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26話

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 「休憩終わり」

 パンと手を合わせリンアールペ侯爵夫人が言った。
 またメルティのダンスの練習が始まる。

 (お父様達は、王家との繋がりが持ちたいのね)

 聖女だと発表されなかった事やルイスとの婚約が白紙に戻った事を言わずに、そのまま行われたと嘘をついた。
 それは、養女のメルティを利用する事に罪悪感がないからだ。レドゼンツ伯爵家の娘が聖女なのは間違いないく、予言も嘘ではない。
 もしバレたとしても、発表してしまっていれば面子の為にクラリサをそのまま聖女だと言う事にしておくだろうと思っていたに違いない。自身メルティもそう思ったりしたのだから。

 (聖女だと発表されていないのなら、欺いたと言う罪は犯さなくてすむ。デビュタントをして叔母様に自身の事を聞き、これからの事を相談しよう)

 初めは、聖女の事を相談しようと思っていた。大人が介入すれば何とかなるのではないかと思ったのだ。
 リンアールペ侯爵夫人が招く人なのだから悪い人ではないだろうという考えがあった。

 でも、聖女の件は無視すればいい。予言を伝えなければ、クラリサが聖女になる事もないだろう。それで防げる。
 後は、自分自身の事だった。
 役に立たないとなれば、どんなところへ嫁に出されるかわからない。

 今までは、贔屓されていたとしても娘だから大丈夫という思いがあったが、実の娘ではないメルティをクラリサを聖女にする為に利用する事を厭わないのならあり得る話だ。
 というより、聖女の件がなければ、そうなっていたのかもしれない。何せ、デビュタントをさせる気がなかったのだから。

 自分も姉のクラリサの様に気にかけて欲しいという思いがあったが、今はもうない。きっと養女として引き取った手前、世間体もあり最低限の事をしただけだった。
 なので、メルティにお金をかける気などなかったのだ。その証拠にドレスはいつもクラリサのお下がりだった。
 姉妹なら当たり前の事だと思っていたが、違うのだろうとメルティは気が付いた。

 「はい。休憩。よくなったわよ、メルティ」
 「ありがとうございます。リンアールペ侯爵夫人のお陰です」
 「私は教えているだけ。あなたの頑張りよ。このままいけば、デビュタントに間に合うでしょう」
 「はい。頑張ります」
 「さあ、一息つきましょう」

 ラボランジュ公爵夫人がそう言って、嬉しそうだ。

 「ねえ、メルティ嬢。あなた、デビュタントのドレスを用意してもらっているかしら」
 「……それは」

 たぶんしていない。作りに行っていないのだから。

 (やはりドレスが気になるわよね)

 「責めているわけではないわ。ただの確認よ」
 「メルティは、いつもこのようなドレスで授業を受けているわ。逆に姉はそれなりのドレスを着ているわね」

 メルティが答えられずにいると、代わりにリンアールペ侯爵夫人が答えた。その答えに、メルティは俯く。

 「何かそうなるような出来事に覚えはある?」

 どうしてそんな事まで聞くのかわからないが、心当たりはあった。養女だと言う事だ。

 「………」

 口を開きかけるが思いとどまる。
 もしメルティが養女だと知らないでいて、今ここで知ってしまいデビュタントの話が流れては困るからだ。そういう人達ではないとは思うも、そうならないとは限らない。

 「ねえ、メルティ嬢」

 ラボランジュ公爵夫人がメルティの手に手を重ねた。

 「私の方で、ドレスを用意させてもらってもいいかしら」
 「え! いえ、そこまでお手数を掛けるわけにはまいりません」
 「そうね。でも、あなたの為でもあるけど私の為、いえリンアールペ侯爵夫人の為でもあるの。彼女が教えてデビュタントさせる子のドレスが、デビュタント用のドレスでなければ何を言われるか。頼んだ手前、このままにしておけないわ」
 「あ……」

 自分ではどうしようもないドレスの用意。今ではなく、デビュタントに着るドレスの方が大切だった。

 (そうよね。お願いするしかないわ。絶対に買ってくれないもの)

 メルティは立ち上がり深々と頭を下げる。

 「宜しくお願いします。この御恩は一生忘れません」
 「えぇ。任せて頂戴。絶対に素敵なドレスにするから」
 「ところでお母様。今からで間に合うのですか?」

 話が纏まったところで、水を差すような事をマクシムが言う。

 「あら、私を誰だと思っているのかしら? ラボランジュ公爵夫人よ。出来ない事なんでないわ」
 「……そうでした」
 「素敵なデビュタントになりそうですね」

 静観していたルイスがそう言った。

 「はい。皆さんのお陰で一生の思い出になりそうです」

 それは、本心だった。
 いつも姉のクラリサだけいいなと思っていたが、思わぬ幸運が舞い込んだ。
 感謝しかない。

 (そうだ。ちゃんとラボランジュ公爵にもお礼を言いたいわ)

 ラボランジュ公爵夫人を通してラボランジュ公爵が手配してくれたに違いない。
 でも不思議に思う事もある。なぜ、自分に手を差し伸べてくれたのか。それがわからないのだった。
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