すみれは光る

茜色

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はじけた先に

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 中2ともなれば、あちこちから「セックス」というものに対する情報はある程度入ってくる。
 とは言え、分かった気になってはいても、具体的にどういうことをするのか正確に理解していたわけではない。
 今、光太と自分がそれをしようとしているとは思わなかった。そこに行きつくのはまだ無理だと思った。ただ、キスよりも深い何かをお互いが欲しているのは確かで、私も光太もこれ以上待てないことを分かりあっていた。

「・・・おばさん、何時に帰ってくるの?」
「たぶん、5時過ぎ」
 光太は部屋の時計を仰ぎ見た。4時を過ぎたところ。まだ、大丈夫。お互いそう思った。

 光太は私のベッドに潜り込んで来た。光太の方から入ってきたのか、私が布団を持ち上げて招き入れたのか。たぶん、その両方。私の汗と熱をいっぱい吸ったベッドの中で、私たちは裸の上半身をそっとり寄せていた。
 
 キスしながら、肌と肌を触れあわせた。
 光太の手が私のふくらみにそっと触れる。私の唇からは少し脅えるような、でもちょっと甘えるような吐息が漏れた。
 最初は遠慮がちに撫でるように触れ、それから形を確かめるように手のひらをゆっくりと動かした。
 私は大人の女の人がするように、喉を反らして掠れた声を出した。そういう声が出て自分でもびっくりした。光太は私の胸の先端を指で触り、苦しげな息を漏らして私の首筋に顔を埋めた。
 
 光太が私のパジャマのズボンを脱がせ、フローリングの床の上に放った。自分もカチャカチャとベルトを外し、学生服のズボンを脱いでしまうと同じく床に放り投げた。
 私は少し怖くなった。光太は最後までする気なのだろうか?やや脅えた顔をした私を見下ろして、光太は安心させるように首を横に振った。
「大丈夫。少し、触るだけ」
 そう言って、光太は私の脚の間に手を伸ばした。ショーツ越しに一番敏感な場所に触れられ、私は思わず「ふ、うっ・・・」と声を上げた。

 自分でもほとんど触ったことがない場所を、光太の指が探るように往復する。
 熱を帯び、しっとりと布地が湿っていくのが分かる。私の息が荒くなるにつれ、光太もまたせつなそうな溜息を何度もついた。
 
 光太のその部分も、すごく熱く硬くなっていた。私の太腿の辺りに当たっていたそれは、下着越しでも充分分かるほど大きく盛り上がっている。
 もう光太は、あの頃のやんちゃでイタズラな子供ではなかった。怖いくらいに『男の人』になっていた。そして私は、そういう光太が愛おしくて胸が苦しいほどだった。

 光太が下着を穿いたまま、私のショーツの湿った部分に自分のそれを押し当てた。
 私たちはお互いの背中に腕を回しあい、舌を絡めるキスをしあった。そうしながら、お互いの身体の熱くなっている部分をぎこちなく擦り合わせた。

 自分が光太の色と匂いと熱さに染まり、取り込まれていくのを感じた。合わさった胸と胸が汗でぬるりと滑る。
 私は光太の身体にすがりついて、もっと肌を密着させた。私の熱と光太の熱が混ざりあってひとつに溶けるのを感じながら、私は自分の脚の間で光太がせつなげに行き場を求めるのを確かに喜んでいた。


「ただいまー。あー、もうお母さん、間違えちゃった!」
 突然階下で母の声がして、私たちは飛び上がるほど驚いた。
「あ、光太くん、まだいる?良かったわー」
 騒々しく玄関ドアが閉まる音。靴を脱ぎ、リビングにバッグを置きに行く気配。
 時計を慌てて見ると、まだ4時半になったばかりだ。どうしてこんなに早く帰ってきたのか。
 
 私たちはひどく慌てた。光太がベッドから飛び出し、脱ぎ捨ててあったズボンを大急ぎで穿く。Tシャツを被り、ワイシャツを引っ掛け、ボタンをはめようとするが焦っていて上手くいかない。
 私はパジャマの上衣を引っ掴んで袖を通し、やはり震える指でボタンをはめた。が、掛け違えて襟元が斜めになっている。もう一度外してやり直そうとしたが上手くいかないので諦め、床に吹っ飛んでいたズボンを拾おうとベッドから這い出た。

「ねぇ、聞いてー。お母さん、歯医者の予約一日間違えてたわ。明日だって。やんなっちゃう」
 階段を上がりながら、能天気な声で母が喋っている。間に合わない。そう思った1秒後に、私の部屋のドアは勢いよく開けられていた。
「だからね、プリン買ってきちゃった。光太くんも一緒に・・・」
 笑顔で入ってきた母の顔が、能面のように固まった。


 眼の前の光景を見ても、母はすぐには状況を理解できていないようだった。
 人間は想定外のことに出くわすとあんなふうに無表情になるのかと、最悪の状況下で私は変なことに感心していた。

「・・・何してるの?あなたたち・・・」
 光太はズボンのファスナーを上げきらないまま、ベルトを締めようと悪戦苦闘しているところだった。ワイシャツの裾はズボンからはみ出ていて、前ボタンは2つくらいしか留まっていなかった。
 私の方は、パジャマの上だけを身に着けてベッドに戻ろうとしていた。慌てて引き寄せた上掛け布団は私のだらしないパジャマの胸元をきちんと隠してはくれず、おまけに床の上には脱ぎ捨てたズボンがくしゃくしゃになって打ち捨てられたままだった。

「何してるの?!あなたたち・・・!」
 母の金切り声が、私と光太を引き裂いた。


 それから後のことは、まるでドラマの一場面を見ているように現実感がなかった。
 母は血相を変えて光太に食って掛かり、「うちの娘に何をしたの!」と何度も喚いていた。

 光太はひたすら頭を下げて「すみません、本当にすみません」と繰り返し謝った。私はそれが納得できず、「どうして光太が謝るの?光太が悪いんじゃない!」と叫んで、光太と母の間に割って入った。
 母はベッドから飛び出した私のひどい格好を見てますます眼を吊り上げ、光太に向かってさっきよりもっと大きな声を上げた。
「まだ中学生なのよ?!分かってるの?取り返しがつかないことになったらどうするの・・・っ!」
 母の顔は見たことがないほど引き攣っていた。まるで鬼みたいだと思った。

「お母さん、取り返しって何?!私が自分でそうしたいと思ったんだから、光太ばっかり責めないでよ!光太は悪くない!」
「黙りなさい!そんな不潔な・・・、なんてみっともない格好してるの!」
 不潔と言われ、私の頭に血が上った。

 大人は勝手だ。自分たちだって同じようなことをしているくせに、私たちの年が若いというだけでこうして汚いものを見るように過剰反応する。
「不潔じゃない!お母さんが想像してるようなことまでしてない!私たちのこと何も分かろうとしないで、勝手に決めつけないで!」

 パンっと鋭い音がして、何事かと思ったら自分の頬が急に熱くなって身体がよろけた。それで初めて、母に引っ叩かれたのだと気付いた。横で光太の方が激しいショックを受けているのが気配で伝わってきた。

 じんじん痛む頬に手で触れたら、光太が私の前に立ちはだかるようにして母に向き合った。
「おばさん、本当にごめんなさい。本当にすみませんでした。全部僕のせいです。すみれは何も悪くない、僕の言いなりになっただけです。すみれを叱らないでください。お願いします」
 光太は腰を深く折り曲げて母に謝罪した。
 私はただただ茫然としていた。どうしてこんなことになるのか、何故光太が一人で謝らなければならないのか、まったく理解できなかった。

「・・・もう今後は、うちの娘に一切関わらないで。学校で顔を合わせる以外、二度と口もきかないでちょうだい」
「お母さん・・・!私、そんなの守らないから!絶対、嫌!」
「あなたに権限はないのよ。許しません。・・・光太くん、後でお宅に伺って、ご両親にこのことを話しますからね。・・・分かったら、もう帰ってちょうだい」
「お母さん!・・・やだ、そんなの絶対やだ・・・!光太・・・!」
 私は後ろから光太のワイシャツの袖を掴んだ。光太は顔を上げないまま、しばらく黙ったままだった。呼吸を整えて、じっと耐えているようだった。

「・・・本当に、すみませんでした。すみれのことは、許してあげてください。・・・失礼します」
 ようやく頭を上げた光太は、床に投げ出されていた学生服の上着と鞄を拾い上げた。おろおろしている私の顔を見ないままドアへと向かい、母にもう一度頭を下げてから部屋を出て行った。

「光太・・・!やだ、待って、光太・・・!」
「すみれ!いい加減にしなさい!」
 追いかけようとした私の腕を母が強い力で引っ張り、ベッドに押し戻した。
「・・・あんたが騒げば騒ぐほど、光太くんだって恥ずかしい思いをするのよ」
 恥ずかしい・・・?意味が分からない。私たちがしたことは、恥じるようなことなの・・・?

 私はそれ以上母の顔を見たくなくて、ベッドに突っ伏して大声で泣き出した。私の涙にも母は動じず、まるで娘に絶望したかのような大きな溜息をついて部屋を出て行った。


 その夜、母は向かいの本田家に出向き、光太の両親に今日の『事件』を報告した。
 私は窓辺に立って、カーテンの隙間から本田家の灯りをずっと見ていた。見ていたところで家の中の様子は分かるはずもないのに、そうせずにはいられなかった。
 身体が冷えるのも厭わずに窓辺に張り付いていたら、30分以上経って母が本田家の玄関から出てくるのが見えた。
 光太のお父さんとお母さんが後から出てきて、ぺこぺこと何度も母に頭を下げていた。光太の姿は見えなかった。

 どうして光太の両親だけが、私の母に謝らなければいけないのか。
 女の子だから被害者、そういう図式に私はものすごく腹が立った。無理矢理されたわけじゃない。私は自ら光太を求めた。悪いのは私も一緒だ。

 光太ばかりを責めた母が許せなかった。私はその日からしばらく、母と口を利かなかった。


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