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第七章
異世界勇者、立ちはだかる。
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吸い込まれてしまいそうなほどの蒼空を、積雲が心地よさげに泳いでいる。
さわやかな風が吹き渡り、さわさわと森は歌う。
この日のベールアシュの町は、好天に恵まれていた。誰もが思わず口笛でも口ずさんでしまいそうなほどの陽気である。そんな風景の下を、おもしろくもなさそうな顔で歩いている男がいる。
逞しい男だった。
筋骨隆々たるその体を、真紅の亀のような甲冑で覆っている。
歩くたび、がしゃがしゃと重い金属音が街道にひびいた。頭のヘルムだけは外し、小脇に抱えているが、見ているだけでも汗ばんでしまいそうな装甲の厚さだった。
「ねー、ゴウリキさま、暑くないんですか?」
バニー族の少女が、彼の背後から声をかけた。
甲冑姿の男は、にやりと不敵に笑ってみせる。
「暑くねえと思うか?」
額からしたたる汗が、その答えだった。
バニー族の少女、リーニュはひょいと首をすくめると、口をつぐんだ。
こうして馬車を使わず、徒歩で街道を移動すること、今日でまる三日目である。
目的地はどこなのか。メンバーは声にこそ出さぬ。
だが、さすがにゴウリキの真意を測りかねているのだ。
「えらいぞリーニュ、よくぞおしゃべりをこらえました」
エルフの弓使いが、ぽんと肩を叩いた。
えへへ、とリーニュは誇らしげに控えめな胸をそらした。
「一緒に行動するようになって、かなりの時間が経過していますからね」
ひそひそ声で言葉をかえす。ふだんから口数の多い彼女だが、ゴウリキの機嫌が悪いときは、積極的に話しかけるのは危険だという程度の経験は積んでいた。
だが彼女の悪いところは、忘れっぽいという部分である。
「ゴウリキ様があの笑みを浮かべたときは、怒り狂う鈍亀に変貌する前兆ですからね。さすがに記憶しましたよ。ゴウリキ様自体はまったく成長してないようですけどね。あ、技のことじゃありませんよ。攻撃技術は格段に進歩してます。でも何の脈絡もなく狩場を変えたり、行動に一貫性が欠けてるといいますか――」
「……ずいぶんよく回る舌じゃねえか」
いつのまにか、彼女の頭上から覗き込むゴウリキの顔が間近にあった。
つい調子に乗って、いつもの様子に戻ってしまった。
リーニュは顔面から滝のような冷汗を流しながら、
「い、いやだな、聞こえてました?」
「おまえほど耳が大きくなくても、ばっちりな」
「い、いやー、せっかくの狩場を捨てて、今度は何処へ行くのかなーって」
「不満なら、無理についてこなくてもいいんだぜ」
「不満なんて滅相もない。ただ適当で行き当りばったりの度が過ぎるかなと」
「思いきり不満言ってるじゃねえか!」
怒鳴ったあと、ゴウリキはぼりぼりと頭をかいた。
確かに説明が不足していたと感じている様子である。
「わかった。説明してやる。あの狩場はもう、狩る化物もいやしねえ。第一、色んな連中に知られすぎて騒がしくなっちまった。ショバを変える潮時だ」
「変な黒衣の奴とか、来ましたものね」
「おう。あいつはちょっと闘ったらあっさり退きやがったが、あいつらは何が目当てなのかがわからねえ。俺たちが標的なら、そろそろ現われてもいいはずだ」
「なるほど。この馬車を使わない行軍には、意味があると」
エルフの弓使いが、口を挟んだ。
「敵の出方を確かめる。この行軍で俺たちの前に現われるか否かだ。もし現われなければ――」
「連中の狙いは、ダー殿たちの方であるということですね」
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
朝の食事の時間。いつもの<夕暮れの海岸亭>の1階で、ダーたち一行は椅子に腰かけていた。
食欲をそそるスープの匂いが鼻孔をくすぐる。
ダーが、さっそく運ばれてきた食事に手を延ばそうとすると、おもむろにエクセがこう切り出した。
「――冒険者ギルドから、連絡が入っています」
「ほう、どんな話じゃな」
「カッスターダンジョンで得たミスリル銀のことで、話があると」
「その話は終わったものと思っていたが」
「どうも、そういうわけでもなさそうです」
ミスリル銀が希少性の高い、特別製の鉱物である。
冒険者にとって垂涎の逸品といってもいい。しかも、その回収を命じた依頼主は、両者ともすでにこの世にはない。となると、この品を巡って、派手な争奪戦が起こるとみてまちがいない。
ダーたちは面倒ごとを避けるべく、その処理に関しては冒険者ギルドに一任した。
「ギルド側でも、処置に困っているみたいですよ。誰もが欲しがるミスリル銀。しかし、肝心の所有者はいないときてますから」
「うむ、まあ困らせておいていいんじゃないのかの」
「あちらは、そう考えていないようです。困ったものを持ちこんだ連中も、しっかり困ってほしいようで」
「それは困るのう」
「困るって言葉、何度出たっけ?」
コニンが横でくすくす笑っている。
お気楽な彼女の態度に、ダーは顔をしかめた。
結構な収入を得た一行は、しばらくギルドへと足を向ける必要性を感じていなかったのだが、そういうわけにもいかないようだ。
「仕方ないのう。一刻ほど後、向かうとするか。全員、装備は整えておくようにな」
「え、ただミスリルの話をしにいくだけでしょ?」
「冒険者たるもの、日頃の準備はしっかりと。常在戦場じゃ」
ダーが彼らにフル装備を命じた理由はそれだけではなかった。
なぜだか、不吉な予感がしたのだ。
5人はしっかりと武装して、宿をあとにした。
露骨なほど青い空が目に痛い。ベールアシュの町はいつもの活気ある喧騒につつまれ、とくべつな変化は感じられなかった。ダーは「考えすぎだったかもしれぬ」と思った。
冒険者ギルドの扉を開け、階段を昇って二階の受付カウンターへ向かう。
受付嬢ナナウは、いつもの笑顔で出迎えた。
「用件があるということで、まかり越したが」
「はい、お待ちしておりました」
にっこりと応じた。掌をついっと奥の扉へと向けると、
「そちらの奥の会議室で、ベールアシュのギルド長が待っています。私がご案内いたしますので―――」
不意にナナウの言葉が途切れた。
その両眼が驚愕に彩られ、限界まで開かれている。
「――そこにいましたか、下郎め」
不意に、背中から声をかけられた。
ダーは斧の柄頭に手をかけつつ、ふりむいた。
眼に飛び込んできたのは、どぎつい赤を基調とした、貴族ですら着るのをためらうのではないかと思われる派手な服。それを何の臆面もなく堂々と着込んだ男。
異世界勇者――ミキモトがそこに立っていた。
いつもの気障なふるまいはどこへやら。双眸に剣呑たる光がある。
「さあて、下郎とは酷い呼称じゃの。なにかおぬしに憎まれることでもしたかのう」
ダーはなるべく、のんびりとした態で語りかけた。
不意の攻撃を避けるためと、メンバーに落ち着きを与えるためだ。
ミキモトはちっと舌打ちをして、
「この期に及んでとぼける気ですか? もう君たちの秘密はバレてるんですよね」
「――……まさか?」
コニンが青ざめた表情でつぶやく。
ミキモトはせせら笑った。
「そのまさかですね。たかだか亜人のドワーフごときが、なぜ異世界勇者《われわれ》ですら手を焼いた魔族を撃退したのか、いままで謎でしたが……よくぞ今まで、隠しおおせてきたものですね」
「ふうむ、何やら誤解しとるようじゃの」
「とぼけるなっ!」
ミキモトは怒鳴った。いまや上辺だけの紳士的態度など、すべてどこかへかなぐり捨ててしまっていた。彼はずい、と掌をこちらへ向ける。
「さあ、さっさと四獣神の珠を渡してもらいましょうかね、それとも――」
ミキモトはもったいぶった緩慢さで、腰のレイピアに手を延ばすと、
「闘いますかね? この異世界勇者相手に」
さわやかな風が吹き渡り、さわさわと森は歌う。
この日のベールアシュの町は、好天に恵まれていた。誰もが思わず口笛でも口ずさんでしまいそうなほどの陽気である。そんな風景の下を、おもしろくもなさそうな顔で歩いている男がいる。
逞しい男だった。
筋骨隆々たるその体を、真紅の亀のような甲冑で覆っている。
歩くたび、がしゃがしゃと重い金属音が街道にひびいた。頭のヘルムだけは外し、小脇に抱えているが、見ているだけでも汗ばんでしまいそうな装甲の厚さだった。
「ねー、ゴウリキさま、暑くないんですか?」
バニー族の少女が、彼の背後から声をかけた。
甲冑姿の男は、にやりと不敵に笑ってみせる。
「暑くねえと思うか?」
額からしたたる汗が、その答えだった。
バニー族の少女、リーニュはひょいと首をすくめると、口をつぐんだ。
こうして馬車を使わず、徒歩で街道を移動すること、今日でまる三日目である。
目的地はどこなのか。メンバーは声にこそ出さぬ。
だが、さすがにゴウリキの真意を測りかねているのだ。
「えらいぞリーニュ、よくぞおしゃべりをこらえました」
エルフの弓使いが、ぽんと肩を叩いた。
えへへ、とリーニュは誇らしげに控えめな胸をそらした。
「一緒に行動するようになって、かなりの時間が経過していますからね」
ひそひそ声で言葉をかえす。ふだんから口数の多い彼女だが、ゴウリキの機嫌が悪いときは、積極的に話しかけるのは危険だという程度の経験は積んでいた。
だが彼女の悪いところは、忘れっぽいという部分である。
「ゴウリキ様があの笑みを浮かべたときは、怒り狂う鈍亀に変貌する前兆ですからね。さすがに記憶しましたよ。ゴウリキ様自体はまったく成長してないようですけどね。あ、技のことじゃありませんよ。攻撃技術は格段に進歩してます。でも何の脈絡もなく狩場を変えたり、行動に一貫性が欠けてるといいますか――」
「……ずいぶんよく回る舌じゃねえか」
いつのまにか、彼女の頭上から覗き込むゴウリキの顔が間近にあった。
つい調子に乗って、いつもの様子に戻ってしまった。
リーニュは顔面から滝のような冷汗を流しながら、
「い、いやだな、聞こえてました?」
「おまえほど耳が大きくなくても、ばっちりな」
「い、いやー、せっかくの狩場を捨てて、今度は何処へ行くのかなーって」
「不満なら、無理についてこなくてもいいんだぜ」
「不満なんて滅相もない。ただ適当で行き当りばったりの度が過ぎるかなと」
「思いきり不満言ってるじゃねえか!」
怒鳴ったあと、ゴウリキはぼりぼりと頭をかいた。
確かに説明が不足していたと感じている様子である。
「わかった。説明してやる。あの狩場はもう、狩る化物もいやしねえ。第一、色んな連中に知られすぎて騒がしくなっちまった。ショバを変える潮時だ」
「変な黒衣の奴とか、来ましたものね」
「おう。あいつはちょっと闘ったらあっさり退きやがったが、あいつらは何が目当てなのかがわからねえ。俺たちが標的なら、そろそろ現われてもいいはずだ」
「なるほど。この馬車を使わない行軍には、意味があると」
エルフの弓使いが、口を挟んだ。
「敵の出方を確かめる。この行軍で俺たちの前に現われるか否かだ。もし現われなければ――」
「連中の狙いは、ダー殿たちの方であるということですね」
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
朝の食事の時間。いつもの<夕暮れの海岸亭>の1階で、ダーたち一行は椅子に腰かけていた。
食欲をそそるスープの匂いが鼻孔をくすぐる。
ダーが、さっそく運ばれてきた食事に手を延ばそうとすると、おもむろにエクセがこう切り出した。
「――冒険者ギルドから、連絡が入っています」
「ほう、どんな話じゃな」
「カッスターダンジョンで得たミスリル銀のことで、話があると」
「その話は終わったものと思っていたが」
「どうも、そういうわけでもなさそうです」
ミスリル銀が希少性の高い、特別製の鉱物である。
冒険者にとって垂涎の逸品といってもいい。しかも、その回収を命じた依頼主は、両者ともすでにこの世にはない。となると、この品を巡って、派手な争奪戦が起こるとみてまちがいない。
ダーたちは面倒ごとを避けるべく、その処理に関しては冒険者ギルドに一任した。
「ギルド側でも、処置に困っているみたいですよ。誰もが欲しがるミスリル銀。しかし、肝心の所有者はいないときてますから」
「うむ、まあ困らせておいていいんじゃないのかの」
「あちらは、そう考えていないようです。困ったものを持ちこんだ連中も、しっかり困ってほしいようで」
「それは困るのう」
「困るって言葉、何度出たっけ?」
コニンが横でくすくす笑っている。
お気楽な彼女の態度に、ダーは顔をしかめた。
結構な収入を得た一行は、しばらくギルドへと足を向ける必要性を感じていなかったのだが、そういうわけにもいかないようだ。
「仕方ないのう。一刻ほど後、向かうとするか。全員、装備は整えておくようにな」
「え、ただミスリルの話をしにいくだけでしょ?」
「冒険者たるもの、日頃の準備はしっかりと。常在戦場じゃ」
ダーが彼らにフル装備を命じた理由はそれだけではなかった。
なぜだか、不吉な予感がしたのだ。
5人はしっかりと武装して、宿をあとにした。
露骨なほど青い空が目に痛い。ベールアシュの町はいつもの活気ある喧騒につつまれ、とくべつな変化は感じられなかった。ダーは「考えすぎだったかもしれぬ」と思った。
冒険者ギルドの扉を開け、階段を昇って二階の受付カウンターへ向かう。
受付嬢ナナウは、いつもの笑顔で出迎えた。
「用件があるということで、まかり越したが」
「はい、お待ちしておりました」
にっこりと応じた。掌をついっと奥の扉へと向けると、
「そちらの奥の会議室で、ベールアシュのギルド長が待っています。私がご案内いたしますので―――」
不意にナナウの言葉が途切れた。
その両眼が驚愕に彩られ、限界まで開かれている。
「――そこにいましたか、下郎め」
不意に、背中から声をかけられた。
ダーは斧の柄頭に手をかけつつ、ふりむいた。
眼に飛び込んできたのは、どぎつい赤を基調とした、貴族ですら着るのをためらうのではないかと思われる派手な服。それを何の臆面もなく堂々と着込んだ男。
異世界勇者――ミキモトがそこに立っていた。
いつもの気障なふるまいはどこへやら。双眸に剣呑たる光がある。
「さあて、下郎とは酷い呼称じゃの。なにかおぬしに憎まれることでもしたかのう」
ダーはなるべく、のんびりとした態で語りかけた。
不意の攻撃を避けるためと、メンバーに落ち着きを与えるためだ。
ミキモトはちっと舌打ちをして、
「この期に及んでとぼける気ですか? もう君たちの秘密はバレてるんですよね」
「――……まさか?」
コニンが青ざめた表情でつぶやく。
ミキモトはせせら笑った。
「そのまさかですね。たかだか亜人のドワーフごときが、なぜ異世界勇者《われわれ》ですら手を焼いた魔族を撃退したのか、いままで謎でしたが……よくぞ今まで、隠しおおせてきたものですね」
「ふうむ、何やら誤解しとるようじゃの」
「とぼけるなっ!」
ミキモトは怒鳴った。いまや上辺だけの紳士的態度など、すべてどこかへかなぐり捨ててしまっていた。彼はずい、と掌をこちらへ向ける。
「さあ、さっさと四獣神の珠を渡してもらいましょうかね、それとも――」
ミキモトはもったいぶった緩慢さで、腰のレイピアに手を延ばすと、
「闘いますかね? この異世界勇者相手に」
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