1 / 22
プロローグ
しおりを挟む
お葬式が終わって、大人たちがボソボソ話している。
畳の部屋に集まって、あたしに聞こえないように相談してる。けど、何の話なのかはあたしにだって分かる。
「施設」とか「うちは無理」とか、そんな言葉が何回か聞こえてきたから、これからあたしをどうするかをみんなで相談してるのが分かる。
みんなって言っても、ほとんど馴染みのないオジサン、オバサンたち数人だ。音原家はもともと親戚が少ないし、それぞれ遠くに住んでる。
あの人たちに比べたら、お隣の佐々木さんのおばさんの方がよっぽど親しい。おばあちゃんが倒れた朝も、あたしは佐々木さんのおばさんを頼って何から何まで助けてもらった。
でももう、佐々木さんにもお世話になれないんだろうな。
おばあちゃんが死んじゃった今、ひとりだけ残ったあたしはきっともうこの家にはいられない。どこか知らない場所に連れていかれて、知らない人ばっかりのところで生活しなきゃいけないんだと思う。
ママが死んだときあたしはまだ幼稚園だったから、何も分からなくてただ泣いていれば良かった。もともとおばあちゃんとママと3人で暮らしてたから、ママがいなくなった淋しさだけを悲しんでいれば良かった。
でも今は違う。もう4年生だから分かる。おばあちゃんとふたり暮らしだった子供がひとり残されたのだ。周りの大人たちが、あたしの扱いに困って「解決策」を探そうとしてるのが分かる。
もう幼稚園のときみたいにただ泣いていればいいだけじゃない。あたしはなるべく誰にも迷惑がかからない「これから」に従わなきゃいけない。だってあたしはみんなの「お荷物」になっちゃったから。
転校しなきゃいけないのかな。友達と別れるのは淋しい。新しい学校や「施設」っていうところで、友達できるかな。いじわるな子がいないといいけど。
大人たちの邪魔にならないように、あたしは畳の部屋から離れて縁側の端っこに座ってる。黒いワンピースからはみ出した脚をブラブラさせて、おばあちゃんが大事にしていた庭を見てる。
金木犀がいい匂い。毎年おばあちゃんが小枝を花瓶に挿して、玄関に飾ってた。今年はそうする時間もないまま、おばあちゃんは急にいなくなってしまった。
……おばあちゃん、どうして死んじゃったの?
ママが「早死に」だったぶん、おばあちゃんは長生きして珠里を守ってくれるって言ってたのに。嘘つき。こんなに早く孫をひとりにするなんて、おばあちゃんはひどい。
もっといっしょにいたかったのに。
珠里をひとりにしないで。「お荷物」なんかになりたくないのに、まだ10歳なのに、明日からどうすればいいか分からないよ。
お葬式の間ずっと我慢していた涙が、今頃たくさんあふれてきた。
大人たちはあっちにいるし、誰も見てないからいいや。あたしはグスグス鼻を啜りながら涙を流した。小さいときみたいに丸めた両手で目をこすって、でもなるべく声は出さないようにして泣いた。
手も頬っぺたも涙でびしょびしょになった頃、近くに誰かの気配がしてびっくりした。
顔を上げると、縁側の少し離れた場所に男の人が座っていた。若い人。20代くらいの、大人のお兄さん。お葬式の間、他の大人たちとはあんまりしゃべってなかった。静かに、みんなと少し離れて、でもちゃんと最後までお葬式に出てくれてた。
「おまえ、俺んとこ来るか」
お兄さんは、ニコリともしないであたしにそう言った。
ちょっと機嫌の悪そうな顔。目つきが鋭くて、髪の毛がサラサラしてて、なんとなく喪服が似合ってる。
カッコイイけど、テレビに出てくるアイドルみたいな笑顔は全然ない。こういう人のこと、「無愛想」って言うのもあたしは知ってる。
でも不思議と、あたしは怖いと思わなかった。お兄さんの眼は、あたしのことを心配してくれてるみたいだったから。
「行くとこないなら、俺んとこで暮らすか」
……思い出した。あたしはこの人のことを知ってる。ママのお葬式にも来てた。
「あれは、珠里のいとこの誠ちゃんだよ」
おばあちゃんが、たしかそう言ってた。
そうだ。ママのお葬式のとき、あたしに「宝物」をくれた人だ。お菓子と一緒に、『マジカル☆アイラちゃん』の魔法のバトンを買ってきてくれた人だ。
あたしはあのバトンをもらえたことが嬉しくて嬉しくて、ママがいなくなった淋しい気持ちの代わりにずっと宝物にしてた。あんまりしょっちゅう持ち歩いてたから、とうとう壊れておばあちゃんに捨てられちゃったけど。
このお兄さんは、あたしが困ったときに魔法をくれる人なんだろうか。涙でべたべたになった顔で、あたしはお兄さんの眼をじっと見た。
お兄さんが、あたしの答えを待っている。
だからあたしは「うん」と頷いた。この人について行こうと、全然迷わずにそう思った。
畳の部屋に集まって、あたしに聞こえないように相談してる。けど、何の話なのかはあたしにだって分かる。
「施設」とか「うちは無理」とか、そんな言葉が何回か聞こえてきたから、これからあたしをどうするかをみんなで相談してるのが分かる。
みんなって言っても、ほとんど馴染みのないオジサン、オバサンたち数人だ。音原家はもともと親戚が少ないし、それぞれ遠くに住んでる。
あの人たちに比べたら、お隣の佐々木さんのおばさんの方がよっぽど親しい。おばあちゃんが倒れた朝も、あたしは佐々木さんのおばさんを頼って何から何まで助けてもらった。
でももう、佐々木さんにもお世話になれないんだろうな。
おばあちゃんが死んじゃった今、ひとりだけ残ったあたしはきっともうこの家にはいられない。どこか知らない場所に連れていかれて、知らない人ばっかりのところで生活しなきゃいけないんだと思う。
ママが死んだときあたしはまだ幼稚園だったから、何も分からなくてただ泣いていれば良かった。もともとおばあちゃんとママと3人で暮らしてたから、ママがいなくなった淋しさだけを悲しんでいれば良かった。
でも今は違う。もう4年生だから分かる。おばあちゃんとふたり暮らしだった子供がひとり残されたのだ。周りの大人たちが、あたしの扱いに困って「解決策」を探そうとしてるのが分かる。
もう幼稚園のときみたいにただ泣いていればいいだけじゃない。あたしはなるべく誰にも迷惑がかからない「これから」に従わなきゃいけない。だってあたしはみんなの「お荷物」になっちゃったから。
転校しなきゃいけないのかな。友達と別れるのは淋しい。新しい学校や「施設」っていうところで、友達できるかな。いじわるな子がいないといいけど。
大人たちの邪魔にならないように、あたしは畳の部屋から離れて縁側の端っこに座ってる。黒いワンピースからはみ出した脚をブラブラさせて、おばあちゃんが大事にしていた庭を見てる。
金木犀がいい匂い。毎年おばあちゃんが小枝を花瓶に挿して、玄関に飾ってた。今年はそうする時間もないまま、おばあちゃんは急にいなくなってしまった。
……おばあちゃん、どうして死んじゃったの?
ママが「早死に」だったぶん、おばあちゃんは長生きして珠里を守ってくれるって言ってたのに。嘘つき。こんなに早く孫をひとりにするなんて、おばあちゃんはひどい。
もっといっしょにいたかったのに。
珠里をひとりにしないで。「お荷物」なんかになりたくないのに、まだ10歳なのに、明日からどうすればいいか分からないよ。
お葬式の間ずっと我慢していた涙が、今頃たくさんあふれてきた。
大人たちはあっちにいるし、誰も見てないからいいや。あたしはグスグス鼻を啜りながら涙を流した。小さいときみたいに丸めた両手で目をこすって、でもなるべく声は出さないようにして泣いた。
手も頬っぺたも涙でびしょびしょになった頃、近くに誰かの気配がしてびっくりした。
顔を上げると、縁側の少し離れた場所に男の人が座っていた。若い人。20代くらいの、大人のお兄さん。お葬式の間、他の大人たちとはあんまりしゃべってなかった。静かに、みんなと少し離れて、でもちゃんと最後までお葬式に出てくれてた。
「おまえ、俺んとこ来るか」
お兄さんは、ニコリともしないであたしにそう言った。
ちょっと機嫌の悪そうな顔。目つきが鋭くて、髪の毛がサラサラしてて、なんとなく喪服が似合ってる。
カッコイイけど、テレビに出てくるアイドルみたいな笑顔は全然ない。こういう人のこと、「無愛想」って言うのもあたしは知ってる。
でも不思議と、あたしは怖いと思わなかった。お兄さんの眼は、あたしのことを心配してくれてるみたいだったから。
「行くとこないなら、俺んとこで暮らすか」
……思い出した。あたしはこの人のことを知ってる。ママのお葬式にも来てた。
「あれは、珠里のいとこの誠ちゃんだよ」
おばあちゃんが、たしかそう言ってた。
そうだ。ママのお葬式のとき、あたしに「宝物」をくれた人だ。お菓子と一緒に、『マジカル☆アイラちゃん』の魔法のバトンを買ってきてくれた人だ。
あたしはあのバトンをもらえたことが嬉しくて嬉しくて、ママがいなくなった淋しい気持ちの代わりにずっと宝物にしてた。あんまりしょっちゅう持ち歩いてたから、とうとう壊れておばあちゃんに捨てられちゃったけど。
このお兄さんは、あたしが困ったときに魔法をくれる人なんだろうか。涙でべたべたになった顔で、あたしはお兄さんの眼をじっと見た。
お兄さんが、あたしの答えを待っている。
だからあたしは「うん」と頷いた。この人について行こうと、全然迷わずにそう思った。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
【R18】可愛い後輩くんの頼みでもさすがにヌードモデルは困ります
チハヤ
恋愛
幼い頃から数々のコンクールで賞を総なめにし、将来を嘱望されている若き天才――宮園千晶。
なぜかその天才美少年は未羽が部長を務める平凡な美術部に入部してきた。
千晶が実はスランプ中だということを知った未羽は、彼が描きたいという絵のモデルになることを快諾した。
「それじゃあ、未羽先輩。服を脱いでください」
「えっ! モデルってヌードモデルなの!?」
「はい。未羽先輩のありのままの姿を描けたらスランプを抜けられそうな気がします。未羽先輩、僕を助けて……っ」
ヌードモデルなんて聞いてない……けど、可愛い後輩を助けるために一肌脱ぎます――!?
子犬系腹黒後輩男子とのラブコメです!
性描写は※付き
この小説は別サイトでも公開しています。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。
しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。
そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。
渋々といった風に了承した杏珠。
そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。
挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。
しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。
後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
かりそめマリッジ
ももくり
恋愛
高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのような兼友(カネトモ)課長から契約結婚のお誘いを受けた、新人OLの松村零。お金のためにと仕方なく演技していたはずが、いつの間にか…うふふふ。という感じの王道ストーリーです。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる