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第四章

ヤマダの変貌

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「一体これは、どういうことなのですかね?」

 ミキモトの疑問も、もっともである。
 なにせ異世界勇者として、魔王より世界を救済すべく召喚された者が、よりにもよってその魔王軍の幹部と肩を並べているのである。
 経緯を説明してもらわなければ、まるで理解が追いつかない状況であった。
 
「ミイラ取りがミイラになったってやつか」

「キャラが薄いのを気にして、悪に染まっちゃったのね、ヤマダ君」

「キャラがどうとか、君たちは相変わらず低俗な事を言ってるんだな。そういうのはもう卒業した方がいいよ」

 ヤマダは適当なふたりの戯言を、鼻で嗤って受け流す。
 初対面のときの、やたらオドオドして、周囲を警戒するように見回していた男とはとても同一人物とは思われない。
 それに見た目も、謁見の間のときとはまるで変貌を遂げている。
 もっとも彼の特徴だった大きなメガネは外している。魔族に視力を矯正する魔法でもかけてもらったのだろうか。表情も精悍さが加わり、あの平凡な若者代表といった風情はどこにもない。
 ボサボサだった髪型は綺麗に梳られ、後方へと流している。黒装束の下から現われた装備も、黒のレザーアーマーに黒レザーのズボンと、漆黒の姿である事はかわりはない。
 手にしている杖は、ヴァルシパル王から手渡された時は、確かに琥珀色に輝いていたはずである。今は漆黒に塗装され、見る影もない。
 
「なんであんた、そんな黒にこだわってんの?」

「何事もまず形からだよ。魔王軍であることをアピールするためさ」

「その、魔王軍に寝返った、経緯を聞かせて欲しいんだがね」

「あらあ、寝返ったといういい方はどうかしらあ」

 ラートーニがヤマダの傍らから口をはさむ。

「彼はむしろ正道に立ち返ったのよ。そもそも魔王軍が邪悪だなんて、人間族の一方的な決めつけだわ」

「一方的にフシャスークを攻め滅ぼし、ガイアザを攻撃し、さらにザラマへと侵攻してきたあなた方が、正義とは思えませんね」

「そもそも、魔族はこの世界で最も優秀な種族なのよお。この世界は私たちがとっくに支配してしかるべきだった。でも神々が異世界から勇者を召喚するだなんて外道に手を染めたもんだから、私たちは晦冥大陸の内部へと押し込められてしまった」

「支配される人間族としては、たまったものではありませんからね」

「偉そうに言ってるけど、人間だってやってる事は私たちと大差ないわあ。亜人に対しての差別行為の数々、そこのエルフの魔法使いなら嫌というほど知ってるんじゃないのお」

「…………」

 そのエクセは、黙して語らない。
 だが、それは紛れもなく事実だった。彼の親友ダーを世直しの旅へと駆り立てたのは何か。彼が謁見の間で受けた屈辱から端を発しているのだ。

 兵たちにも動揺が広がる。ザラマの町の構成員は亜人の比率が多い。
 彼らがヴァルシパルから差別的扱いを受けているのは幻想ではない。現実なのだ。

「わかったかい、僕は寝返ったのではない。眼を醒ましたのさ。魔王軍に加担し、この世を公平な世の中にする。これこそが大義というものさ」

「えらくベラベラと口が廻るようになったな」

 ゴウリキがうなるようにヤマダを睨む。

「そうよそうよ。そもそもそんな事を考え出したのって、横の魔族の女が原因でしょ。色仕掛けにたぶらかされてるんじゃないの?」

 ケイコMAXの問いに対し、静かにヤマダは首を振り、

「色仕掛けとか薄汚い言葉遣いはやめてほしい。僕は、真実の愛を知っただけなのだから……」

「ちょっと、真実の愛とか言い出したわよこの子」

「結構イタイ人だったんですねえ」

「イタかったのは過去の自分さ」

 ヤマダはしみじみとした表情で過去を振り返る。

「僕は今まで本物の愛を知らずに育ったんだ。『俺の嫁』とか言って、二次元のキャラを愛していた愚かな世間知らずだったということだよ。だが、ネットも何もないこんな異世界じゃポ○ズン。二次嫁なんてのは空虚なたわ言にすぎなかったのさ……」

「いや、あっちの世界でもかなり空虚なたわ事だと思うぜ」

「そこで真実の愛を教えてくれたのがラートーニさ。現実の女性のしっとりとした肌の柔らかさ、その素晴らしい事……ああ、僕は真の愛に目覚めたのさ」

 ヤマダは傍らのラートーニにウインクする。
 魔族の女は微笑をたたえたまま、彼の頬にやさしく接吻した。

「ヤマダ君、大事なものを捨てちゃったのね……」

「完全に掌の上に乗せられてやがるな」

「これは重症ですねえ」

 ふたりのイチャイチャぶりを、呆れ眼で見やる3人。
 勝手にしてくれという投げやりな雰囲気が漂う中、ヤマダはきりっと3人に眼を向けて宣言した。

「――そんなわけで、君らには悪いがここでリタイアしてもらう」

「気でも狂ったか。異世界勇者同士で決闘しようというのか?」

「君達には気の毒だが、真実の愛には犠牲がつきものなんだ」

 ヤマダの眼差しは真剣そのものである。誰の声も耳に入っている様子はない。
 
「無駄ですよゴウリキ。我々も覚悟を決めた方がよさそうです」

 ふう、と溜息とともに、レイピアを構え直すミキモト。
 完全にヤマダは篭絡されている。説得できるとは思えない。
 ならば叩き潰して、眼を醒まさせてやるのが一番の道かもしれない。

「そうねえ、ここで押し問答を続けても話は進展しないわ。決着をつけなければならないようね」

 ケイコMAXはムエタイの基本であるタン・ガード・ムエイの構えに入った。
 ミキモトはアンガルドの姿勢をとる。
 ゴウリキはピーカーブースタイルで、警戒なフットワークを刻みはじめる。

 一方のヤマダは、何の構えもしていない。
 それも当然かもしれない。格闘技経験者である三人に対し、ただのオタクであるヤマダは何の戦闘技術も持っていないのだ。

「ヤマダ、考え直すんだね。ただでさえ3対1なのに、貴方は隙だらけ。一方的に蹂躙する形になってしまうね」

「構えが何だ。真の愛の前にはすべて無力なんだよ」

「オイ、ミキモト、もうやっちまおうぜ」

 だんだん腹が立ってきたのが、ゴウリキの声が刺々しくなっている。
 そんな問答を尻目に、ラートーニは片手を消滅させる。
 また異空間から何かが出てくる。それは円形をした漆黒の珠だった。
 ヤマダの持つ杖は、頭頂部が水平になっている。そこに漆黒の珠を据える。すると珠は、不思議な事にそのまま落下することなく固着している。
 
「さあ、これで準備万端、かかってらっしゃい」

 ラートーニが指を立てて挑発する。
 ゴウリキがガンガンとガントレットを打ち鳴らし、怒りの表情で吼える。

「ようし、もう堪忍袋の緒が切れた!! 魔族の姉ちゃん、消滅しても恨むなよ」

「ヤマダ君、あの世で頭を冷やしてくるんだね」

 その瞬間、閃光が走った。それと耳をつんざくような轟音。
 3人がふたたび、ほぼ同時に必殺技を放ったのだ。
「うわあっ」と背後の兵士達が、反射的に顔を手で覆った。 

 竜巻のごとき、すさまじい砂煙が立ちのぼった。砂まじりの小石の雨が降りそそぐ。
 彼らの直線上の物質はほぼすべてが消失している。むき出しの岩は消滅し、大地もえぐれ、無残な様相を呈している。

「消滅したか……哀れな」

 そうミキモトがつぶやいたときである。
 砂煙がうすれ、一対の男女のシルエットが浮かび上がった。

「いやねえ、ほこりっぽいったらありゃしないわあ」

 立っているのは、言うまでもなくラートーニとヤマダである。

「……なにい……バカな……」

「アタクシたちの必殺技を受けて、平気だと言うの?」

「そんな馬鹿な、ありえませんね。どんな魔術を……」

 言いかけたミキモトが気付いた。

「――そうか、その珠のせいですね!? それは何なのです」

「ニブチンよねえ。この3人。悲しいぐらいに」

「可哀想だから教えてあげよう。これは、暗黒神の魔石ハーデラ・ストーンさ」

 嬉しげにヤマダが杖を掲げた。杖の上には、あらゆる光を吸収するかのような、球体の形をした深遠が鎮座している。

「ハーデラ? 何ですそれは」

「あなた方の敗因はね、勇者の武器の威力におぼれて、この世界の|理(ことわり)をまるで理解しようとしなかった情弱さにあるのよ」

「そう、その傲慢さにより、君らは死ぬ」

 漆黒の珠の暗さが乗り移ったかのように、ヤマダの顔は悪意に満ちている。
 彼は杖を高く掲げ、叫んだ。

深遠の業火インフェルノ・ファイヤ!!!」

 漆黒の炎が3人を包みこみ、その身を灼いた。
 異世界勇者3人は悲鳴をあげて大地に転がる。

「さあ、どちらが上か、はっきりさせてあげますよ」

 ヤマダは舌なめずりせんばかりの表情で、3人を見下ろしていた。
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