フェチではなくて愛ゆえに

茜色

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エピローグ

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 眼を開けたら、カーテンの隙間から白い光が差し込んでいた。
 ベッドサイドの時計を見ると、午前8時を回ったところだ。今日は土曜日。みなせは裸のまま後ろから一馬の腕に抱かれている。
 ちらりと振り返ったら、一馬はもう眼を覚ましていた。「おはよう」と囁きながら、なぜか妙に緩んだ顔で微笑んでいる。なぜ笑っているのかと一瞬不思議に思ったが、すぐに分かった。一馬のペニスが、みなせの脚の間に挟まれているのだ。朝からもう大きくなっている。おまけに両手はみなせの乳房をしっかりと包み込み、柔らかさを堪能するように怪しげな動きをしているではないか。

「……いつからこれ、してたんですか?どうして朝からそんなにエッチなの?」
 じわじわ赤面しながら、みなせは一応たしなめるような声を出した。
「だって、そこにみなせさんがいるから。我慢できるわけないでしょう。僕はあなたの前では欲望を隠さないと決めたんです」
 澄まし顔になって、以前の丁寧な口調で一馬が宣言する。この場に似つかわしくない生真面目な顔に思わず吹き出した。すると優しい瞳で見つめられ、「おはよう、お姫様」と甘く口づけられた。

 寝起きの顔を見られるのは恥ずかしい。髪もくしゃくしゃだし、そもそも夕べはお風呂に入っていない。いろいろ気になりはするものの、一馬とのキスや身体が触れあう感覚の前ではすべてうやむやになってしまう。

「……みなせ。今日も、一緒にいたい」
 断られるのを怖がっているかのように、一馬がみなせの首筋に唇を押し当ててきた。胸がキュンとなる。可愛くて愛おしくて、でもみなせを抱きしめる身体はどこまでも「男」で。

「うん。……私も、一緒にいたい」
「やった。すげー、嬉しい」
 10代の男の子みたいな口調と表情で、一馬はぎゅっと強く抱きついてきた。そしてまた甘やかなキスに取り込まれる。しばらく言葉もないまま、朝の光が降り注ぐ部屋で飽きもせずにくちづけを繰り返した。

「今日、何したい?……どこか、この沿線で美味うまそうな店探して、昼に行ってみようか」
「あ、行きたい!そう言えば私、ちょっと気になってるお店があって……。あ、でもその前に」
「ん?」
「お風呂、入りたいな。汗かいてるし」
「あ、そうだよね。昨日シャワーも浴びてないしな。……じゃあ、今から一緒に入ろっか」
 一馬はますます緩んだ笑みを浮かべながら、みなせの脚の間に挟んだペニスをゆるりと動かした。

「……エッチ」
「やっぱまだ風呂はダメかぁ」
 悪戯を叱られた子供みたいに、一馬が照れくさそうに笑った。
 みなせは少し迷った。やっぱり本音を口にするのは恥ずかしい。でも一馬になら、正直に素直に伝えた方が喜んでもらえるような気がする。

「ダメ、じゃないです」
「……え」
「……お風呂」
「え。……いいの?一緒に?ホントに……?」
 みなせが顔を赤くして頷くと、一馬は一瞬黙り、それから「やった……」と独り言のように低い声を漏らした。

「ヤバイ。めちゃくちゃ嬉しい。……洗いっこしよ?」
 後ろから両手で胸をやわやわと揉みつつ、そういう言い方はズルい。みなせが更に赤面して答えに困っていると、「したくない……?お風呂でいろんなこと」と甘い声で囁いてくる。いろんなことって……。想像して更に言葉に詰まっていると、「ね。やっぱりみなせもしたいでしょ」と、抗えないキスで唇を塞がれた。
「9階のクールイケメン」は、実はとんでもない男だ。みなせが断れず、と言うよりも本当は一馬に負けず劣らずふしだらな欲望を隠し持っていることも気づいているに違いない。

「よしじゃあ、ゆっくり風呂入って、それからみなせの行きたい店に出掛けよう」
「あ、私、ランチの前に一度帰って着替えたいな」
「ああ、そっか。じゃ、アパートまで車で行こう」
 ふと、みなせは考えた。どうせ自分の部屋まで来てもらうのなら……。

「あの、それなら今日は私の部屋に泊まります?」
「うん。……えっ、いいの?!」
「うち、狭いけど。さっき気になってるって言ったお店、うちの最寄り駅だし」
 頭の中で、自分の部屋の様子を思い出す。昨日の朝の段階ではそこまで散らかってはいなかったはずだ。

「え、本気ですっごい嬉しい……。行く。お邪魔します。泊まりたい」
「良かった。じゃあ、夜は私、何か作りますね」
「作るって、つまり、手料理ってこと?」
「うん、そう。あ、でもそんなに料理得意じゃないから簡単なものしか作れないけど……」
「いやいやいや、そんなの気にしない!めちゃくちゃ楽しみ。本当にいいの?無理してない……?」
「無理なんて全然。……ええと、本音を言うと、か、『彼氏』に手料理っていうシチュエーションに前から憧れてて……」
 言いながら照れてしまい、みなせは自分の頬に手を当てた。

 なんと拙い夢だろうか。でも大好きな恋人を部屋に招き、自分の作った料理を食べてもらうという構図は、ずっと昔から密かに憧れていたものなのだ。なんだかベタすぎて、今どき「古い」と言われそうで人にも話したことがなかったけれど。
 願わくば、みなせの部屋で存分にくつろいでいる一馬の姿が見たい。安心して、自分の居場所のように安らげると思ってくれたら、それだけでとても嬉しいと思う。

「はぁー……。俺、マジで昨日出張切り上げて帰ってきて良かった……」
 みなせの肩口に鼻先を押し当て、一馬は至福の表情でしみじみ呟いた。
「こんな幸せな週末が過ごせるなんて、思ってもいなかったよ。……ありがとう」
 こんなに喜んでくれると、みなせもそれ以上に嬉しくなる。チュッと音を立ててまたキスをしあった。気恥ずかしさと喜びで二人とも照れ笑いし、そしてまた糖度の高いキスになっていく。みなせの脚の間で、一馬の「欲」が本格的に自己主張を始めていた。

「手料理か……。台所に立つ『彼女』の後ろ姿って、男の夢だよな」
「……裸エプロンとかですか?」
 一瞬、一馬がキョトンとした顔になった。
「……えっ?裸?」
「えっ、あ、違うの?あ、やだ、私……」
 一馬のことだから、エッチな妄想をしているのかと勘違いしてしまった。いったいどっちがエッチなのだ、恥ずかしすぎて顔から火が出そうになる。

「そうか。みなせちゃんは裸エプロンをやってみたいんだね」
 一馬がこれ以上ないくらい嬉しそうな笑みを浮かべて、みなせの顔を覗き込んできた。
「違います……!一馬さんがそういうの好きそうだと思っただけで……っ」
「いや、好きだよ。好きに決まってるでしょ、そんなの。みなせの裸エプロンなんて、想像するだけで最高すぎる」
 言うんじゃなかった。本当に恥ずかしい。しかも自分でもその姿を一馬に見られるところを想像してしまい、じわりと下腹部が熱くなるのを感じてひどく慌てた。

「……ね、して見せて」
「……」
「裸エプロン。……やって見せて」
「な、何言って……」
「見たい。みなせのエッチな格好。すっごい見たい……」
「……見るだけじゃ済まないでしょ」
「済まないよ。エプロンの隙間から手入れて、おっぱい触るよ。こんなふうに」
 誘惑するような甘く低い声。一馬の両手が後ろから乳房をすくい上げ、指先で蕾をコリコリといじめてくる。それだけでもう、はしたなく息が乱れてしまう。
 なんて意地悪な人。普段は涼しい顔をした美しい男が、本当はものすごくエッチで甘えん坊。でも、そんなところが憎めなくて大好き。

「それに、裸エプロンってお尻丸見えだし。最高だよな」
「……やっぱり一馬さん、お尻フェチ。ほんとエッチ」
「違うって。みなせの全部が好きなだけだって」
 一馬の指が胸からお腹へと下りて行き、やがて期待で膨らんでいるクリトリスまで辿りつく。

「ほら。みなせだってエッチじゃん。ここ、こんなにしちゃって」
 くちゅくちゅと指で遊ばれていると、お尻が勝手に淫らに揺れてしまう。一馬の熱い塊を、もう欲しがっている自分に気づく。なんてふしだらなのだろう。お風呂に入るまで、我慢できないかもしれない。

「ね、ダメ?裸エプロン……」
 声のトーンから、一馬が冗談を言ってからかっているのは分かっている。分かっているけれど……。
「……エプロンは、一馬さんが買ってくださいね」
 すっかり硬くなっているペニスをキュッと締め付け、みなせは頬を上気させながら肩越しに囁いた。

 一馬が眼を見開いている。やがて喉仏をゴクリと上下させると、眼の前の恋人は赤く染まる自分の顔を手のひらで覆った。



 FIN



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