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光に抱かれて
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年が明け、いよいよ大学卒業が間近に迫ってきた。
私も光太も、それぞれの大学の友人たちと2月に卒業旅行に出掛けた。それ以外は、光太は就職するギリギリまで百貨店の物流の仕事を入れていたので、結構忙しそうだった。
私の方はのんびりしたものだったが、学生最後の春休みだから光太と二人で旅行がしたいと思いつき、資金捻出のために急いで短期のアルバイトを探した。
通販会社の倉庫でピッキングのバイトを数日間こなし、稼いだお金で3月の半ばに光太と京都に出掛けた。どこに行こうかと二人で考えたとき、光太が「中学の修学旅行をやり直そう」と言ったからだ。
中3のときの私たちは既に引き離されて口を利くことも許されず、クラスも遠く離れていたので接点がほとんどなかった。本当だったら楽しいはずの修学旅行も、友達の前で無理矢理笑顔を作って楽しいふりをするのに終始した記憶しか残っていない。光太も私も、中学以来京都を訪れたことがなかったので、今度こそ二人で思い切り楽しもうと思い立ったのだ。
3泊4日の京都への旅は、本当に楽しくて笑ってばかりいた。私は行きの新幹線から、まるで小学生並みにテンションが上がっていた。
「そんなに飛ばしてると、3日もたないぞ」
光太に呆れられたけれど、そう言う光太もとても嬉しそうだった。
新幹線の中では、駅弁を食べながら車窓から富士山を眺めた。窓際の席の私が「見て見て」と外を指差すたびに、光太が「どれどれ」と言って身を寄せてくる。頬をくっつけて流れる景色を一緒に見ては、他の乗客に気づかれないようにそっとキスしてクスクス笑いあった。
子供の頃、それぞれの母親に連れられて海辺の温泉旅館に出掛けたときのことを思い出した。
特急列車の中で母親たちはおしゃべりに夢中だったけれど、光太と私はみかんを食べながら車窓の向こうに広がる海を眺めていた。途中からお互いにみかんを食べさせっこして、終いには親たちに隠れてみかんの味がするキスをした。
あのときのことを、光太は今でも覚えているだろうか。思い出しただけで、何故だかひどくせつない気持ちになった。
京都に着いてからは、バスと電車を駆使して精力的にあちこち見て回った。まだ桜には早い時期なので、恐れていたほどひどい混雑には合わずに済んだ。
私たちは修学旅行のときのルートを出来る限り思い出し、なるべく忠実に再現しながら観光して回った。
今は修学旅行のシーズンではないけれど、それでも有名な寺社に行くと制服を着た中学生たちをチラホラ見かけた。大人の目線で見ていると、彼らは本当にまだあどけない子供だった。
おみやげを山ほど買い、美味しそうなものを片っ端から食べ、お酒もほどほどに味わった。
縁結びで有名な神社で二人で1枚の絵馬を奉納し、偶然出くわした結婚式に感激して遠くからこっそり写真を撮ったりした。
夜は、たくさん愛しあった。
誰にも邪魔されない。旅先はそんな想いがいつもより強くなる。私たちは何も遠慮せず、眠る時間を削ってでも抱きあった。昼間歩き疲れて身体はクタクタなのに、お互いを求めあわずにはいられなかった。
旅行から帰ってきて家でお土産の和菓子を食べているとき、母が「彼氏との旅行だったんでしょ」と意味深な眼で探りを入れてきた。
「違うよ。学校の友達」とごまかしたけれど、母は「別にいいわよ。もう大人なんだから」と理解あるような口ぶりでにんまり笑っている。
相手が光太だと知ったら、この笑顔はどう変わるのだろう。一瞬、反応を見てみたいと思った。けれどもそれはまだ早いと思い留まり、私は黙って微笑み返した。
3月の下旬。入社式直前の週末に、私は光太のアパートに泊った。
社会人生活が始まったら、二人きりでゆっくり過ごせる時間があまり持てなくなるかもしれない。光太は入社後1か月はびっしり研修になるそうだし、私もきっと仕事を覚えたり環境に慣れるのに必死の毎日になるだろう。
光太と別々の世界に行くのはやっぱり不安だし淋しい。でも私たちは、できるだけ時間をやりくりして一緒に過ごそうと約束した。もう二度と離れ離れにはならない。それは私たちの絶対の約束であり、心の支えでもあった。
土曜日の午後、光太と私はアパートの近くの大型スーパーに買い物に出掛けた。
夜は鍋でもやろうと食材を買い込み、ついでに美味しそうなケーキも買う。必要な買い物を済ませて歩いているとき、スーパーの出口付近にある園芸コーナーの前を通りかかった。
「あ、スミレ」
光太が足を止め、花台の上に並べられた植木鉢を覗き込んだ。
青紫の可憐な花をいくつも咲かせているスミレの鉢植えが、華やかなパンジーやヴィオラの横で遠慮がちに売られている。グレーの植木鉢は片手で持ち上げられるほどの大きさで、光太はさっそく手に取ってスミレの花の匂いを嗅いだ。
「前から不思議だったんだけどさ。5月生まれなのに、なんで『すみれ』って名前なの?」
スミレの鉢を陽光に翳しながら光太が私に尋ねた。私も子供の頃にそれを不思議に思い、母に由来を聞いたことがあった。
「お母さんがね、生まれ月に関係なく、女の子だったら絶対『すみれ』って名付けようと決めてたんだって。スミレの花って見かけによらず強いらしいの。石とか岩の隙間でも負けずに育つたくましさがあるんだって。だからスミレの花が好きで、子供の名前にしたかったって」
「・・・ふうん」
光太が鉢植えをじっと見ながら、ちょっと微笑んだ。「やっぱ、いい名前だな」と呟いて。
「俺、これ買おうかな」
光太が自分で植物の世話をしようと思うなんて意外だった。
「光太、枯らさない?」
「おまえ・・・。小学校のとき、俺の方が朝顔キレイに咲かせたの忘れたのか」
「・・・ああいうのは、園芸の腕じゃなくて運の良し悪しだよ!」
「何とでも言え。俺はこのスミレの花をちゃんと育てて増やしてみせる」
そう言うと光太は店員の所に鉢植えを持っていき、世話の仕方をあれこれと質問していた。
お金を払っている大きな背中を見ていたら、何故だか胸がいっぱいになった。朝、スーツ姿の光太がスミレの鉢植えに水をやる様子を想像して、せつなくて幸福な気持ちに少しだけ息苦しくなった。
その夜は、丁寧に時間を掛けてセックスをした。何度も何度も繋がりあった。
光太は一度射精した後も、私の肌に触れるだけですぐにまた反応した。私もいくらでも濡れ、光太を何度も欲しがった。私たちはいろんな体位を試し、お互いを深く深く愛し尽くした。
ひとつになれる幸せを、それぞれの身体に刻みつけた。キスも愛撫も挿入も、眩暈がしそうなほどに気持ち良かった。
光太は私の一番深い部分に光太自身を押し当てて擦り付けた。まるで刻印を残すようなその動きに身体の芯が痺れ、私は激しく喘ぎ続けた。
何度目かの絶頂に達したとき、私は光太の精を受け止めながら、初めて光太に出逢った幼い日のことを想い出していた。
お互いの母親の後ろに隠れながら、はにかみつつニコッと笑いあった。あの瞬間から私たちは、恋に落ちるのが必然だったのだ。
眠る前、光太は唇で私の胸に紅いしるしをつけた。私も光太の首筋に、同じようにしるしを残した。
このしるしはいったい何日残るだろう。次に会えるときまで、残っているといいな。
そんなことを囁きあいながら、抱きあったまま私たちは眠りに落ちた。
翌朝、すずめの鳴き声で私の方が先に眼を覚ました。まだ寝息をたてている光太を起こさないよう、そっと首だけ動かして窓辺を見る。
春の陽射しがカーテンの隙間から差し込んで、部屋に白い光を投げかけていた。
窓の近くのフローリングには、昨日光太が買ったスミレの鉢植えが置いてある。陽を浴びたスミレは細い茎をすっくと伸ばし、清らかな花を咲かせていた。
朝の陽を纏ったスミレは光って見えた。ちょうど、光太の温かな身体に包まれている私と同じ、そんな気がした。
いつだってそうだった。初めて出逢った4つの頃からずっとずっと、離れ離れだったときでさえ、光太の存在が私の心を照らして温めてくれていた。光太が私を包む光そのものなのだ。これからもずっと。
私のお腹に回された光太の腕の重み。それが心から愛おしい。
陽射しに抱かれるスミレの花のように、私は光太の腕に抱かれながら、前を向いて生きていきたいと心から願った。
光太が眼を覚ますまで、私は窓辺のスミレの花を飽きずにずっと見つめていた。
☆
社会人になって丸2年が過ぎ、光太が一足先に25歳の誕生日を迎えた。
その日、光太は私の家にやって来た。うちの両親に、私との結婚の挨拶をするために。
両親には、少し前に光太との関係を打ち明けていた。大学時代に再会し、もう2年以上つきあっていることを。
「もしかしたら、そうじゃないかと思ってた」
母は驚くほど穏やかな表情で、私に言った。
「あなたの様子を見ていれば、どんな恋をしているかくらい分かったから。すみれをそういう笑顔にできるのは光太くんしかいないだろうって、いつからか薄々気づいてたの。すみれがいつ打ち明けてくれるか、お母さん、待ってたのよ」
母にそう言われ、私のなかで頑なだった何かが一気に崩れて溶けていった。
「・・・ずっと、黙っててごめんなさい」
親に意地を張っていた自分が愚かに思えてきて、私は子供のように泣き出してしまった。
「お母さんこそ、ずっとあなたを苦しめてたのね。辛かったわよね。ごめんね、すみれ」
母も一緒になって涙を流し、結局お互いそれ以上何も言えなくなってしまった。
「すみれ。できるだけ早く、光太くんをうちに連れておいで」
父がそう言って笑ってくれたので、私も母も泣き笑いになった。
当日、駅まで私が光太を迎えに行き、一緒に我が家に着いて緊張しながらチャイムを押した。
ものの数秒でドアが開き、こちらもまた緊張した面持ちの母が出てきて上背のある光太を見上げた。
およそ10年ぶりに顔を合わせた母と光太は、お互いの顔を見るなりどちらも言葉に詰まって涙ぐんだ。横にいた私の方が慌ててしまい、「やだ、二人とも泣かないで」と、一番先に泣き出してしまった。
「・・・その節は、本当に申し訳ありませんでした」
光太が声を振り絞るようにして母に頭を下げると、母はそれをすぐに制した。
「いいの。もう、いいのよ。・・・私もずっと後悔していたの。だからもう謝らないで」
そう言って母は涙を拭い、「こんなに立派になって・・・」と口元を押さえた。
「いやー、光太くん、いい青年になって。久しぶりすぎてオジサンこんなに老けちゃったよ!ほら、上がって上がって!」
部屋から顔を出した父だけが、相変わらず呑気に笑っている。それが私たちを救ってくれ、全員がすぐに笑い顔になった。母が本心から喜んでくれているのが何よりも嬉しかった。
先週、光太は自分の両親それぞれに電話をかけ、私と結婚することを既に報告していた。
「それだけ回り道して貫いたんだから、あんたたちは立派ね」
お母さんはそう言って、すみれちゃんに会いたいと泣いていたそうだ。
「時間がかかっても、おまえは責任を果たしたんだな」
お父さんは光太のことを自分よりよほどデキた男だと電話口で褒め、やはり私に会いたいと言ってくれたらしい。
だから私は近いうちに、光太の両親それぞれに会いに行くつもりだ。すごく楽しみだ。私は本田家の「おじさん」と「おばさん」が小さい頃から大好きだったから。
できれば結婚式に、それが無理ならもっと後でも構わないから、また昔みたいに私の両親と光太の両親と、6人全員がそろって顔を合わせることができたらいいなと思う。
口で言うほど簡単なことではないかもしれない。それは分かっているけれど、希望は持っていたい。またみんなが笑顔で会える日を、私も光太も心から願っている。
どんなに時間がかかっても、人はきっと歩み寄れるときがくると私は信じているから。
我が家のリビングで、光太が買ってきたケーキを食べながら両親が笑っている。
光太と私も手を握りあって、心から幸せな気持ちで笑いあう。世界で一番大切な人と、一緒に生きていく決心を確かめあいながら。
入籍は、来月の私の誕生日。これからすごく忙しくなる。
光太のアパートのベランダにはスミレのプランターがいくつも並んでいて、私たちの新居への引っ越しを今か今かと待っている。
FIN
私も光太も、それぞれの大学の友人たちと2月に卒業旅行に出掛けた。それ以外は、光太は就職するギリギリまで百貨店の物流の仕事を入れていたので、結構忙しそうだった。
私の方はのんびりしたものだったが、学生最後の春休みだから光太と二人で旅行がしたいと思いつき、資金捻出のために急いで短期のアルバイトを探した。
通販会社の倉庫でピッキングのバイトを数日間こなし、稼いだお金で3月の半ばに光太と京都に出掛けた。どこに行こうかと二人で考えたとき、光太が「中学の修学旅行をやり直そう」と言ったからだ。
中3のときの私たちは既に引き離されて口を利くことも許されず、クラスも遠く離れていたので接点がほとんどなかった。本当だったら楽しいはずの修学旅行も、友達の前で無理矢理笑顔を作って楽しいふりをするのに終始した記憶しか残っていない。光太も私も、中学以来京都を訪れたことがなかったので、今度こそ二人で思い切り楽しもうと思い立ったのだ。
3泊4日の京都への旅は、本当に楽しくて笑ってばかりいた。私は行きの新幹線から、まるで小学生並みにテンションが上がっていた。
「そんなに飛ばしてると、3日もたないぞ」
光太に呆れられたけれど、そう言う光太もとても嬉しそうだった。
新幹線の中では、駅弁を食べながら車窓から富士山を眺めた。窓際の席の私が「見て見て」と外を指差すたびに、光太が「どれどれ」と言って身を寄せてくる。頬をくっつけて流れる景色を一緒に見ては、他の乗客に気づかれないようにそっとキスしてクスクス笑いあった。
子供の頃、それぞれの母親に連れられて海辺の温泉旅館に出掛けたときのことを思い出した。
特急列車の中で母親たちはおしゃべりに夢中だったけれど、光太と私はみかんを食べながら車窓の向こうに広がる海を眺めていた。途中からお互いにみかんを食べさせっこして、終いには親たちに隠れてみかんの味がするキスをした。
あのときのことを、光太は今でも覚えているだろうか。思い出しただけで、何故だかひどくせつない気持ちになった。
京都に着いてからは、バスと電車を駆使して精力的にあちこち見て回った。まだ桜には早い時期なので、恐れていたほどひどい混雑には合わずに済んだ。
私たちは修学旅行のときのルートを出来る限り思い出し、なるべく忠実に再現しながら観光して回った。
今は修学旅行のシーズンではないけれど、それでも有名な寺社に行くと制服を着た中学生たちをチラホラ見かけた。大人の目線で見ていると、彼らは本当にまだあどけない子供だった。
おみやげを山ほど買い、美味しそうなものを片っ端から食べ、お酒もほどほどに味わった。
縁結びで有名な神社で二人で1枚の絵馬を奉納し、偶然出くわした結婚式に感激して遠くからこっそり写真を撮ったりした。
夜は、たくさん愛しあった。
誰にも邪魔されない。旅先はそんな想いがいつもより強くなる。私たちは何も遠慮せず、眠る時間を削ってでも抱きあった。昼間歩き疲れて身体はクタクタなのに、お互いを求めあわずにはいられなかった。
旅行から帰ってきて家でお土産の和菓子を食べているとき、母が「彼氏との旅行だったんでしょ」と意味深な眼で探りを入れてきた。
「違うよ。学校の友達」とごまかしたけれど、母は「別にいいわよ。もう大人なんだから」と理解あるような口ぶりでにんまり笑っている。
相手が光太だと知ったら、この笑顔はどう変わるのだろう。一瞬、反応を見てみたいと思った。けれどもそれはまだ早いと思い留まり、私は黙って微笑み返した。
3月の下旬。入社式直前の週末に、私は光太のアパートに泊った。
社会人生活が始まったら、二人きりでゆっくり過ごせる時間があまり持てなくなるかもしれない。光太は入社後1か月はびっしり研修になるそうだし、私もきっと仕事を覚えたり環境に慣れるのに必死の毎日になるだろう。
光太と別々の世界に行くのはやっぱり不安だし淋しい。でも私たちは、できるだけ時間をやりくりして一緒に過ごそうと約束した。もう二度と離れ離れにはならない。それは私たちの絶対の約束であり、心の支えでもあった。
土曜日の午後、光太と私はアパートの近くの大型スーパーに買い物に出掛けた。
夜は鍋でもやろうと食材を買い込み、ついでに美味しそうなケーキも買う。必要な買い物を済ませて歩いているとき、スーパーの出口付近にある園芸コーナーの前を通りかかった。
「あ、スミレ」
光太が足を止め、花台の上に並べられた植木鉢を覗き込んだ。
青紫の可憐な花をいくつも咲かせているスミレの鉢植えが、華やかなパンジーやヴィオラの横で遠慮がちに売られている。グレーの植木鉢は片手で持ち上げられるほどの大きさで、光太はさっそく手に取ってスミレの花の匂いを嗅いだ。
「前から不思議だったんだけどさ。5月生まれなのに、なんで『すみれ』って名前なの?」
スミレの鉢を陽光に翳しながら光太が私に尋ねた。私も子供の頃にそれを不思議に思い、母に由来を聞いたことがあった。
「お母さんがね、生まれ月に関係なく、女の子だったら絶対『すみれ』って名付けようと決めてたんだって。スミレの花って見かけによらず強いらしいの。石とか岩の隙間でも負けずに育つたくましさがあるんだって。だからスミレの花が好きで、子供の名前にしたかったって」
「・・・ふうん」
光太が鉢植えをじっと見ながら、ちょっと微笑んだ。「やっぱ、いい名前だな」と呟いて。
「俺、これ買おうかな」
光太が自分で植物の世話をしようと思うなんて意外だった。
「光太、枯らさない?」
「おまえ・・・。小学校のとき、俺の方が朝顔キレイに咲かせたの忘れたのか」
「・・・ああいうのは、園芸の腕じゃなくて運の良し悪しだよ!」
「何とでも言え。俺はこのスミレの花をちゃんと育てて増やしてみせる」
そう言うと光太は店員の所に鉢植えを持っていき、世話の仕方をあれこれと質問していた。
お金を払っている大きな背中を見ていたら、何故だか胸がいっぱいになった。朝、スーツ姿の光太がスミレの鉢植えに水をやる様子を想像して、せつなくて幸福な気持ちに少しだけ息苦しくなった。
その夜は、丁寧に時間を掛けてセックスをした。何度も何度も繋がりあった。
光太は一度射精した後も、私の肌に触れるだけですぐにまた反応した。私もいくらでも濡れ、光太を何度も欲しがった。私たちはいろんな体位を試し、お互いを深く深く愛し尽くした。
ひとつになれる幸せを、それぞれの身体に刻みつけた。キスも愛撫も挿入も、眩暈がしそうなほどに気持ち良かった。
光太は私の一番深い部分に光太自身を押し当てて擦り付けた。まるで刻印を残すようなその動きに身体の芯が痺れ、私は激しく喘ぎ続けた。
何度目かの絶頂に達したとき、私は光太の精を受け止めながら、初めて光太に出逢った幼い日のことを想い出していた。
お互いの母親の後ろに隠れながら、はにかみつつニコッと笑いあった。あの瞬間から私たちは、恋に落ちるのが必然だったのだ。
眠る前、光太は唇で私の胸に紅いしるしをつけた。私も光太の首筋に、同じようにしるしを残した。
このしるしはいったい何日残るだろう。次に会えるときまで、残っているといいな。
そんなことを囁きあいながら、抱きあったまま私たちは眠りに落ちた。
翌朝、すずめの鳴き声で私の方が先に眼を覚ました。まだ寝息をたてている光太を起こさないよう、そっと首だけ動かして窓辺を見る。
春の陽射しがカーテンの隙間から差し込んで、部屋に白い光を投げかけていた。
窓の近くのフローリングには、昨日光太が買ったスミレの鉢植えが置いてある。陽を浴びたスミレは細い茎をすっくと伸ばし、清らかな花を咲かせていた。
朝の陽を纏ったスミレは光って見えた。ちょうど、光太の温かな身体に包まれている私と同じ、そんな気がした。
いつだってそうだった。初めて出逢った4つの頃からずっとずっと、離れ離れだったときでさえ、光太の存在が私の心を照らして温めてくれていた。光太が私を包む光そのものなのだ。これからもずっと。
私のお腹に回された光太の腕の重み。それが心から愛おしい。
陽射しに抱かれるスミレの花のように、私は光太の腕に抱かれながら、前を向いて生きていきたいと心から願った。
光太が眼を覚ますまで、私は窓辺のスミレの花を飽きずにずっと見つめていた。
☆
社会人になって丸2年が過ぎ、光太が一足先に25歳の誕生日を迎えた。
その日、光太は私の家にやって来た。うちの両親に、私との結婚の挨拶をするために。
両親には、少し前に光太との関係を打ち明けていた。大学時代に再会し、もう2年以上つきあっていることを。
「もしかしたら、そうじゃないかと思ってた」
母は驚くほど穏やかな表情で、私に言った。
「あなたの様子を見ていれば、どんな恋をしているかくらい分かったから。すみれをそういう笑顔にできるのは光太くんしかいないだろうって、いつからか薄々気づいてたの。すみれがいつ打ち明けてくれるか、お母さん、待ってたのよ」
母にそう言われ、私のなかで頑なだった何かが一気に崩れて溶けていった。
「・・・ずっと、黙っててごめんなさい」
親に意地を張っていた自分が愚かに思えてきて、私は子供のように泣き出してしまった。
「お母さんこそ、ずっとあなたを苦しめてたのね。辛かったわよね。ごめんね、すみれ」
母も一緒になって涙を流し、結局お互いそれ以上何も言えなくなってしまった。
「すみれ。できるだけ早く、光太くんをうちに連れておいで」
父がそう言って笑ってくれたので、私も母も泣き笑いになった。
当日、駅まで私が光太を迎えに行き、一緒に我が家に着いて緊張しながらチャイムを押した。
ものの数秒でドアが開き、こちらもまた緊張した面持ちの母が出てきて上背のある光太を見上げた。
およそ10年ぶりに顔を合わせた母と光太は、お互いの顔を見るなりどちらも言葉に詰まって涙ぐんだ。横にいた私の方が慌ててしまい、「やだ、二人とも泣かないで」と、一番先に泣き出してしまった。
「・・・その節は、本当に申し訳ありませんでした」
光太が声を振り絞るようにして母に頭を下げると、母はそれをすぐに制した。
「いいの。もう、いいのよ。・・・私もずっと後悔していたの。だからもう謝らないで」
そう言って母は涙を拭い、「こんなに立派になって・・・」と口元を押さえた。
「いやー、光太くん、いい青年になって。久しぶりすぎてオジサンこんなに老けちゃったよ!ほら、上がって上がって!」
部屋から顔を出した父だけが、相変わらず呑気に笑っている。それが私たちを救ってくれ、全員がすぐに笑い顔になった。母が本心から喜んでくれているのが何よりも嬉しかった。
先週、光太は自分の両親それぞれに電話をかけ、私と結婚することを既に報告していた。
「それだけ回り道して貫いたんだから、あんたたちは立派ね」
お母さんはそう言って、すみれちゃんに会いたいと泣いていたそうだ。
「時間がかかっても、おまえは責任を果たしたんだな」
お父さんは光太のことを自分よりよほどデキた男だと電話口で褒め、やはり私に会いたいと言ってくれたらしい。
だから私は近いうちに、光太の両親それぞれに会いに行くつもりだ。すごく楽しみだ。私は本田家の「おじさん」と「おばさん」が小さい頃から大好きだったから。
できれば結婚式に、それが無理ならもっと後でも構わないから、また昔みたいに私の両親と光太の両親と、6人全員がそろって顔を合わせることができたらいいなと思う。
口で言うほど簡単なことではないかもしれない。それは分かっているけれど、希望は持っていたい。またみんなが笑顔で会える日を、私も光太も心から願っている。
どんなに時間がかかっても、人はきっと歩み寄れるときがくると私は信じているから。
我が家のリビングで、光太が買ってきたケーキを食べながら両親が笑っている。
光太と私も手を握りあって、心から幸せな気持ちで笑いあう。世界で一番大切な人と、一緒に生きていく決心を確かめあいながら。
入籍は、来月の私の誕生日。これからすごく忙しくなる。
光太のアパートのベランダにはスミレのプランターがいくつも並んでいて、私たちの新居への引っ越しを今か今かと待っている。
FIN
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おはようございます。完結おめでとうございます。この二人は、いろんな事ががあったから幸せになって欲しいものです。結婚までの時間は、いろいろ忙しくて大変だけど楽しいんですよね。私もあれから20年が経ちました。始めはどうなることかと思いましたが、二人がまとまってくれて良かったです。
chiiさん、こんにちは。最後までお読みくださってありがとうございます。とても光栄です。
幼馴染ものを書いたのは初めてだったので、自分でも楽しみながら最後までたどり着けました。ふたりが幸せに暮らしていけるよう、作者的にも祈っております(笑)
おつきあいくださって、本当にありがとうございました☆
こんばんは。二人がこれまでずっと求めてきたものが、ようやく手に入ったのね。そりゃ、霧中にもなるよね。これから二人、幸せに向かって頑張らないとですね。今日も暑かったです。お身体に気を付けて頑張って下さい。
chiiさま、こんばんは。
二人はようやくまた繋がることができました。これから一緒にがんばって、本物の幸せを育てていかないと、ですね。
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