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第六章

カッスターダンジョン その3

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「さて、少し疲れたのう。ここは少し休息をとるか」

「賛成ー、ちょっと疲れたよ」

 ダーたちは、ダンジョンウルフを7匹。コボールトは17体も倒している。
 そろそろ、このあたりで休憩をする必要がある。
 エクセが冒険者から得た情報を元に指示を出し、どうにか4層へ降りる階段を見つけた。
 そこを降りると、円形の広間である。
 ここは敵が出現しない、数少ない場所でもあった。
 彼らは気だるい疲労感とともに腰を下ろした。
 ルカが、前衛のクロノやダーが負った傷の手当を行い、コニンがここまで得た財宝の整理を行ない、エクセは地図を広げて、今後のペース配分を検討している。
 
「うん、かなり稼げたね。来た甲斐はあったよ」

 コボルトはぴかぴか光る物体を集める習性があるので、金貨や宝石などをよく持っている。
 おかげで換金できそうな物をかなり得ることができた。町に帰って、鑑定してもらわないと分からないが、しばらくは冒険を受けなくても生活ができそうだ。

「いやはや、なんとも、上級冒険者のすごさときたら……」

 イエカイは言い知れぬ感動を受け、しきりと頷いていた。
 やはり無理を言って同行を願い出て正解だった。
 聞けばクロノさんは3級。他のメンバーも4級であるという。
 ここでその戦いぶりを見学できるのはまさしく僥倖といっていい。
 
「若者よ、感心してるだけでは駄目じゃ。学ぶのじゃ」

 ダーの声に、イエカイはふりかえった。

「学ぶ――とは?」

「先ほどワシらが行なった、動きひとつひとつに意味がある。たとえばクロノは背が高く、さらに長い剣身のバスタードソードを持っている。下手に頭上から振りかぶれば、天井に剣先が当る。だからクロノは突進しつつ、突き刺すようにして首を刈った」

「ははあ、なるほど」

「ワシはその突進の邪魔にならぬよう、一体のコボールトを足斬りで壁面へと弾き飛ばした。その反動を利して、ワシ自身は反対側の壁面へ身をかわしている。このように、すべての動きには意味があるのじゃ」

「大いに参考になります!」

 イエカイは瞳を輝かせた。熟練の冒険者に教えを受ける機会など、滅多にない。
 仲間に裏切られたときは、何もかもおしまいだと思ったが、こういう出会いもあるのだ。
 手元に書き留めるものもないので、彼はここで学んだ事を、しっかり脳裏に刻んでおこうと思った。
 
「本当に、もっと早くみなさんと出会えていれば、こんな失敗はなかったでしょうに」

「うむ、しかし今からでも遅くはない。今日学んだ事を後の戦闘に活かせばいい。ただ漠然と剣を振るうだけではなく、こうして考えること。それも大切じゃ」

「本当にそうですね……」

 彼は先のことを考え、胸中に寂寥感を感じていた。
 このダンジョンを出たら、自分はこのメンバーとは別れなければならないだろう。イエカイはここまでの道程で、いやというほど自らの未熟さを悟った。悟らざるをえなかった。
 このメンバーの中にあって、彼は冒険者ではなかった。
 単なる庇護の対象にすぎないことがわかったのだ。
 もっと実力をつけなければ、彼らの仲間にはなれない。
 
「ところであなたは、どうして冒険者の道を選んだのです?」

 エクセがおもむろに尋ねる。
 イエカイはしばし逡巡したが、結局話すことにした。

「僕には憧れの存在がいるんです。僕の兄です」

「ほう、おぬしの兄上も冒険者か」

「はい、といっても兄は僕が冒険者となったことは知らないと思います。兄は両親に反対され、勘当されて家を飛び出したのです。その両親も流行り病で他界し、僕は天涯孤独の身となりました」

「兄の居所は掴めぬのか?」

「はい、流浪が定めの冒険者稼業ですから。ですから僕は、誰もが知るほどの一流の冒険者となるつもりです。そうすれば、兄の方から会いにきてくれるかもしれないですし」

 そうだ、兄はいつも彼の憧れだった。強い兄。誰からも信頼される頼もしい男。
 あんなふうになれたらと、イエカイはいつも兄の背中を見つめていた。
 ダーはぽんぽんと、励ますように彼の肩を叩いた。

「おぬしならできる。しっかりと生きて帰るんじゃぞ」

「はい、がんばります!」

 イエカイはぐっと拳を握り締めて、応えた。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 休息を終え、彼らは通路を北へと向かった。
 北の通路へは長く、途中で三叉路に分岐していた。
 上の層で出会った冒険者たちは、この層で探索を断念したということで、ほとんど情報がない。一行はどの道を選ぶかで意見を交わし、東を選択することにした。
 
 東の通路はやたら曲がりくねり、やがて開けた場所に出た。
 そこは、これまでの部屋とは比較にならぬほど、広々とした円形の空間だった。
 あちこちに通路の穴が見える。ここは通路の合流地点になっているようだ。
 天井も見上げるほど高い。ここならクロノトールも存分に動けるだろう。
 そう呑気に考え、全員の注意力が、散漫になっていたのは否めない。

「………あ………」

 クロノが突然、短くつぶやいた。
 
「……なにか踏んだ……」

「すぐその辺の地面になすりつけなさい」

「……そっちじゃ、ない。……もっとやばげ……」

 そういい終わらぬうちだった。
 ごとん、となにかの仕掛けが作動する音がした。
 彼らが歩いてきた、背後の通路に、重そうな音を立てて分厚い石の扉がおりた。
――退路を遮断された。

 ダーがあわてて周囲を見渡すと、すべての通路に石の扉が下ろされていく。
 ブービートラップに引っ掛かったのだ。
 彼らのパーティーには、盗賊シーフが不在である。
 このようなダンジョンに無数に配置された罠を警戒・解除するのに、必要不可欠ともいえる職業だ。フェニックスのメンバーには欠けているポジションである。
 彼らの本領はフィールドにある。これまではまったく必要としなかったつけが回ってきた、ともいえる。
 
(やれやれ、えらそうな口を利いておいて、このザマか)

 ダーは自嘲気味につぶやき、周囲の変化を見逃すまいとつとめる。

「何か下から来ますよ!」

 ルカが注意を呼びかけた。
 広い空間の中央の床がぽっかり開き、下から魔物を満載にした新たな床が現われる。
 何体いるのか。スケルトンやダンジョンウルフをはじめ、クロウラーという芋虫型の怪物もいる。
 その中で特に注意を惹くのが、大型のモンスター、オーガーだ。
 人型の巨人で、全身を甲冑のような筋肉が覆っている。爛々と光るその両眼。特徴的な角が頭頂部から生え、上下から鋭き牙が覗いている。体格は、はるかにクロノトールをしのぐ。
 
「ぜ、全滅しますよ! これじゃあ!」

 イエカイの悲鳴で、一行は逆に冷静になった。
 すぐに隊列を組み替え、ダーとクロノのすこし後ろにルカが入った。
 エクセとコニンはやや広めに距離をとり、チームはイエカイを囲むように、ほぼ円に近い陣形をとった 

「こりゃ、ちょっとした戦場だね……」

 冷汗とともに、コニンがつぶやいた。

「だとすれば、ワシらは慣れておるのう」

 ダーの一言で、絶望に満ちた一行の顔に生気がもどる。
 そうだ。自分たちはザラマでの激闘を生き延びたのだ。

「……うん、もう経験ずみ……」

 ここは地下に閉じ込められ、罠にはまったと考えてはならない。
 あくまで、これは『小規模の戦』なのだ。
――それならば、彼らの地上での経験が、この危機で生きる筈だ。

「ようし、ここで一戦、おっぱじめようかのう!」

「矢筒が空になるまで、派手に活躍するよ!」

「……がんばる……」

 一同がそれぞれ抱負を口にする。
 やがて、床から現われた敵が、こちらへ殺到してきた。
 ダーたちは、迎え撃った。 
 
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