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第二章

ジェルポートの町、震撼す その3

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 奇襲は完全に失敗した。
 ダーとクロノトールの渾身の一撃は、あっさりと鼻先の角で受け流され、弾き返された。
 黒魔獣はよろめいたふたりを、すかさず巨大な前足で踏み潰そうとする。
 頭上から振り下ろされる、巨人の大槌のような足裏。
 轟音がひびく。
 それをクロノは、円形闘技場で磨いたサイドステップで鮮やかにかわした。
 ダーも横に回転して身をかわしつつ、それを次の攻撃とつなげる。

「―――食らいおれ!!」

 振り下ろされた前足へ向かい、ダーは遠心力を加えながら、ぐっと両手で握りしめた戦斧を、全力で叩きこんだ。
 かれ得意の、地摺り旋風斧だ。
 いかなるモンスターも、この一撃で粉砕できなかったことはなかった。
 だが、この怪物は違った。手ごたえがない。

「――な、なんじゃと……?」

 表皮と筋肉で打撃を吸収し、刃が通らないのだ。
 これにはダーも瞠目するしかない。
 この動揺による隙を見逃さず、口から黒い瘴気のようなものをはなつ黒魔獣。
 これは、事前にかけてもらったルカの、聖なる加護によりレジストした。
 効かぬとみるや、黒魔獣はすかさず開いた巨大な顎で、ダーを噛みちぎろうとする。

(ふん、ドワーフの肉は硬くてまずいぞ)

 ダーは砲丸のように、ごろごろと後転して、かろうじてこれを回避した。
「―――シュッ」と、掛け声がもれる。
 空間を噛んだ黒魔獣の横顔に、すかさずクロノトールが斬撃をくわえたのだ。
――激しい不協和音。
 これも通らない。
 黒魔獣はすかさず頭を振り、それを鼻先の角で受けた。
 巨体の割に、隙らしきものが見当たらない。
 クロノはなおも剣で斬撃を加えるが、それをことごとく角で弾きかえす魔獣。
 まるで剣同士が切り結ぶような、拮抗した勝負となっている。
 ダーは低空から斧を振り回す。しかし、やはり皮膚を貫けない。

「こいつは、いよいよまずいわい……」

 黒魔獣のほうは、あきらかに本気ではない。
 ダーは長年の経験で、相手が余力を残しているのを感じとっている。
 弄ばれているのだ。
 一方のクロノとダーは、初っ端から全力で攻撃を加えている。
 その消耗度は刻がたつにつれ、顕著となってきた。
 おそらく戦闘は、この遊びに敵が飽いたとき、決着がつくのだろう。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


「――クソッ! なんなんだ、こいつ」

 コニンはひとり悪態をついた。弓に矢を番える。
  ふたりを援護すべく、遠方から黒魔獣めがけてひたすら矢を放つ。
  だが、どこもかしこも硬く、まともに矢が通らない。
  物理攻撃でどうにかできる相手では無さそうだった。
  コニンは途方に暮れていた。攻撃の手を緩めてはいないものの、心は折れかけている。自分のやっていることにどんな意味があるのか、その意義が見出せない。

  ふと見ると、市壁上の矢狭間からも、ジェルポート内の護衛兵たちが矢の雨を降らせている。 歩廊アリュールから大きな岩を投じる者もいる。 
  彼らも立ち向かうふたりを援護しようとしてくれているのだろう。
  だが、誰が見ても、無意味な行為だった。
  背中の甲羅に遮られ、援護にすらなっていない。
  逆に怪物がズシンズシンと地響きを立て、市壁を揺らすたびに、あわてて歩廊にしゃがみこみ、転落をかろうじて防いでいる有様だった。
 
「どうすりゃいいんだ、オッサン……」

 オークの大群に襲われたとき、自分たちはあまりに未熟だった。
 その後、ダーとエクセという歴戦の兵と出会い、パーティーの一員となり、確実に成長を遂げたはずだった。
 だが………。いや、悩んでいる場合じゃない。
 セットの態勢から、ドローイング、放つ。
――当っている。しかし、まるで効いていない。
 自分の弓では、この怪物に手傷すら負わせられないのだ。
 知らず知らずのうちに、コニンは目に涙を浮かべていた。
 フルカ村で味わった、あの屈辱。
 もう二度と後悔しないために、毎日のように練習した努力はなんだったのか。
 あのとき以上の無力感にさいなまれるとは、コニンは想像もしていなかった。
 
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
 

 ルカは負傷兵の傍らに座り、祈りの言葉を捧げている。
  大地母神センテスの加護が、自らの身体を通って、怪我をしている戦士へと流れ込むのがわかった。ルカディナの回復の奇跡ヒーリングは、彼女が教えを受けたセンテス教学院では、同期で並ぶものとてないトップクラスの実力であった。
 これだけは、と彼女が誇りを持っている スキルでもある。
 その効果は絶大だった。治癒効果は眼に見えて現われ、うめくだけで身動きも出来なかった幾人かは、千鳥足ながらも動けるようになったのだ。

「さあ、立てますか、今のうちにあちらへ―――」

「……あ、ありがたい、強いのだな、あんたらは……」

 ルカは気遣わしげに背後を見やった。
 あの二人は、確かにあの黒魔獣と渡り合っている。
 しかし、それは戦いというには程遠く、適当にあしらわれているといった方が正確ではないか。
 かろうじて刻を稼いでいるのだ。命を削って。
 抗魔の加護を授けているものの、いつまで持つかは彼女にも分からない。
 
(やるしかない、か……) 
 
 彼女に与えられた選択肢は、それほど多くはない。
 でも、まだ生きている人はいる。助けられる命がある。
 ひたすら動いて、一人でも多くの負傷兵を避難させる。
 今できることをルカは懸命にやるしかなかった。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 
 エクセ=リアンは、黒衣の人物が展開している結界で、まともに呪文が通らないので、最もはがゆい思いを抱いていた。これほどまでに強力な結界を張る人間など、彼の記憶の範疇には存在しない。
  とすれば、これは魔王軍の魔道師と考えるのが妥当だろう。
 
「何かまだ、できることがあるはず―――」

 どうすればあの黒衣の人物の魔力をかいくぐり、ふたりに援護ができるのか。エクセは必死になって頭を働かせている。
  そもそも、あのゴブリンや怪物はどうやってここへ現れたのか。
  それこそ人の往来も激しいジェルポートである。誰の眼にもつかず、見張りにも発見されず、ここまで到達すること事態が不自然のきわみである。
  あたかも天から降ってわいたかとしか思えない。
  その疑問はフルカ村で、オークの集団と遭遇したときから、ずっとエクセの胸中を占めていた。

――いや、そのことは今はいい。
 エクセ=リアンにはまだ、奥の手となる最大魔法の存在があった。それを出すことができれば、この窮地を脱することができるだろう。これまで結界で防がれるということになれば、完全にお手上げである。
  しかも、あまりにも膨大なマナを消費する呪文でもある。
  ここからジェルポートの魔法学院まで行き、助力を仰ぐか。
 いや、とてもこの短時間で、どうにかできるものではない。

  ではどうする――どうすればふたりを救うことができるだろう。

(考えるのです、何か最善の策を―――いや?)

 彼だけが、異変に気づいた。最前線で戦っている二人より先に。
 ひっそりとだが黒魔獣の両角に、ほのかな光が宿りつつある。
 あのすさまじい雷撃の前ぶれであった。

「―――ふたりとも、雷撃がきますよ!!」

 エクセは、大声で注意を喚起した。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 
 もはやお遊びもこれまで、ということなのだろう。
 エクセの叫び声の直後、急速に両角に光が集約しつつある。
 食らえば跡形も残らないであろう雷撃砲。
 しかしダーはむしろ、これを僥倖チャンスと捉えた。

 この瞬間だけは、敵が動かないのは明白だった。
―――おそらく勝機はここしかない。

「よし、クロノ、ワシを空へ放り投げろ!」

 ダーは助走をつけると、全力でクロノへとダッシュした。
 クロノはくるっとダーに向き直り、片膝をついた。
 突進してくるダーの足を受け止めると、その怪力で、一気に空へと投げ上げた。
 ダーは、翔んだ。

 やがてダーは、黒魔獣の頭上で失速した。
 身をねじり、空中でぐるぐると回転する。
 地摺り旋風斧の応用――横回転を縦回転に変える。
  
「おぬしのその大技は―――」

 重力を加えた戦斧の一撃を、気合もろとも黒魔獣の脳天に叩き落す。
 いってみれば、これは『天空縦旋風斧バーチカル・ローリング・アックス』だ。

「溜めが長いんじゃよ―――ッ!!」

 裂帛の気合。
 すさまじい轟音と共に、黒魔獣の鼻先が大地へ突き刺さった。
 会心の一撃―――。
 初めてダーの斬撃が効いたのだ。

 
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