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第九章

ナハンデルの領主に会おう その2

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 扉を開いた男は、壮年の、瀟洒な服を着た男だった。
 どうみても上級貴族の執事という出で立ちである。
 ダーたちは一瞬ぽかんとしたが、ギルド中の注目を浴びていることに気付いた。そんな特徴をもったパーティは、彼らをおいて他にいないからだ。

「ここにおるぞ」すっと手をあげた。

「おお、ようやく……いえ、予定通り出会えましたな! 冒険者という話を聞き、こちらへ向かって正解でした」

「それはよかった。して、おぬしらは何者かの?」

「これは申し遅れました。私はナハンデル領主ウォフラム・レネロス様より、みなさんを居城へとご案内するように申し付かったものです」

「うん?」

 一行は顔を見合わせた。忘れていたわけではないが、こうもダイナミックに迎えが来るとは思ってもいなかったのだ。「また後ほど」と受付嬢に頭を下げ、かれらは冒険者ギルドを辞した。
 扉を開くと、先ほど彼らを轢死させようと突進してきた大きな馬車が、建物の前をふさいでいる。
 御者台に座った男の顔には、披露の色が見てとれる。どうやら執事の発言どおりではなく、紆余曲折あったものと見える。
 
「ささ、中へどうぞ」

 とるものもとりあえず、一行は馬車に乗せられ、領主の住まう居城へと向かった。ナハンデルの領内には石の敷き詰められた歩道と、むきだしの地面のままの地域が混在している。
 そのどちらにも共通する特徴として、この町の歩道は、木の根があちこちから隆起し、地面がガタガタに歪んでいるということである。
 つまり、馬車での移動はかなり揺れるということだ。
 右へ左へ。揺れる揺れる。ナハンデルまで馬車で移動してきた彼らだが、さすがにこれは応えた。もしくは、ベクモンドの御者としての腕が一流だったのかもしれない。

「もーいやだ、歩いていこうよ!!」

 コニンがお尻を押さえて絶叫するほど痛がったので、馬車を止めてもらい、途中から徒歩で移動することにした。
「予定が、予定が」としきりと執事がさえずっていたが、ダーたちは敢えて無視した。
 居城は高台にあり、馬車の方が移動は迅速だったであろうが、彼らは快適さを求めた。
 歪んだ石畳の斜面を駆け上がると、ナハンデル領主の居城が見える。ここからはナハンデル市街の様相とは一線を画している。水だ。深い堀が満々と水をたたえている。
 周囲を水で囲まれた中央部には、水面に浮かぶように、堅牢そうな建物が厳しい老武将のような顔をして鎮座している。
 木造りの頑丈そうな橋をわたり、内部へと通された。いざ戦となったときは、この橋は叩き落すという。
 ところどころに立っている兵は、すべて緑色をした胸当てを身につけている。
 ダーはヴァルシパル王国の衛兵を思い出した。彼らは頑健で鈍重そうなフルプレートを身につけていたが、こちらの衛兵は比較的、軽装だった。
 これもまたナハンデルの特色のひとつなのだろう。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 会議用と来客用を兼ねた大広間に、数名の人物が待ち構えていた。

「――みなさん、遠路はるばる、ようこそナハンデルへ」

 すらりと背の高い、細身ながらがっちりとした体格の男が彼らを出迎えた。
 コタルディという細身の上着にマントを身にまとい、頭にラウンドリットという大きな帽子を被っている。
 陽に灼けて精悍な顔つきが、彼らを愛想よく見下ろしている。 
 これがこのナハンデルの領主、ウォフラム・レネロスらしい。
 
「わが子らの窮地を救っていただき、感謝してもしきれぬ。お礼をひとこと申し上げたく、わざわざここまで来てもらった次第」

「わが子?」

「ほら、坊ちゃま、お嬢様、お話されていた冒険者さんたちが来てくださいましたよ」

 侍女とおぼしき女性の陰に隠れていたふたりの子供が、促され、おずおずと前に進み出てきた。緑のスカートの花が咲き、ノルニルが頭をさげる。

「あのときはありがとうございました」

「――おお、息災でなによりじゃ」

「あ、ありがとうございました」と、遅れてアッシバ。

 いずれもユニゴン狩りで遭遇して、はからずも助けた子供達である。
 母親にかけられた呪いを解こうと、勇敢にもふたりだけで城を抜け出し、ユニゴンの卵を盗みだすという危険な行為におよんだのだ。彼らが駆けつけるのが一歩遅ければ、大惨事になっていた可能性が高い。
 
(いや、もとはといえば、深緑の魔女がユニゴンの角が必要だと言わなければ、この遭遇もなかったはず。とすると、この邂逅は彼女の筋書き通りということかのう)

 ダーは考えたが、すぐにやめた。そういうことはエクセに任せておけばいい。

「この子達はやんちゃすぎて、私たちも手を焼いているのだよ。今回は母を想う気持ちが強すぎて、冒険者諸君には大変な迷惑をかけてしまい……」

「ああ、いいえ、それにしても無事で何よりです」

「いや、そういってもらえると助かるよ」

 領主ウォフラム・レネロスは器が大きく、飾らない性格の男のようだった。
 初対面の冒険者に対し、まるで数年来の知己のように笑顔で応対する。

「子供らに聞いた話によると、諸君は怒り狂うユニゴンの大群をものともせず、あっというまに退治してしまったとか――。もう聞き及びと思うが、妻が今は重篤の身。この子等にまで何かあったらと思うと――本当に感謝してもしきれぬ」

「まあ礼を言われるほどもないのじゃ、利害の一致というやつ……モゴッ」

「な、なんでもありません」

 余計な事を言いそうなダーの口を、エクセがふさいだ。

「実は今回ご足労願ったのは、その諸君の卓越した腕前を頼りたいと思ったからだ」

「とすると、ユニゴン絡みかのう?」

「ハハハ、さすがに城内にユニゴンは湧かぬ。もっとタチが悪いものよ」
 
 快活そのものだったウォフラム・レネロスの目が、徐々に険しいものとなる。その眼差しはどことなく憂いを含んでいるように見え、思わずエクセが尋ねる。
 
「――もっとタチが悪いもの、とは?」

「それは――」

 ウォフラムは躊躇し、周囲を見渡した。
 広い謁見の間は声が反響するようにつくられている。主の声がよく聞こえるために設計されており、内密の話には向かぬ。 

「この話はできれば、内密にしたい。申し訳ないが、執務室まで来てもらえぬか」

「われわれに力になれることがあれば、よろこんで」

 エクセが頭のローブを下ろすと、さらさらと銀色にきらめく美貌があらわれた。
 それだけで、謁見の間全体が息を呑んだように思われた。
 彼が領主に対し、頭を下げたときである。

「私も一緒に行かせてもらって、構わないかしら」

 突如、背後から声が投げかけられた。
 聞き覚えのある女性の声。いつの間に城内へ現われたのか。
 まるで光を吸収するかのような緑の黒髪。炎のように燃え盛る双眸。
 もうひとつの咲き誇る美貌、ヴィアンカがそこに立っていた。

「もちろん。歓迎するよ、深緑の魔女」 

 領主ウォフラム・レネロスは、にっこりと笑った。
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