上 下
14 / 47

13話 着替えていた理由

しおりを挟む
 まったくもうとむくれながら、ミキは足を組む。その時、スリッパが落ちた。

 「もう……」

 ブツブツと文句を言いつつ、スリッパに足を入れ、ミキはふと思った。

 「ねえ、私もあなたもスリッパよね? 鎌田さんは?」

 その問いに、遊佐は足元を見る。

 「スリッパではなかったな。……だから、痕跡を消した?」

 そして、ミキはある疑問も浮かび口にする。

 「その前にさ。楠さんと鎌田さんって以前からの知り合いなの?」
 「いや、そんな話は聞いてないが……」

 ――よく考えたら、鎌田さんって夜の十時からの出勤だったよね? 前からの知り合いでもない限り、部屋で密会ってあり得なくない? 私達、十一時まで一緒だったんだし。

 ミキは、自分が十一時まで楠と一緒に居た事を思い出す。

 「どうした?」

 遊佐は、質問をしたと思ったら黙り込むミキを不思議に思い聞いた。

 「もし部屋で密会だったとすると、前から知り合いでもない限りあり得ないなって思って……」
 「……そうか。君たちが別れたその後に、カウンターにでも行かない限り顔を合わせてないのか……」

 ミキの言葉に、遊佐もハッとする。

 「つじつまが合わなくなった……」

 ミキはそう漏らす。

 もし仮にミキと別れた後に鎌田と意気投合したとしても、着替えまでしないだろうという事である。
 遊佐も同感だと頷いた。

 「振り出しに戻ったな……」
 「後は、証拠さえつかめばって思ったのに!」

 ミキは、残念そうに叫んだ。

 「残るはスタッフ三人か……」

 テーブルの上に置かれたアットホームの案内書を見つつ、遊佐は呟いた。
 宿泊客の部屋の向かい側が、スタッフの部屋だ。誰にも見つからずに行く事は可能だが、動機が思い当たらない。

 「その事なんだけどさ。私達、楠さんが着替えていたから、鎌田さんに見当つけたのよね?」
 「そうだが。日に何度も着替える女性っているだろう? 彼女がそうだったと考えられないか?」

 遊佐は、ミキに振り向きそう返すが、ミキは首を横に振った。

 「私、夕食前に彼女に会っているの。夕食時、同じ服装だったわ。なのに、寝る前にわざわざ着替える?」

 遊佐は、頷いた後考え込む。

 「何かこぼして着替えたとか……」
 「もう夜遅いし、普通パジャマに着替えるでしょう?」
 「確かに……」

 ミキの横に置いてあるパジャマを見て、遊佐は答えた。

 「ねぇ、もしかして犯行後、着替えさせられたんじゃない? だから遺体も動かした……」
 「犯人がか?」

 ミキは頷く。

 「犯人の証拠になるような物が衣服に付着した。例えば、血痕とか。床を拭いたのもそれを拭く為」
 「そう考えるとある程度つじつまは合う。ただ、床からは血痕は見つかってはいない」

 遊佐は、血痕の件を否定する。

 「じゃ、それこそ何かをこぼしたのよ!」
 「こぼしたか……。しかし何をこぼしたんだ?」
 「確認する方法ならあるわよ!」

 ミキの言葉に遊佐は驚く。

 「着替える前の服よ! あったでしょ?」
 「すまない。覚えてないな。それに彼女のスーツケースには鍵がかかっていた……」
 「鍵? 普通、二泊三日だし開けておくよね? 犯人が掛けたのかしら?」
 「わからないが取りあえず、潤に連絡してみる。署に戻ってるはずだから」

 そう言うと、スマホを取り出し、ドアの前まで言って話し出す。
 もし何かこぼしたとして、それが証拠になるなら、服は部屋にないはず。それを確認すればわかる。

 「調べて連絡をくれるそうだ。それと、鍵が見つかった。首から下げていたらしい」
 「首から? ネックレスにでも通していたの? よっぽど大切な物でも入っていたのかしら?」
 「それはわからないが、スーツケースに鍵を掛けたのは、犯人ではなさそうだな」
 「そうね」

 遊佐の意見に、ミキは頷いた。
 暫くして、伊東から連絡が入り、昨日の服がないことが判明した。
 昨日ミキを話し終わる夜十一時まで着ていた服がないという事は、犯人が持ち去った証拠だ。
 犯人はわざわざ着替えまでさせて持ち帰っている事から、犯人に繋がる証拠があるに違いない。

 「これで確定ね! 何かをこぼした」

 遊佐は、ミキの言葉に頷くだけで考え込んでいた。

 「ねえ、他に気になる事でもあるの?」

 ミキの問いかけに、チラッと彼女を見るも、別にと答える。そして、意外な事を言い出した。

 「悪いが君にはここで手を引いてほしい。もしかしたら、単純な事件じゃないかもしれない」
 「今更何言ってるのよ! 何が出て来たか知らないけど、私一人でも続けるわよ! 最初に言ったでしょ!」

 ミキは立ち上がり驚いて声を荒げると、遊佐も彼女同様立ち上がり荒げながら言う。

 「もしかしたら犯人は、自分の身を守るためなら殺人もいとわない相手かも知れないって事だ。君の身が危ないと言っているんだ!」

 ミキもここまできたら、犯人をこの手で見つけたい。
 だが遊佐は、ミキの身を案じ手を引けと言い出した!
 一体何が発覚したのか、ミキはムッとして遊佐を睨み付けていた!

 「あっそ。人ひとりも守る自信もないの? じゃ、結構よ! 自分でなんとかするわ! さっさと出て行って!」

 そういうと、ミキはドアを指差した。
 遊佐は、自分を睨み付けドアを指差す彼女をジッと見つめる。

 「そうだったな。君は、そういう性格だったな……」

 ため息交じりにそう言うと、髪をかき上げる。

 「一つだけ先に言っておく。楠さんは、犯人を脅して殺されたのかもしれない」
 「脅し?」

 遊佐は頷く。

 「それでも君は続けるか?」
 「続けるわよ。殺されたのには変わりはないんだから」

 ミキは、力強く頷いた。
 遊佐は、ソファーに座り直す。ミキもベットの上に座った。
 楠は犯人を脅していたかもしれない。遊佐はこの情報でミキが傷つくと思い、告げたくなかった。
 
 「彼女のスーツケースから、切り抜きが張り付けられたファイルが見つかった……」

 膝に両肘をつき、ぐうで握りしめた手に顎をのせ、遊佐はボソッと言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき
ミステリー
人形工房を営む姉弟。二人には秘密があった。それは、人形が持つ記憶を読む能力と、人形に人間の記憶を移し与える能力を持っている事。 二人が暮らす街には凄惨な過去があった。人形殺人と呼ばれる連続殺人事件・・・・。被害にあった家はそこに住む全員が殺され、現場には凶器を持たされた人形だけが残されるという未解決事件。 二人が過去に向き合った時、再びこの街で誰かの血が流れる。 【作者より】 ノベルアップ+でも投稿していた作品です。アルファポリスでは一部加筆修正など施しアップします。最後まで楽しんで頂けたら幸いです。

若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~

七瀬京
ミステリー
 秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。  依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。  依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。  橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。  そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。  秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。

闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!? 歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。 そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!? さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――

【完結】残酷館殺人事件 完全なる推理

暗闇坂九死郞
ミステリー
名探偵・城ケ崎九郎と助手の鈴村眉美は謎の招待状を持って、雪山の中の洋館へ赴く。そこは、かつて貴族が快楽の為だけに拷問と処刑を繰り返した『残酷館』と呼ばれる曰くつきの建物だった。館の中には城ケ崎と同様に招待状を持つ名探偵が七名。脱出不能となった館の中で次々と探偵たちが殺されていく。城ケ崎は館の謎を解き、犯人を突き止めることができるのか!? ≪登場人物紹介≫ 鮫島 吾郎【さめじま ごろう】…………無頼探偵。 切石 勇魚【きりいし いさな】…………剣客探偵。 不破 創一【ふわ そういち】……………奇術探偵。 飯田 円【めしだ まどか】………………大食い探偵。 支倉 貴人【はせくら たかと】…………上流探偵。 綿貫 リエ【わたぬき りえ】……………女優探偵。 城ケ崎 九郎【じょうがさき くろう】…喪服探偵。 鈴村 眉美【すずむら まゆみ】…………探偵助手。 烏丸 詩帆【からすま しほ】……………残酷館の使用人。 表紙イラスト/横瀬映

化粧品会社開発サポート部社員の忙しない日常

たぬきち25番
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞、奨励賞受賞作品!!】 化粧品会社の開発サポート部の伊月宗近は、鳴滝グループ会長の息子であり、会社の心臓部門である商品開発部の天才にして変人の鳴滝巧に振り回される社畜である。そうしてとうとう伊月は、鳴滝に連れて行かれた場所で、殺人事件に巻き込まれることになってしまったのだった。 ※※このお話はフィクションです。実在の人物、団体などとは、一切関係ありません※※ ※殺人現場の描写や、若干の官能(?)表現(本当に少しですので、その辺りは期待されませんように……)がありますので……保険でR15です。全年齢でもいいかもしれませんが……念のため。 タイトル変更しました~ 旧タイトル:とばっちり社畜探偵 伊月さん

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

風の街エレジー

新開 水留
ミステリー
「立ち昇る内臓に似た匂いまでもが愛おしく思えた」 かつて嫌悪の坩堝と呼ばれた風の街、『赤江』。 差別と貧困に苦しみながらも前だけを見つめる藤代友穂と、彼女を愛する伊澄銀一。 そして彼ら二人を取り巻く、誰にも言えぬ秘密と苦難を抱えた若者たちの戦いの記録である。 この街で起きた殺人事件を発端に、銀一達とヤクザ、果てはこの国の裏側で暗躍する地下組織までもが入り乱れた、血塗れの物語が幕を開ける…。 シリーズ『風街燐景』 2

処理中です...