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第四章
異世界勇者
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まるで子供のお遊戯のように、ミキモトを中心点にして蟹の化け物がぐるぐると廻っている。
その輪は広がったり縮まったりすることはあれど、決して止まることはない。
転倒させられたミキモトが立ち上がろうとすると、すぐさま後方からハサミが伸び、彼の足をすくった。
バランスを崩し、再度転倒する。
四つんばいになった頭上から、ハサミが叩きつけられ、ミキモトは大地に接吻する羽目になった。
「くっ、調子に乗るんじゃ、ありませんね」
口許の砂をぬぐい、立ち上がろうとするミキモトだったが、周囲をぐるぐると旋回するクラスタボーンは、執拗にそれを許さない。
小突かれ、脚をすくわれ、まともに剣を振るうこともままならない。
完全に翻弄されている。もともとクラスタボーンの俊敏さは、遥かに人間より上なのだ。それが十匹もいるとなると、包囲から抜け出すのも容易ではない。
ヒュベルガーが見かね、助太刀に入ろうとすると、
「おっと、あなたの相手はこっち」
ラートーニが妖しい微笑をたたえて指を鳴らす。
黒衣の男は、その音にいざなわれるように、ただ機械的に亜空間の門を開く。
ねじれた空間からぬうっと巨体を現したのは、つい先程までこの場を席捲していた黒魔獣であった。
ああ、と兵士たちの間に落胆の吐息がもれる。
エクセの練りに練ったファイヤー・カセウェアリーの一撃でようやく屠った怪物である。
(こうなってみると、あれには何の意味があったのでしょうね)
暗澹たる思いで、エクセはそれを見つめている。
魔獣の両角が光を帯びた。あの雷撃砲が来る。
戦慄がふたたび場を支配した。
周囲の緊張をよそに、エクセは平静な心を保っている。いっそ、友の待っているあちらの世界へ行くのも良いかもしれない。そんな気持ちに支配されつつあった。
そのときである。兵士達の頭上の空気が振動したのは。
まるで巨大な青い光弾のようなものが、彼らの頭上を越えて直進している。
それはちょうど、黒魔獣の顔面へと着弾する。
一瞬、黒魔獣の顔は膨張したように見え、それが炸裂、四散した。
エクセは呆然とそれを見ている。
「このようなことは、人間業ではない……」
ザラマの町の方向から、男がゆっくりと歩み寄ってくる。
それもふたり。
ミキモトはその間も白い怪物に翻弄されつづけている。レイピアを支えに立ち上がろうとした矢先、頭上から幾つものハサミが落下する。どかどかと容赦なく頭上から連続でハサミが振り下ろされる。
「むぐうううっ」
即死級のダメージを負うわけではないが、着実にダメージを受けている。
こうなると日頃の冷静さも陰をひそめ、ただただ嵐の前の小枝のように蹂躙されるだけだ。
旋回しつつ背後に廻った一体が、ふたたび打撃を加えようとハサミをふりあげたとき――
「真空跳び膝蹴り」
その叫び声とともに、一体のクラスタボーンが宙を舞った。
それはミキモトの頭上を飛び越え、ちょうどぐるぐると反対側を廻っていた別のクラスタボーンに衝突する。歩み寄った男のひとりが、片膝立ちで佇立している。
「さっきアナタなんて言ってたかしら、ヒーローは遅れてやってくる?」
言い終えると同時に、プークスクスと笑い出した。
「それがこのザマって、ちょっとブザマじゃなくって?」
嘲りの笑みを浮かべるのは、黒い全身タイツに琥珀色のブーツを装着した男。
ムエタイの達人、ケイコMAXであった。
「む、むかつく。貴方にバカにされるのは我慢なりませんね」
さらにケイコMAXがもう一体を蹴り飛ばし、隙をつくってもらったお陰で、ようやくミキモトは転倒地獄から脱出することができた。
正面の一体を切り倒し、包囲網から脱出する。
「貸しひとつよ」
「すぐに返しますよ」
感謝するでもなく、憮然と応じるミキモト。
もうひとりの男はガチャガチャと重そうな真紅の甲冑に身をまとい、座り込んだままのエクセの傍に歩み寄った。これが先程の光弾を放った男だろう。横幅があり、まるで赤い亀のようだ。
「よう綺麗な姉ちゃん、怪我はねえかい」
ひょいと抱えあげられた。
この男の名を、エクセは知らぬ。
だが、その両手に輝く、琥珀色をしたガントレット。
見るからに異彩を放つそれは、知らずとも勇者の武器だと、ひとめで理解できた。
「俺の名はタケシ・ゴウリキってんだ」
男はエクセを抱えたまま、不器用なウインクをしながらサムズアップした。
「こんなところで口説き? こっちもヤボったいわね」
あきれたようにケイコMAXが溜息をつく。
「おい、後ろの連中、ボーっとしてねえでサッサとご婦人方を後方へお連れしねえか!!」
怒鳴られ、ハッと我にかえったザラマ兵たちは、あわてて二頭の馬を連れてエクセたちを迎えに来る。
「待ってください、私は立てますから」
エクセはゴウリキの親切に感謝の意を述べると、地に下ろしてもらう。
もともと体力は僧侶から回復してもらっていたのだ。立てなかったのは、精神の問題である。
「最後まで、この戦いの結末を見届けたいんです」
「そうかい。じゃあ仕方ねえ、危ないからできるだけ下がってな」
ゴウリキは前進し、他のふたりと合流した。
3人の異世界勇者と、白い10体の怪物が、静かに対峙した。
青い肌をした女と黒装束の男のカップルが、その様子を冷やかに見つめている。
「あらあ、異世界勇者が3人も集結? なかなか派手な絵面ねえ」
ラートーニはまったく動じていない。
むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「団体行動ってのは苦手だが、まあ勅令とあらば仕方ねえ」
「そういう事。アタクシ、とっとと片付けてお風呂に入りたいわ」
「気の進まぬことですが、まあ助けられた礼はしないといけませんね」
その瞬間、クラスタボーンの群れは、3人に殺到した。
異世界勇者たちは、その動きを予期していたかのように、それぞれの必殺技の体勢に入っている。
ゴウリキは両の拳を前方に突き出し、ゆっくり上下に広げる。
広げた拳の隙間に、光の粒が集結していく。
かれは叫んだ。
「空烈破弾!!!」
ケイコMAXも空へ飛翔し、旋回した。
「空中旋風斬脚」
ミキモトも再度、虚空へ連続突きを放った。
「流星連続突き」
勇者の武器というのは、相乗効果を生むのだろうか。
明らかに先程よりも威力を増した3人の必殺技は、ラートーニの結界をたやすく打ち破り、光と風の本流となって10体ものクラスタボーンを一瞬にして蒸発させた。
塵一つ残らず、白い化物は地上から消えた。
ミキモトはレイピアを頭上高く掲げると、剣先をラートーニたちへ向ける。
「さあ、残るはあなた方だけですね」
「あらあら、それはどうかしらあ」
ラートーニの声には、悪戯っぽい微粒子が含まれている。
「異世界勇者ってのは3人じゃないでしょう。もう1人はどうしたのお?」
「ああ、そういえばいたな、誰だっけ?」
ゴウリキは真剣な表情でつぶやく。本気で思い出せないらしい。
「いくら影が薄いったって、勇者仲間ぐらい憶えといた方がいいと思うね」
「アタクシだって憶えてるわ。ヤマダとか言うキャラ薄いのよ。あの男はアタクシたちがのんびり観光気分でヴァルシパルを旅してる間、さっさと行っちゃったわよ」
「どこへだ?」
「隣国ガイアザによ。まず敵情視察こそ第一とかもっともらしいこと言って。それきり会ってないわ」
「まあ、いない者の話はどうでもいいでしょうね!」
ミキモトがぴしゃりと叫び、問答に終止符をうった。
「――で、それがどうしたのです、魔族さん。時間稼ぎでもして、また新たな化物でも呼び出す気ですか?」
くすくすとラートーニは笑った。明白な嘲笑に苛立ったか、
「なにを笑っているのですかね!!」
ミキモトは激昂し、叫んだ。
ラートーニはあくまで笑みを湛えたまま、
「だって、いない者だなんて、おかしくて仕方ないわ。
ここに勇者は4人揃っているというのに!」
黒衣の男は、バリバリと衣装を剥ぎ取った。
中から、笑みを浮かべた最後の異世界勇者――
ケンジ・ヤマダの顔が現われた。
その輪は広がったり縮まったりすることはあれど、決して止まることはない。
転倒させられたミキモトが立ち上がろうとすると、すぐさま後方からハサミが伸び、彼の足をすくった。
バランスを崩し、再度転倒する。
四つんばいになった頭上から、ハサミが叩きつけられ、ミキモトは大地に接吻する羽目になった。
「くっ、調子に乗るんじゃ、ありませんね」
口許の砂をぬぐい、立ち上がろうとするミキモトだったが、周囲をぐるぐると旋回するクラスタボーンは、執拗にそれを許さない。
小突かれ、脚をすくわれ、まともに剣を振るうこともままならない。
完全に翻弄されている。もともとクラスタボーンの俊敏さは、遥かに人間より上なのだ。それが十匹もいるとなると、包囲から抜け出すのも容易ではない。
ヒュベルガーが見かね、助太刀に入ろうとすると、
「おっと、あなたの相手はこっち」
ラートーニが妖しい微笑をたたえて指を鳴らす。
黒衣の男は、その音にいざなわれるように、ただ機械的に亜空間の門を開く。
ねじれた空間からぬうっと巨体を現したのは、つい先程までこの場を席捲していた黒魔獣であった。
ああ、と兵士たちの間に落胆の吐息がもれる。
エクセの練りに練ったファイヤー・カセウェアリーの一撃でようやく屠った怪物である。
(こうなってみると、あれには何の意味があったのでしょうね)
暗澹たる思いで、エクセはそれを見つめている。
魔獣の両角が光を帯びた。あの雷撃砲が来る。
戦慄がふたたび場を支配した。
周囲の緊張をよそに、エクセは平静な心を保っている。いっそ、友の待っているあちらの世界へ行くのも良いかもしれない。そんな気持ちに支配されつつあった。
そのときである。兵士達の頭上の空気が振動したのは。
まるで巨大な青い光弾のようなものが、彼らの頭上を越えて直進している。
それはちょうど、黒魔獣の顔面へと着弾する。
一瞬、黒魔獣の顔は膨張したように見え、それが炸裂、四散した。
エクセは呆然とそれを見ている。
「このようなことは、人間業ではない……」
ザラマの町の方向から、男がゆっくりと歩み寄ってくる。
それもふたり。
ミキモトはその間も白い怪物に翻弄されつづけている。レイピアを支えに立ち上がろうとした矢先、頭上から幾つものハサミが落下する。どかどかと容赦なく頭上から連続でハサミが振り下ろされる。
「むぐうううっ」
即死級のダメージを負うわけではないが、着実にダメージを受けている。
こうなると日頃の冷静さも陰をひそめ、ただただ嵐の前の小枝のように蹂躙されるだけだ。
旋回しつつ背後に廻った一体が、ふたたび打撃を加えようとハサミをふりあげたとき――
「真空跳び膝蹴り」
その叫び声とともに、一体のクラスタボーンが宙を舞った。
それはミキモトの頭上を飛び越え、ちょうどぐるぐると反対側を廻っていた別のクラスタボーンに衝突する。歩み寄った男のひとりが、片膝立ちで佇立している。
「さっきアナタなんて言ってたかしら、ヒーローは遅れてやってくる?」
言い終えると同時に、プークスクスと笑い出した。
「それがこのザマって、ちょっとブザマじゃなくって?」
嘲りの笑みを浮かべるのは、黒い全身タイツに琥珀色のブーツを装着した男。
ムエタイの達人、ケイコMAXであった。
「む、むかつく。貴方にバカにされるのは我慢なりませんね」
さらにケイコMAXがもう一体を蹴り飛ばし、隙をつくってもらったお陰で、ようやくミキモトは転倒地獄から脱出することができた。
正面の一体を切り倒し、包囲網から脱出する。
「貸しひとつよ」
「すぐに返しますよ」
感謝するでもなく、憮然と応じるミキモト。
もうひとりの男はガチャガチャと重そうな真紅の甲冑に身をまとい、座り込んだままのエクセの傍に歩み寄った。これが先程の光弾を放った男だろう。横幅があり、まるで赤い亀のようだ。
「よう綺麗な姉ちゃん、怪我はねえかい」
ひょいと抱えあげられた。
この男の名を、エクセは知らぬ。
だが、その両手に輝く、琥珀色をしたガントレット。
見るからに異彩を放つそれは、知らずとも勇者の武器だと、ひとめで理解できた。
「俺の名はタケシ・ゴウリキってんだ」
男はエクセを抱えたまま、不器用なウインクをしながらサムズアップした。
「こんなところで口説き? こっちもヤボったいわね」
あきれたようにケイコMAXが溜息をつく。
「おい、後ろの連中、ボーっとしてねえでサッサとご婦人方を後方へお連れしねえか!!」
怒鳴られ、ハッと我にかえったザラマ兵たちは、あわてて二頭の馬を連れてエクセたちを迎えに来る。
「待ってください、私は立てますから」
エクセはゴウリキの親切に感謝の意を述べると、地に下ろしてもらう。
もともと体力は僧侶から回復してもらっていたのだ。立てなかったのは、精神の問題である。
「最後まで、この戦いの結末を見届けたいんです」
「そうかい。じゃあ仕方ねえ、危ないからできるだけ下がってな」
ゴウリキは前進し、他のふたりと合流した。
3人の異世界勇者と、白い10体の怪物が、静かに対峙した。
青い肌をした女と黒装束の男のカップルが、その様子を冷やかに見つめている。
「あらあ、異世界勇者が3人も集結? なかなか派手な絵面ねえ」
ラートーニはまったく動じていない。
むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「団体行動ってのは苦手だが、まあ勅令とあらば仕方ねえ」
「そういう事。アタクシ、とっとと片付けてお風呂に入りたいわ」
「気の進まぬことですが、まあ助けられた礼はしないといけませんね」
その瞬間、クラスタボーンの群れは、3人に殺到した。
異世界勇者たちは、その動きを予期していたかのように、それぞれの必殺技の体勢に入っている。
ゴウリキは両の拳を前方に突き出し、ゆっくり上下に広げる。
広げた拳の隙間に、光の粒が集結していく。
かれは叫んだ。
「空烈破弾!!!」
ケイコMAXも空へ飛翔し、旋回した。
「空中旋風斬脚」
ミキモトも再度、虚空へ連続突きを放った。
「流星連続突き」
勇者の武器というのは、相乗効果を生むのだろうか。
明らかに先程よりも威力を増した3人の必殺技は、ラートーニの結界をたやすく打ち破り、光と風の本流となって10体ものクラスタボーンを一瞬にして蒸発させた。
塵一つ残らず、白い化物は地上から消えた。
ミキモトはレイピアを頭上高く掲げると、剣先をラートーニたちへ向ける。
「さあ、残るはあなた方だけですね」
「あらあら、それはどうかしらあ」
ラートーニの声には、悪戯っぽい微粒子が含まれている。
「異世界勇者ってのは3人じゃないでしょう。もう1人はどうしたのお?」
「ああ、そういえばいたな、誰だっけ?」
ゴウリキは真剣な表情でつぶやく。本気で思い出せないらしい。
「いくら影が薄いったって、勇者仲間ぐらい憶えといた方がいいと思うね」
「アタクシだって憶えてるわ。ヤマダとか言うキャラ薄いのよ。あの男はアタクシたちがのんびり観光気分でヴァルシパルを旅してる間、さっさと行っちゃったわよ」
「どこへだ?」
「隣国ガイアザによ。まず敵情視察こそ第一とかもっともらしいこと言って。それきり会ってないわ」
「まあ、いない者の話はどうでもいいでしょうね!」
ミキモトがぴしゃりと叫び、問答に終止符をうった。
「――で、それがどうしたのです、魔族さん。時間稼ぎでもして、また新たな化物でも呼び出す気ですか?」
くすくすとラートーニは笑った。明白な嘲笑に苛立ったか、
「なにを笑っているのですかね!!」
ミキモトは激昂し、叫んだ。
ラートーニはあくまで笑みを湛えたまま、
「だって、いない者だなんて、おかしくて仕方ないわ。
ここに勇者は4人揃っているというのに!」
黒衣の男は、バリバリと衣装を剥ぎ取った。
中から、笑みを浮かべた最後の異世界勇者――
ケンジ・ヤマダの顔が現われた。
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