めるようなその行為を悔い改めさせるまでには至らなかったようだ。

 「今度は、乗馬に招待するよ」
 「ありがとうございます。でも、乗馬は嗜んだ事もなくそのような服装も持ち合わせておりませんので……」
 「心配はいらないよ。服はこちらで用意するのでどうだろうか」

 ルイスが優しく問いかける。

 「では……」
 「メルティは、体が弱いのでそのような事は無理だと思いますわ。見学が宜しいかと。私も嗜んだ事はございませんが、お受けいたしますわ」

 もちろん、クラリサも誘うつもりではいたが、メルティの言葉を遮るように言って来るとは思っていなかった周りは、ため息をつきたくなった。伝わっていないと。

 「そうね。では、私もお付き合い致しますわ。これでもルイスに負けないぐらいなのよ」
 「姉上は、じゃじゃ馬だから……」
 「何か言ったかしら?」
 「いいえ。姉上の言う通り私は敵いません」
 「もう」

 楽しく笑い合う雰囲気の中、一人だけつまらない顔つきのクラリサだった。
 面白くない。いつもの様にいかないクラリサは、すでに限界に来ていた。

 「話も決まったようですし、体調が優れませんのでお暇させて頂きますわ。メルティ、帰りますよ」
 「え、はい。皆さま、今日は楽しい時間をありがとうございました」
 「そう。もう少しお話したかったけど、体調が優れないのでは仕方がありませんわね。お大事にしてくださいね、クラリサ嬢」
 「ありがとうございます。メーティム嬢」

 挨拶もそこそこに、クラリサは去ろうとする。
 メルティは、慌てて深々とお辞儀をし、非礼を詫びる。
 ルイスがまだ何も言っていないからだ。

 「大丈夫。怒ってないから。クラリサ嬢が待っている。また今度ね」

 『またね』クチパクだけでラボランジュ公爵夫人が告げる。

 「失礼します」

 メルティもその場を後にした。



 「何が、お大事によ! 絶対にそう思っていないでしょうに!」

 馬車の中で、不満を口にするクラリサ。
 それに何も言えずにいるメルティ。

 「あなたも何なの?」
 「え?」
 「立場をわかっているの? あなたはが登城しているのは、私の為よ。ルイス殿下の事を予言してもらう為に仕方なく連れて行ってあげているの! 本来ならあなたなど、行けるわけないでしょう!」

 クラリサが、怒りで馬車の中でとは言え大声で叫ぶ。もし万が一に御者の耳にでも入れば、自分が聖女ではないという事が知れると言うのに。だがクラリサは、それに気づいていない。

 「あなたがやる事は、私を立てる事よ。なのに、何のんきに楽しんでいるのよ。しかもあなたのお陰で、恥をかいたわ!」
 「え……」

 きっとドレスの事を言っているのだとうと思うも、それはクラリサが選んだものだ。普段も登城する時は、ファニタが選んでいる。自分では選ばせてもらった事などない。まあ選べるとしても、着古したドレスには違いないのだが。
 理不尽だと思うも言い返せば、更に激昂するに違いない。

 「何睨んでいるのよ」
 「別に睨んでなど……」

 つい言い返した途端、左頬に激痛が走った。叩かれたとわかりショックを受ける。
 今まで、怒り狂ったとしても叩かれた事などなかった。
 左手を頬に添え泣き出したメルティを見てやっと、怒りが収まってきたクラリサは言う。

 「リンアールペ侯爵夫人に習っているからと調子に乗らない事ね。乗馬は自分から見学すると言うのよ! いいわね!」
 「………」

 泣きながら馬車から降りる姿に、皆が驚く。何が起きたかは見ればわかる。クラリサが叩いたのだと。

 侍女のセーラに冷たいタオルをもらい、頬を冷やす。

 「メルティ。少しいいかしら」
 「………」
 「クラリサに言って聞かせたわ。安心してもう叩かれる事はないから。いい? これは家のもめごと、姉妹喧嘩よ。みだらに人に言わないのよ」

 クラリサに謝らせると言う言葉はなく、遠回しにリンアールペ侯爵夫人に言うなと言って来た。メルティは、頷く。それしかできなかった。
 養女だと知らない時はきっと、ファニタが叱ってくれたのかもと思っただろう。だがそれはない。きっと叩いた事が知れるから叩くなと言ったのだろうと。

 「お母様、お姉様は何とおっしゃっておりました?」
 「……恥をかいたと言っていたわ。あなた、リンアールペ侯爵夫人に言われていたのではなくて。教えてくれればよかったのに」

 ファニタは、ドアを開けつつ答えた。
 何を言われたか聞いただけで、文句が帰って来て本当に愛されていないと確信に至る。

 「そう。お母様は気づかなかったのね。今日言われて帰って来るまで」
 「な……。ドレスなど人それぞれでしょう!」

 バタンとドアを閉めファニタは出て行った。
 ファニタもメルティに嫌味で言い返されるとは思っていなかったのだ。

 (ラボランジュ公爵夫人がお母様だったらよかったのに)

 厳しくも優しい貴婦人。リンアールペ侯爵夫人より憧れる人。もし叶うなら、ラボランジュ公爵邸で侍女として雇ってもらえないだろうか。
 そう密かに思うメルティだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢はデビュタントで婚約破棄され報復を決意する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 第13回恋愛小説大賞に参加しています。応援投票・応援お気に入り登録お願いします。  王太子と婚約させられていた侯爵家令嬢アルフィンは、事もあろうに社交界デビューのデビュタントで、真実の愛を見つけたという王太子から婚約破棄を言い渡された。  本来自分が主役であるはずの、一生に一度の晴れの舞台で、大恥をかかされてしまった。  自分の誇りのためにも、家の名誉のためにも、報復を誓うのであった。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...