銀河オーバードライブ

石嶋ユウ

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第二章

ニューロンドン

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 港を後にした俺たちは繁華街へと向けて歩いていた。繁華街に出れば、ユイのお父さんを探すことができるのではないかと考えたからだ。
「で、どうやって、ユイの親父さんを探すんだ?」
 セイジが俺に聞いてきた。俺は、少し先を急ぎ足で歩いているユイの背中を見つめた。
「俺に聞かれても……、本人に聞いてくれ」
「そうだな。なあ、ユイ?」

 セイジは遠くまで響く声を上げた。急ぎ足のユイはそれに気づいて、こちらの方に振り返った。
「どうしたの?」
「気になったんだけど、親父さんを探す、手がかりはあるのか?」
「まずは、お父さんの会社を訪ねようと思うの。そこからはあまり考えてないわ」
 意外だった。ユイにも無計画なところがあったとは。そう思ったのは、学校での彼女は、完璧そのものだからだった。そう思いながら、俺たちは宇宙港から都市部に向けて進み続けた。


 もうしばらく歩いた先で、高層ビル群と古い造りの時計塔が見えてきて、この星の首都ニューロンドンに到着した。

 この星には、イギリス系の人々が移り住んできたこともあって、“地球”にあったイギリスの歴史的な建物や遺跡を可能な限り移築したり再現したりしてあるのだという。
「見ろ、ビックベンだ!」
 セイジが興奮した様子で時計塔を指さした。セイジは歴史に詳しかった。だから、歴史的な建物を見て、感動を覚えているようだった。俺たちはセイジの勢いにつられて時計塔の方を眺めた。

 セイジから聞いた話だが、この街は、面積約三千キロ平方メートルの中に一千万人近くの人口を抱え、地球から移築した歴史的建築物による観光業によって経済を回しているという。街には二十二世紀最新の建築技術で建てられた現代的なオフィスビルや商業施設、十六世紀から十七世紀にかけて造られた寺院の数々やイングランド銀行博物館や大英博物館に代表される未来永劫残すべきとされる建築物が立ち並んでいた。

 街をしばらく歩いていると、観光案内のドローンが至る所に飛んでいることに気がついた。観光客らしき人々の目線くらいの高さで飛行し、彼らと会話しながら何かを案内しているようだった。
『私はワトソン。なにかご用件はありますか?』
「うわあ!」

 その直後、俺たちの前に例のドローンが現れ、優しい口調の男性の声で話をかけて来た。俺たちは声を合わせて驚いてしまったが、すぐに体勢を立て直す。このドローン、いや、ワトソンにはカメラとプロジェクター、それから紙のリーフレットをたくさん載せたカゴが取り付けられていて、映像と音声から得られる情報を人工知能を使って処理している、比較的簡単な作りのドローンだった。
『なにかご用件は?』

 ワトソンが繰り返し尋ねる。俺たちは目を合わせたあと、ユイが代表して返事をかけることにした。
「マルタエレクトロニクスのオフィスがどこにあるか教えてもらえる?」
『少々お待ち下さい』
 ワトソンは沈黙した。どうやら、情報を検索をしているらしい。三十秒ほど経ってアラームが鳴った。どうやら検索を終えたらしかった。

『ここから、西に向かって一キロ先、エイダタワーの地上三十五階です』
「情報を見せて」
 レイがワトソンに要求する。彼はプロジェクターを起動して、俺たちの目線くらいの高さで空中に情報を映し出した。俺たちは映し出された経路地図を一斉に見つめた。地図上に表示された目的地までの所要時間と経路を確認した。レイは、ワトソンに頼んで経路情報を自分のデバイスに転送した。その間、俺は何気なく、カゴに備えられていた観光案内の紙を貰っておいた。セイジはというと、辺りをキョロキョロと見回していて、ユイはレイが話を終えるのを真剣な眼差しで見つめていた。

「もう、大丈夫だよ。ありがとうワトソン」
 レイがワトソンに別れを告げた。
『承知しました。良い旅を』
 それに応じてワトソンはその場を離れ、どこかへと飛んでいった。

「それじゃあ、そこまで行きますか」
 背筋を伸ばし、大きく腕を上げながらレイが言った。
「よし、行こう」
 セイジも足を屈伸させていた。
「あ、ちょっと待って!」
「どうした?」

 ユイが歩き始めようとする俺たちを止めた。すると、彼女のお腹から空腹を告げる大きな音が鳴ってしまった。
「お腹すいちゃった……」
 その途端、俺たちのお腹も空腹を告げた。
「まずは、腹ごしらえからだね」

 俺たちはその足で近くにあった、安い料理店を訪れた。

 その店は、都心の中でもかなり立地の良い繁盛店のようだったが、この時は俺たちと何組かの家族連れ以外の客はいなかった。俺たちは各々の注文を済ませて、テーブル席に腰掛けた。
「とりあえず、近くにこういうお店があって助かったよ」
 レイが水を一口飲んでからこう言った。その通りだった。
「イギリスの料理では特にフィッシュアンドチップスが美味しいって言うからそれを頼めてよかったぜ」
「そんなに美味しいの?」
「うーん、ちょっと違うな。正確に言えば、フィッシュアンドチップス以外はあまり美味しくない」
「そうなんだ……」

 ユイは残念そうに一口水を飲んだ。俺は、ここでまたしても気になったことがあった。彼女はどうして、父親にすぐに会いたがったのだろうか? そこを彼女はこれまで教えてくれなかったので、俺はこのタイミングで聞いておこうと思った。

「そういえば、ユイはどうして、お父さんに会いたいんだ?」
 ユイの水を飲む手が止まる。彼女はコップをテーブルに置いて、こう答えた。
「うちのお父さんとお母さんがさ、ここ一年くらい喧嘩しているの。最近はホロ電話をするといつもいがみ合っているわ。どうしてお前はこうなんだ、とか、あなたと結婚して失敗だったとか……」
「……その会話をいつも聞いてるの?」

 レイが疑問を投げた。ユイはこっくりと頷いた。
「いつもいつも、その声が聞こえてくるの。私はそれが嫌で仕方なくてさ。なんで、こんなに喧嘩してるんだろうって。だから、お父さんにもう喧嘩はやめてって言いたくてここまで来た」

 彼女の目には少しの涙があった。それを見て、彼女はとても辛いのだと言うことを理解した。一方で、俺は、この話を聞いて複雑な思いを抱いた。どう表現したらいいのかわからない黒々とした何か。それで俺は、これは他所の家族の話なんだと、自分に言い聞かせて、話を聞いていた。
「仲直りできるといいな」
 セイジが慰めた。ユイは少し間を置いてから、涙を拭いて、ただ頷いた。

「お待たせしました。フィッシュアンドチップスです」
 直後、ウェイターさんが俺たちの席までやってきて、フィッシュアンドチップスを四つ、テーブルに置いた。ウェイターさんは俺たちの様子を見て、特に何も言わずに店の奥の方へと戻っていった。
「さあ、食べようぜ。折角の料理が冷めちゃうからさ」
「そうだね」
「いただきます」

 俺たちはフィッシュアンドチップスを食べはじめた。食べてみると、まあ美味しかったが、俺たちの地元にあった美味しいレストランのハンバーグには敵わなかった。
「ありがとう、ここまで連れてきてくれて」
 ユイが言った。
「良いんだよ。俺たち、同級生じゃないか」

 俺は、正直にそう思っていた。彼女と俺たちの関係は学校の同級生でしかなかったが、だからこそ手伝いたかった。俺は後になってそう考えた。
「うん」
 彼女はとても笑顔だった。

「本当にここでいいのか?」
「いいの、これは私の問題だし、あなたたちにはあなたたちの問題があるんでしょ」

 料理店を出た後で、ユイがここから先は一人で行くと言った。その言葉には熱があった。俺たちはそれを受け止めて、彼女とはここで別れることにした。
「ねえ、また会えるかな私たち?」
「えっ?」

 彼女の疑問は俺たちにとって意外なものだった。俺はどう答えていいのか、わからなくなった。
「私は、いつか、また会えるって信じてるわ。それじゃあ、良い旅を!」
「そちらも、良い旅を!」

 彼女の背中が遠のいていく。その背中には強い意志のようなものが感じられた。俺たちはそれを見送りながら、果たして彼女とはまた会えるのかと、一抹の不安が頭を過っていた。

「さて、どうする?」 
 セイジが俺とレイに聞いてきた。確かに。どうすれば良いのだろうか。いつのまにか日が下がりはじめていて、このままだとまずいということを俺たちは理解した。
「宿とかを探さないと」
「それじゃあ、この辺で泊まれそうな場所を少し、デバイスで調べてみるよ」

 そう言って、レイがデバイスをポケットから取り出したその時だった。何かがレイの手に近づいてきて、デバイスを奪い取った。
「ああ! 待って!」
 俺たちはその何かを追って走り出した。空の色は、もう暗くなりはじめていた。

「待って!」
 俺たちは無我夢中でレイのデバイスを盗っていった何かを追いかけたが、追いつけなかった。夕日に照らされながら見えたそれは、小型のドローンだった。そのドローンの胴体には、物を掴むためのロボットアームが取り付けられていた。俺はもう諦めるしかないのかと思った、次の瞬間だった。
「君たち。後は任せろ」

 俺たちの前方に1人の中年程の紳士が現れ、俺たちは足を止めざるえなかった。ドローンはどんどん遠くへと飛んでいく。
「おじさん、ちょっと!」
「いいから、いいから」

 そう言うと紳士は自分のデバイスを起動して、何やら操作をした。俺の目にふと見えたデバイスの表示には“Crack”の文字があった。
「ええと、これで良いかな。えいっ」
 紳士がデバイスの操作を終えた瞬間、俺たちが追いかけていたドローンが突如墜落した。地面に落下したドローンに驚いた通行人たちが群れを成しはじめる。落下したことを確かめていた紳士は、ドローンの方へと歩きはじめた。俺たちはその後を追いかけることしかできずにいた。

 紳士はドローンの側まで行くと、いくらか様子をみるような素振りをした。
「これは、最近のこの街で多発してる泥棒ドローンだな。よくもまあ、ロボットアームなんか取り付けて、遠隔でひったくりをやろうと思ったもんだ」

 紳士はドローンを手に持った。そして、レイのデバイスをドローンのロボットアームから離して、後を追っていた俺たちの方まで近づいて、俺にデバイスを手渡した。よくみてみると、デバイスは今の騒動で幾らか破損しているようだった。
「君たちが盗られたのはそれかい?」

 紳士は英語を喋っていたが、耳に取り付けていた翻訳機のおかげで、俺たちは困ることなく彼の言葉が理解できた。紳士は俺の手にあるデバイスを指差した。
「そうです。これです」
 レイがデバイスを目で確かめて、紳士に返事をした。

「取り返せて良かったな」
「でも、いくらか壊れてる…… 」
 紳士の言葉にレイが残念そうに返した。紳士は落ち着いた調子で、
「ああ、安心しろ。私が直してあげよう」
 と約束してくれた。

「ありがとうございます」
 レイはお礼を言った上でお辞儀をした。俺とセイジもそれに続いた。
「ところで、あなたは?」
 セイジが紳士に一つ質問をする。確かに、この紳士のような男性は何者なのだろうかと俺も改めて思いはじめた。

「ああ、そうだったな。自己紹介がまだだった。私はエドワード。エドと呼んでくれ。この近くでちょっとした発明家をしている。そういう君たちは? 」
 どおりでドローンの操作を乗っ取れた訳だ、と俺は感心した。俺たちの方も自己紹介がまだだったので、三人それぞれの紹介と俺が代表して軽い挨拶をすることにした。

「セイジです」
「僕はレイ」
「ワタルです。この三人で、ニホンからやってきました。宿探しをしていた最中にああなってしまったんです。今回はありがとうございます」

「なるほど。宿探しをしていたのか。では、我が家に来ないか? 案内するよ。ついて来い」
「でも…… 」
「いいから、いいから」
 そう言ってエドは俺たちに有無を言わせず案内を始めた。空を見ると、気づけば、空には月が綺麗に見えはじめていた。
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