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5話 油断ならない相手

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 部屋に戻ったミキは、ソファーに座ると、閉じてあったノートパソコンを開く。

 「さてと記録しておくかな」

 カチカチとまず、現場の状況を入力していく。

 「現場の状況から察すると、壁に頭を打ち付けて亡くなったみたいだったよね? 壁に血痕があったし。まあ、その反動で前に倒れるって事もあるけど……」

 ミキは、くすのきの倒れ方思い出す。
 うつ伏せに両手両足とも真っ直ぐに伸びた状態で、まるで整えたようだった。
 壁に激突して倒れたのであれば、手足のどこかが曲がって居たり、広がっていたりしてもおかしくはない。
 そう楠の遺体は、気をつけをした格好だった!

 「あれは寝かせたんだよね? しかし、何でわざわざそんな事を?」

 考えを巡らせみるが、何も思いつかなかった。

 「それに昨日の女性が楠さんだったのなら、犯行時刻は一時から一時半になるわよね?」

 帰って来てから楠の部屋は静かだった。壁に打ち付けたとしたら、その音ぐらいは聞こえるはずだとミキは思った。

 「まさか靴を戻しに行ってる数分間の犯行? いやいや、ありえない!」

 犯行は、計画的ではないだろう。壁に打ち付けて殺す殺し方が、計画的だとしたら驚きだ!
 だとしたならば、殺す前に何か出来事があったはず。そう考えると、昨日見た女性は楠ではない事になる。

 ミキは頭を悩ませる。
 女性はどこに消えたのか!
 
 「残りの女性客二人の伊藤さんと相内あないさんは、十二時過ぎまで一緒にいたし……。スタッフの三人は違うし。まさか、オーナーの棟方とうほうさん? 年齢はあれだけど、暗かったしありえるかも!」

 ミキは、本当は昨日の夜に、棟方は戻っていたのではないか? そう推理した。
 テーブルの上にあった案内書を手に取ると、案内図を見て確認する。

 「通路の突き当りが、オーナーの部屋になってる。普段はここにいるのかもしれない。うーん。でも犯人ではないよね?」

 昨日の女性が楠でなくなれば、犯行時刻は二十三時半からという事になるが、十二時過ぎに隣から声が聞こえていた。たぶんあの後、殺されたのだろうと推測される。そうなると、逆に棟方にはアリバイがある事になる。

 「伊藤さんと相内さんと八田はったさんの三人は、十二時過ぎまで一緒という事は、犯人ではない。残るは、スタッフと堀さん、遊佐ゆささんか……」

 トントントン。

 「すまない。遊佐だが、少し話がある。開けてくれないか」

 ドアがノックされ声がかかる。

 ――遊佐さんが何の用事? あの人色々うるさくてメンドイのに。……いや、揺さぶるチャンスかも!

 ミキは、ノートパソコンを布団の中に隠すと、ハーイと返事をしドアを開けた。

 「あ、刑事さん……」

 遊佐の隣には、伊東も立っていた。

 「少しお話宜しいですか?」
 「どうぞ」

 ミキは、驚くも二人を招き入れる。

 「座ります?」
 「いえ、結構です。えっと、彼からお話し聞きまして……」

 ミキは、チラッと遊佐を見た。
 刑事の伊東がいなくなった後の会話は別に、刑事が訪ねてくるような事を言ってないはずだと思い、彼は何を言ったのだろうと考えを巡らせる。

 「ミキさん、我々が来る前に遺体に近づき、妙な行動を取っていたとか……」

  ――それか!

 遺体の状況をレコーダーに録音をしていた時の事を警察に話したらしい。
 ミキは、余計な事をと思いつつも答える。

 「妙とは?」
 「何かブツブツと言っていたようですね。申し訳ありませんが、スマホを拝見できますか?」
 「は? なんで?」
 「録音をなさっていたのではないかと……」
 「普通なら動画だけど、君は手に持っていなかった。ブツブツ言っていたのは録音していたからだろう? 違うのなら素直に見せたほうがいい」

 遊佐が刑事の伊東を差し置いて、ミキに説明した。
 ミキもそうだが、遊佐も相手が刑事でも恐縮しない性格のようだ。

 ――入れ知恵したのはこいつか!

 遊佐は油断ならないと、ミキは思った。

 「別にいいけど。スマホで録音なんてしてないし」

 だがミキも怯まない。言った台詞に嘘はない。
 スマホのロックを解除すると、伊東に手渡す。

 「他は触らないでね。私じゃなくて、相手の個人情報だから」
 「わかってます。ないですね……」

 スマホを見ながら伊東は呟くと、スッと伊東からミキはスマホを取り戻した。

 「当たり前でしょ?」

 伊東は困り顔になるが、遊佐は突然ミキの前に手を出す。

 「な、何よ?」
 「ボイスレコーダーを持っているんだろ? だせ!」

 ミキは、その言葉にギョッとする。

 ――こいつ何者!?

 目の前にいる刑事の伊東より鋭く、どっちが刑事かわからないぐらいだ。

 「は? そんなの持ってる訳じゃないでしょ?」
 「いや、スマホに録音していないのであれば、持っているはずだ」

 ミキは、ふんっとソファーに腰掛けた。

 「あれは独り言よ。癖なの!」
 「ほう。君の独り言は、時刻や性別まで呟くのか」

 遊佐は、座ったミキの後ろに立ち、背もたれに手を付き少し前かがみで言った。
 全部わかっていて、今まで言っていたのだ。
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