銀河オーバードライブ

石嶋ユウ

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第二章

ワープドライブ

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 船は音速の速さで宇宙空間へと飛び出した。操縦席に座っていたレイは何かの計算を始めた。
「レイくんは何をしているの?」
 ユイが俺に訊ねた。
「俺もわからないよ」

 すると、俺とユイの会話に気づいたのか、レイが手を動かしながら答えてくれた。
「今は、イギリスに向かって安全かつ短い時間で、到着できる道順を船のAIに計算をさせてる」
「そうなんだ」
「だけど、この船を僕は初めて動かしたからマニュアルを見ながら操作しているし、AIも起動に時間がかかってる……」
 レイが少し苦い顔を浮かべながら手を動かし続けていた。

 しばらく、俺たちは何も話すことがなく、無言の時間が続いていたが、機械音声が沈黙を破った。
『計算完了まで残り三十分』
「…… 船の航行を一旦止めよう」
「どうしてだ? 計算が終わるまで進めれば良いのに」

 セイジがレイに疑問を投げかけた。俺も同じことを考えていた。
「この船の通常時の動力は外部から取り入れた酸素なんだ。酸素を取り入れて燃やして、二酸化炭素を生み出し、今度は二酸化炭素を燃やしてサイクルを作る。そうやって動いている。だけど、この船は最近の船に比べると燃費が悪くてさ。船内の生命維持装置を動かすのにも酸素が必要だから、長くは動かせないんだ」
「そうなのか」

 俺たちはひとまず、船を停止しても良い場所を見つけて、船を停めた。他の船の航行の邪魔にならないように、宇宙上には停泊可能領域がある。実際、俺たちが船を泊めると、周りにも何隻かの船が停泊していた。船を泊めてそれから、レイは手を動かすのを止めた。
「そうだ、この間に船の名前を考えておこう」

 レイが俺たちの方に席を向けた。
「そういえば、すっかり忘れていた」
 俺は同調の意味で言葉を返す。
「かと言って、俺は何も思いつかないな……」

 セイジが頬杖をついて、考え込むような体制をとる。確かに、思いついていなさそうだった。
「私も思いつかないわ……」
 ユイも考えてくれていたが、良い名前が出なかったようだった。
「うーむ……」
 俺たちは各々、家から持ってきた辞書やデバイスの検索機能で言葉を探した。

「ランナウェイとか?」
 俺は辞書を引きながら、皆んなに聞いた。
「逃げるって意味だよな。それはネガティブ過ぎないか?」
「そうね」
「確かに」
「ごめん……」
 俺は面目ない気持ちになった。確かに、この旅は決して明るいものではないのだけど、かと言ってネガティブな言葉を使うのもどこか違うような気がした。

 次に案を出したのはセイジだった。
「プレシャス」
「宝ね。良いけど、なんとなくダサい」

 ユイがキッパリと言った。
「僕もそう思う」
「おい、そんな……」

 セイジが悔しそうに肩を落とした。
「どんまい」
 俺はセイジの肩を叩いた。

 やがて、レイが何か良いことを閃いたような顔をした。
「アバンチュール、ってのはどう?」
「どういう意味だ?」

 セイジが言葉の意味を聞いた。レイはデバイスを見ながら答えた。
「フランス語で冒険って意味らしいよ」
「良いんじゃないかな」

 ユイが笑顔で賛成した。
「俺も良いと思うよ」
 俺も納得のいく言葉だったので賛成した。
「確かに、悪くないな」
 セイジも同じ考えだった。
「じゃあ、これで決まりだね。今から名前を登録するよ」
 そう言うとレイは船のコンピューターに名前を登録した。

 程なくして機械のアラームが鳴った。レイが確認をする。
「ようやく計算が終わった」
「やっとか」
「いよいよだな」

 船内に安堵の空気が流れた。これで、イギリスまで飛べる。レイは急いで、船のエンジンを起動し、装置の数々を動かした。
「目的地、イギリス。五十分くらいで到着するよ。用意はいいかな?」
 俺たちは頷いた。いよいよだった。
「じゃあ、出航!」
 レイが操作をした。船は順調に航行を再開した。停泊可能領域を出て、深くて暗い宇宙の中を進んでいく。
「ワープドライブエンジン始動」

 ワープドライブエンジンが起動し、船内に轟音が鳴り響いた。ワープドライブエンジンは長距離用宇宙船には欠かせない物だった。2040年代の中頃に起こった技術的特異点の流れの中で発明された。発明した研究機関はエンジンに関する特許を無償で誰でも使えるようにしたために世界中に普及。宇宙開拓に大きな影響を与えたと、レイに聞いた。
「いよいよね……」
 ユイはポケットから一枚の写真を出した。写真を少しだけ覗くとそれは彼女の家族写真だった。ユイには彼女なりの目的と理由があって俺たちと宇宙へと出た。俺たちの最初の旅の目的は彼女を無事に父親の元まで届けることだ。俺は改めてそのことを考えた。
「ゴー!」
 レイがワープドライブを開始した。直後、とてつもない圧力が体に掛かった。周りの景色が目にも止まらぬ速さで過ぎ去っていった。
 

 イギリスへのワープを開始してから三十分が過ぎ、幾らかの惑星や衛星を一瞬のうちに通過して、到着まであと十分程のところまで来ていた。ユイはあれから、ワープドライブの速度に酔ってしまったようで、船室の一室で横になっていた。俺たちはその間無言だったがあと十分というところでレイが声を出した。
「……、僕たちさ、何も考えずに飛び出したけど、ユイさんとの約束を果たした後でこの先どうしようか」
 そうレイに言われた俺は少し戸惑った。少なくとも俺にはもう帰る場所などなくて、この言葉にどうやって返したらいいのか言葉に詰まる。セイジも表情から見るに悩んでいるらしかった。場の空気が重くなる。

 俺たちは行き先も目的もなく、ただ自分たちの世界に嫌気がさしたから飛び出しただけだった。この先どうやって生きていくかの当てもない。それでも、どうにかしなきゃいけないことだけは確かだった。そうしているうちに、目的地近くまで到達したことを告げるアラームが鳴った。レイがワープエンジンを停止させる。直後、俺たちの目の前に一つの星が見えてきた。イギリスである。俺たちは、この目で初めて他の星を見ることになった。その星は見るにとても豊かそうだった。俺は、ユイを起こしに部屋へと向かった。

「ユイ、着いたよ」
 船室の扉をノックをする。すると、扉が開いて彼女が出てきた。彼女の表情は少し苦しそうだった。
「ありがとう。すぐに戻るよ」
「大丈夫?」
「うん……、すぐに良くなると思うから心配しないで。先に戻っていて」
「……わかった」
 俺は先に二人のいる操縦室へと戻った。

 俺たちの船は星の中へと突入していく。地上の街が次第に鮮明に目に写ってきて、俺はそれに目を奪われていた。その間にレイは下の街を見下ろしながら船を操縦し、セイジはデバイスで調べ物をしているらしかった。レイが停泊場を見つけて、適当な場所に船を着陸させた。窓の外には“ロンドン宇宙港”と書かれた大きなモニターが宙に浮いていて、周囲には大小様々な船が上空を行き交っている。船のエンジンを完全に停止させた後、俺たちはこの地で今からすることを具体的に練ることにした。

「で、まずは何をする?」
 セイジが話を切り出した。俺は少し考えて、
「まずはユイのお父さんを探さないと。話はそれからでも良いはずだ」
 と返した。すぐにセイジが同意の仕草をした。何かの作業をしていたレイも俺の考えに続いた。するとレイは俺とセイジにフックのついた五メートルくらいはあろうロープを渡してきて説明を始めた。

「この港には盗難防止の為にフックが地面に据え付けられているから、念のためにそのロープで船と地面のフックを繋いで盗まれないようにする。今からそれを繋ぐから手伝って」
 俺たちはフックを繋ぐために外に出ることにした。レイが出入り口を開け、新鮮な空気が入ってきた。今まで感じたことのない、新しい空気だった。初めて、他の星の地面を踏む。俺は少し感慨深くなって、不思議な気分になった。俺たちは手分けして着陸脚と地面のフックをロープで固定し、その上でレイが南京錠を取り付けて厳重な盗難対策を施した。

 船を固定し終え、一度船内に戻って、最低限の荷物を準備する。途中でユイが部屋から出てきた。
「大丈夫?」
 レイが聞いた。
「大丈夫よ。さあ、行きましょう」
 彼女には何かを決意した表情があった。
 準備が整い、俺たちは船を降りた。レイがスロープを閉じたことを確認し俺たちはその場を離れ、ユイの父親探しをはじめた。時刻は午前を過ぎ、真昼の空に太陽が昇っていた。
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