上 下
44 / 146
第五章

フェニックス再始動

しおりを挟む
「なにやら、久しぶりじゃの」

 ダーはいつものように、エクセに気安く声をかけた。
 眼を醒ましているダーを見たエクセは、瞬間的に顔をほころばせかけた。が、不意に雲に閉ざされた真冬の空のような顔つきになり、つかつかとダーに近寄った。
 ぱあん、と乾いた音が部屋に響いた。
 エクセが、ダーの顔を平手で叩いたのだ。
 ダーは驚きにかるく目を瞠った。この美しく温和なエルフが他人に暴力を振るうなどという事態は、50年のあいだ、一度も見たことがなかったからだ。

「はて、エルフの挨拶も変わったのう。いきなり叩くのがそうであったか」

 とりあえず軽口を叩く。すると、さらに無言で手を振り上げようとしたエクセを、あわてたコニンとルカが背後から阻止する。

「だ、ダメだよエクセさん」

「そうです、らしくありませんわ」

 クロノはぬっと、二人の間に立ちふさがった。

「……ケンカ、ダメ……」

 クロノは厳しい顔つきで双方を見やる。さすがにおとなげないと思ったのか、エクセはふっと肩の力を抜いて、ぎこちなく笑った。

「大丈夫です、もうぶちませんから」

「……ほんと……?」

「ええ、ですから話をさせてください」

 ダーはぶたれた頬をさすりながら、いぶかしげに尋ねる。

「……そこまでワシがおぬしの怒りを買ったことは50年のあいだ、とんと記憶がないわい。ワシが悪いのだろうが、その理由を教えてくれまいか」

「あなたが私をかばって、死のうとしたからです」

「おかしなことを言う。ワシはただ、仲間を助けただけじゃ」

「その結果、自らのいのちを失うことになっても、ですか?」

「仲間を助けるのはワシとしては当然の行為じゃ。命を捨てたいとは思わん。思わんが、その信念に基いた結果、そうなったらやむをえぬわい」

「――では、誰が世界の危機を救うのです!」

 エクセは珍しく声のトーンを上げた。心なしか、瞳が潤んで見える。

「私はあなたの、本気でこの世界を救おうとする心。その熱い心に打たれて旅に出たのです。そのあなたが先に死んでは、意味がないでしょう。それに以前、オークの襲撃で仲間を失った3人のことも考えてください」

「するとワシは、おぬしを見殺しにするべきだったと言うのか」

 エクセの柳眉が寄った。
 しばしの黙考のあと、銀色の髪を縦に振る。

「……合理的に考えれば、そうです」

「それこそふざけるなじゃ。おぬしを見殺しにした後、宿へ帰ってニコニコ酒を飲めというのか。そんな酒の何が楽しいというのじゃ」

「別にニコニコ酒を呑む必要はありませんが」

「それはともかくじゃ。合理的には考えられぬ。最初のワシは仲間はいなかった。この4人が集まってくれたのは奇跡のようなものじゃ。それにワシの代わりはおぬしがいるじゃろ」

「断じてイヤです。申し訳ありませんが、あなたがいなくなったら、私はさっさと家に帰ってしまいますよ」

 ちょっと呆れたような表情で、ダーはエクセを見やる。

「おぬしは、あれじゃな。冷静ぶっているが、意外と一番の激情家じゃな」

「そうです、識りませんでしたか」

「知り合って50年も経てば、なんでも識っておるといいたいが、さすがに自信がなくなってきたわい」

「人はあなたが思っているより、色んな側面があるのですよ。それを取り繕いながら、ごまかしながら、人は生きているのです」

「ふむ、いつものお説教モードになってきたのう」

 ダーはにやりと笑みを浮かべた。

「またそうやって混ぜっ返す。いいですね、今度やったら、顔のかたちが変わるまで叩きますよ」

「その場合、どっちかが死んでるから不可能じゃ……」

 と、小声でコニンがつぶやく。

「約束はできぬな。ワシはな、頑固でわがままじゃからな」

「自覚はあったんですね」

「ウム。自分の言ったことは決して曲げぬ。じゃからな、危機に陥った仲間を見捨てるなどという選択肢はダーの辞書にはない」

 エクセはあきれ返ったように、深い溜息ついた。

「そうですね。あなたの意思を曲げるなんて、私の細腕でミスリル銀を砕くぐらい困難なことですからね。でも、心に留めておいてください。あなたの存在は、この国の亜人――いえ、もはや大陸中の人々の希望となってきているのですから」

 エクセは立ち塞がったクロノに目配せをした。クロノはまだ不安げな表情で、

「……もう、叩かない……?」と訊いた。

「大丈夫です。さっきのは、ほんのたわむれですから」

「たわむれでビンタされてはたまったものではないわい」

 その言葉を無視して、エクセは無言で右手をさしだした。

「よく戻ってきてくれました。ダー・ヤーケンウッフ。わが友――」

「ああ、ワシは不死身じゃからな。友よ」

 ふたりは和解の握手をかわした。
 
「おっと、オレ……あたしも忘れてもらっちゃ困るよ」

 コニンもふたりの交わした手の上に、掌を重ねた。
 続いてクロノトールも、さらにルカもそれに倣う。
 全員の顔がほころび、笑い声が室内を包んだ。
――こうして一週間ぶりに、『フェニックス』メンバーの全員が顔を揃えることになったのであった。


「それで、今回の事態について、思いだせる範囲のことを教えてください」
 
 隠す事など何もない。ダーは雲だらけの間で起こったことを洗いざらい話した。四獣神との会話。授かった未知なる力のこと。一週間の昏睡という大きなペナルティ。 
 4人は、さすがに四獣神と逢ったなどという話は想定外だったようだ。
 唖然とした顔つきで、ダーの話に口を挟む事なく、ひたすら耳を傾けている。
 ダーは「白虎との会話の途中で気が遠くなり、気付いたらここにいた」といって話を結んだ。
 かれが語り終えたあと、しばしの沈黙が室内を包んだ。 

「驚くべき話ですが、あれを見た以上、信じざるを得ませんね」
 
 エクセが神妙な面持ちでつぶやいた。

「すると今は、あの力は使えないってこと?」とコニン。

「そういうことじゃ。今後あの力を行使するならば、残りのふたつの珠のありかを見つけ出す必要があるということじゃな。でなければ、再び一週間おねむじゃ」

「せっかく異世界勇者と対抗できるほどの力を得たのに、むずかしいね」

「そのことなのですが、いささか改善の余地があると思います。聞きますか?」

「聞かせてもらおう」

「まず、いかなる生物にも、魔力マナというものは存在します。しかしそれを鍛え上げなければ、幼児のごとき力しか発揮できません。ダー、あなたは生まれてこのかた、魔法の研鑽を積んだことはありませんね?」

「それはそうじゃ。ワシにとっては魔法なんて小難しい代物、乗馬並みにやりたくないものじゃわい」

「つまり――今のあなたは魔力がゼロに等しい状態です。ないものが無理に魔法を使ったため、精神力を根こそぎ吸い取られてしまい、今回の長い眠りにつながったのです。私が言いたい事がわかってきたでしょう……?」

「とすると、ワシは……」

「はい、これから無理やりにでも、魔力マナの強化を行ってもらいます。そうすれば、眠りの間隔を短いものにすることが可能でしょう」

「……ドワーフの魔法使いとは、見たことも聞いた事もないわい」

 ダーは絶望に彩られた、情けない声をあげた。

「どうやらビンタよりも、こちらの方があなたにとって、きつい一撃だったようですね」

 エクセはしてやったりと、人の悪い笑いを浮かべている。
 これには、さすがのダーも、絶句せざるを得なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...