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プロローグ

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 お葬式が終わって、大人たちがボソボソ話している。
 畳の部屋に集まって、あたしに聞こえないように相談してる。けど、何の話なのかはあたしにだって分かる。

「施設」とか「うちは無理」とか、そんな言葉が何回か聞こえてきたから、これからあたしをどうするかをみんなで相談してるのが分かる。
 みんなって言っても、ほとんど馴染みのないオジサン、オバサンたち数人だ。音原おとはら家はもともと親戚が少ないし、それぞれ遠くに住んでる。
 あの人たちに比べたら、お隣の佐々木さんのおばさんの方がよっぽど親しい。おばあちゃんが倒れた朝も、あたしは佐々木さんのおばさんを頼って何から何まで助けてもらった。

 でももう、佐々木さんにもお世話になれないんだろうな。
 おばあちゃんが死んじゃった今、ひとりだけ残ったあたしはきっともうこの家にはいられない。どこか知らない場所に連れていかれて、知らない人ばっかりのところで生活しなきゃいけないんだと思う。

 ママが死んだときあたしはまだ幼稚園だったから、何も分からなくてただ泣いていれば良かった。もともとおばあちゃんとママと3人で暮らしてたから、ママがいなくなった淋しさだけを悲しんでいれば良かった。
 でも今は違う。もう4年生だから分かる。おばあちゃんとふたり暮らしだった子供がひとり残されたのだ。周りの大人たちが、あたしの扱いに困って「解決策」を探そうとしてるのが分かる。

 もう幼稚園のときみたいにただ泣いていればいいだけじゃない。あたしはなるべく誰にも迷惑がかからない「これから」に従わなきゃいけない。だってあたしはみんなの「お荷物」になっちゃったから。

 転校しなきゃいけないのかな。友達と別れるのは淋しい。新しい学校や「施設」っていうところで、友達できるかな。いじわるな子がいないといいけど。

 大人たちの邪魔にならないように、あたしは畳の部屋から離れて縁側の端っこに座ってる。黒いワンピースからはみ出した脚をブラブラさせて、おばあちゃんが大事にしていた庭を見てる。
 金木犀がいい匂い。毎年おばあちゃんが小枝を花瓶に挿して、玄関に飾ってた。今年はそうする時間もないまま、おばあちゃんは急にいなくなってしまった。

 ……おばあちゃん、どうして死んじゃったの?
 ママが「早死に」だったぶん、おばあちゃんは長生きして珠里じゅりを守ってくれるって言ってたのに。嘘つき。こんなに早く孫をひとりにするなんて、おばあちゃんはひどい。

 もっといっしょにいたかったのに。
 珠里をひとりにしないで。「お荷物」なんかになりたくないのに、まだ10歳なのに、明日からどうすればいいか分からないよ。

 お葬式の間ずっと我慢していた涙が、今頃たくさんあふれてきた。
 大人たちはあっちにいるし、誰も見てないからいいや。あたしはグスグス鼻を啜りながら涙を流した。小さいときみたいに丸めた両手で目をこすって、でもなるべく声は出さないようにして泣いた。

 手も頬っぺたも涙でびしょびしょになった頃、近くに誰かの気配がしてびっくりした。
 顔を上げると、縁側の少し離れた場所に男の人が座っていた。若い人。20代くらいの、大人のお兄さん。お葬式の間、他の大人たちとはあんまりしゃべってなかった。静かに、みんなと少し離れて、でもちゃんと最後までお葬式に出てくれてた。

「おまえ、俺んとこ来るか」
 お兄さんは、ニコリともしないであたしにそう言った。

 ちょっと機嫌の悪そうな顔。目つきが鋭くて、髪の毛がサラサラしてて、なんとなく喪服が似合ってる。
 カッコイイけど、テレビに出てくるアイドルみたいな笑顔は全然ない。こういう人のこと、「無愛想」って言うのもあたしは知ってる。
 でも不思議と、あたしは怖いと思わなかった。お兄さんの眼は、あたしのことを心配してくれてるみたいだったから。

「行くとこないなら、俺んとこで暮らすか」

 ……思い出した。あたしはこの人のことを知ってる。ママのお葬式にも来てた。
「あれは、珠里のいとこのせいちゃんだよ」
 おばあちゃんが、たしかそう言ってた。
 
 そうだ。ママのお葬式のとき、あたしに「宝物」をくれた人だ。お菓子と一緒に、『マジカル☆アイラちゃん』の魔法のバトンを買ってきてくれた人だ。
 あたしはあのバトンをもらえたことが嬉しくて嬉しくて、ママがいなくなった淋しい気持ちの代わりにずっと宝物にしてた。あんまりしょっちゅう持ち歩いてたから、とうとう壊れておばあちゃんに捨てられちゃったけど。

 このお兄さんは、あたしが困ったときに魔法をくれる人なんだろうか。涙でべたべたになった顔で、あたしはお兄さんの眼をじっと見た。

 お兄さんが、あたしの答えを待っている。
 だからあたしは「うん」と頷いた。この人について行こうと、全然迷わずにそう思った。




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