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第十一章

センテス教

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 大地母神センテス教。
 ヴァルシパルのみならず、人間界にもっとも広く深く浸透している宗教である。
 四神獣を信仰の対象としているのは、ほぼ、その力に頼っている魔法使いたちに限定されている。しかしセンテスは神に仕える聖職者のみならず、一般の信徒も多い。
 そのため、ヴァルシパル王国内でもセンテス教会は、かなりの影響力を持っている。さらに付け加えるならば、異世界召還術を駆使できるのは、そのセンテスの大司教だけなのだ。
 
「そういわれれば、我らが眼が覚めた場所は、光につつまれた不思議な部屋でした。その後、謁見の間へと連れて行かれました。そばに立っていたのは、白い衣服を着た恰幅のよい男でしたね。あれが大司祭ですか……」

 ミキモトは顎に手を当て、天井を睨むようにして、当時の様子を思い出そうとしている。ダーもむっつりと腕を組み、様々なことを思いだしていた。
 忘れもせぬ、謁見の間でのドタバタ劇。
 あのとき、ダーは国王へ向かいこう言ったものだ。

「自分たちの力で解決せずに、他の世界から召還した異世界人にこの世界を護ってもらうとは。すばらしい他力本願じゃな」と。

 それに対して、国王は何と返答したか。

「だが、これこそが世界の危機を救うための唯一無二の方法なのだ。この世界はそうして守られてきた。そう古《いにしえ》からの書物にも記されておる」
 
 そうなのだ。あのとき国王は「古《いにしえ》からの慣わし」だと明確に発言している。
 異世界勇者は、世界を救うためにセンテスより召還された。
 だが、国王の祖先にあたる二百年前の勇者だけは、それができなかった。
 国民には知らされぬ不都合な事実だ。
 その真実は、なんと二百年もの長きにわたって秘匿されつづけた。ダーも、あの雲の間での一件がなければ、永遠に識ることもない情報だっただろう。だが現国王はどうだろうか。
 まちがいなく、その事実を識っている。
 あの奇矯な行動のすべてが、それを物語っている。

「……二百年前の祖先の無念を、みずからの手で晴らす。それが国王の奇妙な行動の原動力であろうか」

「本当は、勇者なんて召還したくなかったのかもしれないね」

「ウム、教会からの圧力がなければ、自らが勇者の武器を独占し、魔王軍に戦いを挑んでおったのかもしれぬ。しかし、それは叶わなんだ」

「それならばと、国王はもっと力の強いと思われる、四獣神の珠を手に入れようと考えた。しかし、それはすべて国王の手元には届くことはありませんでした」

「王の弟であるはずの、ジェルポートの公爵様も王様には渡さず、ダーさんに渡しちゃったんだもんね。あれはどういう意味があったのかなあ」

 コニンの疑問はもっともである。エクセはさらさらと銀色の前髪をかきあげながら、しばし思案し、やがて口を開いた。

「公爵には、王の無謀な野望が見えていたのかもしれませんね。だから朱雀の珠を寄こせという、王の要求をつっぱねてきた。それどころか、王に逆らって王都でボコボコにされた奇妙なドワーフに、すべての希望を託して渡すことにした」

「奇妙なドワーフは余計じゃ」

 ダーは苦い顔でエクセに反論した。そしてふと思い当たったかのように、

「なぜ、公爵はああもワシに好意的だったのじゃろう。面識のない、単なる一介のドワーフに国の宝を授けるなど、いま考えても不思議じゃ」

「さあ、なぜなのでしょうね」

 エクセは神秘的な微笑を浮かべ、言葉を濁した。
 なにか思い当たる節があるらしい。だが、この笑みを浮かべたときは絶対に答えを教えてくれぬ。ダーは長きに渡るつきあいから、そのことを熟知していた。
 話が一段落したとみた深緑の魔女が、一同に問いかけた。

「ところであなたたち、ショーギって識ってるかしら?」

 唐突なヴィアンカの言葉に、ダーたち一同は首をひねった。だが、ただひとり強烈にそれに反応したのがミキモトであった。

「もちろん識っています。我々の世界の娯楽のひとつですね。ですが、なぜそれを――」

「この世界にもあるのよ。もちろん、とある異世界勇者が伝えたものなんだけど」

 ヴィアンカはいたずらっぽい魔性の笑みを浮かべ、

「あれって面白いわねえ。駒が裏返ったり、敵に駒を獲られると、それが敵の駒となって寝返ったり。駒を使い捨てにせず、逆に利用しようとするなんて、実に人間らしい考え方だわ」

 まるで要領を得ない。ショーギを識っているというミキモトも、ヴィアンカの言わんとしていることが読めないようだ。

「すまんがの、ワシはあまり頭が回らぬ。単刀直入に頼めるかのう」

「まあ、単なる戯言と思ってもらっていいわ」

 煙に巻くだけ巻いておいて、ヴィアンカは舌を出してごまかした。
 何となくそれ以上、誰もが追及することを避け、話は次の議題に移った。
 どうやってザラマへとたどり着くかである。

「それなら、もう答えが出ているようなものじゃない」

 ヴィアンカがキセルをとりだし、唇から紫煙を吐き出しながら、告げた。
 彼女の視線は、ミキモトに向けられている。ダーはぽん、と手を拍ち、

「なるほどのう。ミキモトはここへ供のものを連れてきておらぬ!」

「そう、あなたたちはミキモトの従者を装えば、大手を振ってザラマへ向かうことができるはずよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね! 敵であったあなた方を従者に? そんな馬鹿なことを、受け入れられるわけがありませんね!」

「あら、あなたは確か、私のためなら湖の水をすべて飲み干し、天上の星々をネックレスにして献上すると言ってくれたわよね。そんな凄いことができるのに、それくらいのお願いは呑めないの?」

「ミキモト、おぬし……」

「わあー。すごいキモい人だ」

 一同はミキモトに冷たい視線を向けた。ミキモトは赤面しつつ、何やら小声でしどろもどろの反論をしているが、何を言っているのかほとんど意味不明である。
 
「まあ、ミキモトはキモいという結論を得たわけじゃが」

「結論じゃありませんね!」

「なにはともあれ、これから頼りにしておるわい」

「ダメです、さすがに私は異世界勇者、いくら何でも……」

 ミキモトは唐突に絶句した。ヴィアンカが腰を下ろしていた椅子からひょいと立ち上がり、不意にミキモトの頬にキスをしたからだ。
 彼はふたたび顔を朱に染め、びーんと直立不動の態勢になった。

「よ・ろ・し・く・ね?」

 ヴィアンカが駄目を押すと、ミキモトは高速で何度も頷いた。
 色男ぶっておるが、この男は存外、純情なのかもしれぬのう。ダーはそう思った。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


 その翌日のことであった。3頭の騎馬がナハンデルの門を通過し、ついで一両の馬車がその後を追うように通り抜けていく。3頭の騎馬の先頭は、白い馬にまたがった異世界勇者、ミキモトであった。
 その両脇を、ふたりの女性が固めている。ひとりは片目の潰れた勇ましい女戦士であり、もうひとりは銀色の弓を背中にかついだ、ボーイッシュな少女である。
 街道の両脇には、強い陽の光を受けた樹木が立ち並んでおり、それはこのナハンデルという土地を象徴するかのように、鮮やかな緑にきらめいている。
 ダーは馬車から、遠ざかっていくナハンデルの町並みを見つめていた。馬車はナハンデル領主、ウォフラム・レネロスからの好意である。本当は護衛の兵も何人か連れて行くように言われたのだが、隠密性の高い行動であるゆえ、丁重にお断りした。
 思えば、ナハンデルにはさまざまに助けられた。困窮していた彼らを迎え入れてくれた、唯一の土地でもあった。

「圧倒的感謝じゃ。この恩は、戦場にて返すほかあるまい」
 
 ダーのつぶやきに、馬車に乗っていた一同は力強く頷いた。ザラマに侵攻している魔王軍を撃退することこそが、ヴァルシパルの平和、ひいてはナハンデルの平和にもつながるであろう。
 彼らを乗せた馬車は、がたごと車輪を揺らしながら疾る。
 ひたすら、ザラマの町へと向かって。
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