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第十二章

ダーの冒険譚

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 きしむ車輪の音と、とどろく馬蹄のひびきが渾然一体となって街道の上を移動していく。
 旅は順調なものとは言いがたかった。 隊商キャラバンを狙って、いくたびも怪物たちが行く手を阻んだのである。その回数は異常といっていい。そのたびに一行は歩みを止め、ダーたちは馬車から飛び出し、迎撃しなければならなかった。
 
「さすがにここまで街道が荒れておるとは思いもよらなんだ」

 と、ダーがこぼせば、

「これは普通の旅人は大変だよね。まともに移動できるとは思えないよ」

 とコニンもつぶやく。ここまで国土が荒廃しつつある現状を、国王はどう考えているのか。国政を疎かにしては、国王としての資質を疑われてもおかしくはない。諸侯との間も、あの戦以降うまくいってはいないようである。
 おそらく、諸侯も国王の出方を伺っているのでしょう、とエクセは言う。

「ナハンデルのように、自分たちへも討伐の兵をさしむけるのか、それとも迫りつつある魔王軍に対抗するために一致団結をよびかけるのか。国王がどう動くかで、諸侯の反応も変わってくるでしょう」

「しかしこの有様を見れば、ヴァルシパルが王国としてまともに機能していないのではないか、と誰もが思うじゃろうのう」

 とダーが慨嘆するのも無理からぬことである。港町ジェルポートは海路を通じて様々な物資が集まる、いわばヴァルシパルの心臓部なのだ。そのジェルポートへ通じる街道がこの有様では、各都市へ通じる街道は、ほぼ似たような状況下にあると想像される。
 防衛する人間が、圧倒的に不足しているのだろう。
 それもこれも、ナハンデルへの無茶な出兵が尾を引いているのだ。
 なにしろヴァルシパル王みずからが陣頭指揮を執り、あれだけの騎兵を動員しながら、戦いはほぼ劣勢のまま推移し、なにも得るところなく終ったのだ。しかも、最後は諸侯から見捨てられるような形で。

 6万もの騎兵を動員するのに、国庫にどれだけの負担がかかったのか。ダーたちには想像もつかない。しかも到着していない後発組もあったはずである。
 特に、ヴァルシパル王国側についた諸侯は、悲惨である。
 王自らが率いてきた騎兵は1万程度であり、あとの5万は諸侯の兵を糾合した連合軍だったのだから。それが寸分の領土も得られず、略奪もできなかったのだ。果たしてあの、すべての人々が等しく徒労に終った戦はなんだったのか。

 それもこれも。無理に行わなくてもよかった戦なのである。
 国王のつまらない個人的な感情の元、行われた戦なのだ。
 そのつけを、王国の民がこのような形で支払わされているのであり、さらにはその戦に直接的に関わったダーたちが、護衛として苦労する羽目になっているのだから、ほとほと皮肉な話である。

「では、このあたりで小休止といたしましょう」

「ふむ、ようやく一息つけるのう……」

 ダーは、どっかと地面に四肢を投げ出すような形で寝転んだ。
 さすがに無用心すぎる格好であるが、それも仕方ない。
 彼らが隊商と行動をともにして、三日目である。荷馬車とともに行軍するため、それほどの速度が出せるわけもない。夜間に旅を強行するわけにもいかず、移動は日の出から日没まで。しかも、道中はひっきりなしに魔獣の襲来があるのである。
 この日だけで、三度の襲撃に遭い、それを撃退したところであった。
 
「ふふ、さすがにザラマ、ベールアシュ、ナハンデルと、諸国で奮闘してきたダーもお疲れのご様子ですね」

「この亀のごとき速度じゃ。無駄な戦闘も増える。それになにしろストレスが溜まるわい」

「そうだね。このペースじゃ、ザラマに到着するのはいつのことやら」

「ちょっとよろしいか、今更ながらお尋ねするが、貴公らはあの『フェニックス』のメンバーで間違いないだろうか?」

 彼らの会話に口を挟んできた男がいる。見ると彼は、元々この 隊商キャラバンの護衛を担当していた冒険者のひとりであった。名をカバンジといい、護衛チームのリーダーであるという。
 面倒ごとになるかと思ったが、隠してもいずれ分かる。
 彼らが一斉に頷くと、カバンジは喜びに満ちた笑みを浮かべ、

「おお、やはりそうでしたか。あなた方のご活躍は聞き及んでいますよ」

「活躍というが、悪名のまちがいではないか」

「一般の民はそう思っているかもしれません。だが、冒険者の間では、あなた方の名前はつとに有名ですよ。ザラマで魔王軍の侵攻を阻止した真の英雄はあなただと聞き及んでおります」

「はて、あの戦いの英雄はクロノだったはず。ワシなどは、ただただひたすら寝こけておっただけじゃよ」

「ははは、そのような無用な 韜晦とうかいを。私は護衛の仕事で、ザラマへと足を運んだことがありましてね。そこで『トルネード』のヒュベルガーと呑む機会があったのですよ」

「むむ、あのおしゃべりめ」

「いや、彼だけではありません。あの戦いの一部始終を見ていた冒険者は皆、瞳を輝かせて貴方が行った奇跡を語っていましたよ。光の魔人となり、魔王軍の幹部たちをひとりで打ち破った男、ダー・ヤーケンホッフのことを」

「むむ、真正面からそのようなことを言われるのは面映いわい」

「いいではありませんか、暇なときでかまいませぬ。私に聞かせてくれませんか。あなた方が 今日こんにちまで行ってきた冒険譚を」

 とはいえ、馬鹿正直に四獣神の珠のことを語るわけにもいかない。ダーはほとほと困り果てた。

「いいではありませんか。辻褄の合わなくなったときは、我々がフォローしますよ」

 というエクセの勧めもあり、ダーは旅のつれづれに、ぽつりぽつりと当たり障りのなさそうな冒険譚を語るようになった。フルカ村での激闘。ジェルポートの敗戦。カッスターダンジョンでの気の毒なイエカイの話や、スカーテミスを助力し、盗賊ギルドの一味を撃退したこと。
 それらを語るとき、最初は護衛の冒険者たちだけだったのだが、徐々に人数が増え、ついには隊商のほとんどが聴衆になってしまったのは、さすがにダーも憮然とした。
 そこにはあの、魔族の少年もいた。
 いつも馬車の奥でひっそりとうずくまっているのだが、ダーが旅の話を始めると、いつのまにか聴衆の輪に加わっているのである。それも楽しげに、瞳を輝かせて。

 少年はそれから徐々に、ダーへ様々な問いを発するようになった。
 どのような土地へ行ったのか。もっとも記憶に残っている出来事は何か。
 旅で一番美味しかったものは何か。逆にまずかったものは何か。
 少年は、好奇心の塊のようであった。次々にダーへと問いを発し、彼がそれらのことを応える度、眼にきらきらした光をたたえながら聞き入っていたものだった。

「僕はほとんど、世界のことを知らないんだ。だから、ダーの話はとても興味深いよ」

 少年はぽつりと、そう漏らしたことがあった。
 ダーは、それはそうじゃろう。魔族がヴァルシパルの土地のことを詳しいわけがないからのう、と応えると、少年はかぶりを振り、

「違うよ。僕は、晦冥大陸のなかのことすら、よくは知らないんだ。ずうっと、家のなかにいたからね」

「ふうむ、つまり箱入り息子というわけか」

 ダーがそう言うと、少年はどことなく寂しそうな笑みを浮かべ、「そうかもね」と答えるにとどまった。そこには何か複雑な事情があるのだろうとダーはなんとなく察し、それ以上の深入りは避けた。
 さて、ダーたちが一行に同行して、およそ一週間ほど。一行は小高い丘の上を通過するところであった。そこからは視界がよく、はるか遠方に薄霞む、ジェルポートの高い市壁が見渡せる。この旅も終幕が近いということだ。

「ようやくこの護衛の旅も終わりだね。思ったより長かったなあ」

 とコニンが溜息交じりにつぶやけば、クロノも笑顔で頷いた。
 隊商は丘を越え、木々に囲まれた視界の悪い街道へと歩をすすめた。目的地が視界に入り、どことなく一行に弛緩した雰囲気が漂っていたのは否定できない。彼らが周囲に充満する殺気に気付いたのは、ほぼ敵の包囲網が完成したときであった。

「――ダー、われわれは敵に囲まれています!」
 
「言われんでもわかっとる。少々、遅すぎたようじゃがな」

 ダーは馬車を飛び降り、バトルアックスを構えた。
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