無限ではない力

嵯乃恭介

文字の大きさ
上 下
11 / 24

第十一話 違う対価

しおりを挟む
ライルのお願いによってアオイを家に居れることにしたカナは、うんざりしながら部屋の扉を開いた。アオイは未だに泣いている。正直に他人の事なんて関係ないと思うのだが、これでライルに恩を売れば自分の記憶を戻してくれるかもしれないと思う。が、あてにせずに彼女を一晩だけという約束で連れてきたわけだが・・・。
とりあえずベッドに座らせ、すすり泣きをする彼女に優しくは出来ない。話を聞いた限りでは彼女は悪くないと判っているが・・・

とりあえず・・・

アオイの頬に冷たいものが当たった。頭を上げるとペットボトルをカナが当てていた。そして紙に

『落ち着け』

とだけ書いてあり、アオイはペットボトルを受け取り

「ありがとう・・・ごめんね・・・、みっともない所見せちゃって」

『ここに来る奴は覚悟が決まってる。あんたもそのつもりで来たなら、ユウの言い分を聞いてからで良いんじゃないか?』

カナはシャワー室に向かい、すぐに出てきた。出来上がったスレンダーな体つきは女性から見ても美しいと思ってアオイは首を振る。女性が好きなわけではないが魅入ってしまった。それほどまでに不思議な魅力を持っているのか?

カナはアオイを引っ張ってシャワー室に連れていき、自分の服のストックを出して置いた。それだけで意味は分かるが、今までの生活とは違う生活には慣れないものだが、自分の決意は変えるつもりはないとアオイは絹で出来たワンピースを脱ぎ、シャワーの蛇口をひねると悲鳴が上がった。

「カ・・カナさん?み・・・水?」

カナは頷くと紙にサラサラと何かを書き出しペラリとアオイに見せる。アオイは覚悟していたが、ここまでとは思わなかった。甘く見ていたと思うばかりだ。しかし我が子と一緒に暮らすためには、これくらい受け入れるべきだ。
カナが書いたのは。

『この辺でお湯が出るところなんてユウのところだけ』

恐らくユウの力でお湯にも出来るのかもしれないと冷たいシャワーを浴びながらアオイは考えた。そう考えるとハヤトは温かいシャワーを浴びて大事にしてもらえるかもしれないと思ってしまう。冷たいシャワーを浴びつつ涙が一緒に零れていく。

シャワーを終えて出てくると、カナはソファーに横になっていた。ベッドは家主が使うものだとカナに声を掛けるとカナは一枚の紙を出してきた。

『慣れるまでベッドにしとけ』

彼女なりの優しさなのか、ただめんどくさいのか判らないが、カナの性格が少しだけ判った気がする。でも彼女がライルと一緒に居るということは、ライルと同じく力を持ち、人を殺しているかもしれないと考えると可哀そうにも思えてきた。
まだ若いはずの十代後半の女の子が、スラム街で生きていくには過酷だったかもしれない。自分も強くならねばと願うが、今までの貴族としての生き方が妬ましいくらいに思う。思えばライルが消えた時に同じように逃げればよかった。

ベッドを借りて横になると、色々ありすぎてあっと言う間に眠りの世界に誘われる。




光の中、幼い頃の弟のユウが泣いている。泣きながら遠ざかっていく・・・。手を伸ばしても離れていく、どんなに走っても追い付けない。叫んでも声が出ない、涙だけが零れ落ちる。そしてユウの成長した姿は冷たい目を自分に向ける姿。謝ろうとしても再び声が出ない。もどかしく泣くしか出来なかった。
そして今度はハヤトだった。朝には居たはずのハヤトが夕刻に少し外に出て行った間に家から追い出されて、探しまわった、夫に問い詰め殴られ蹴られ挙句には・・・

「っつ・・・」

寝汗で目が覚めてしまった。嫌な夢・・・いや現実・・・、この数日の事だ。悲しみが込み上げる、何もかも失うことが運命で決まっているのかと胸に手を合わせ呼吸を整えると物音がして起き上がると、カナが眠っていたソファーからカナが消えていた。
彼女も眠れないのだろうか?それとも体調が悪いのだろうか?心配しながら物音がした方に向かうとカナの後ろ姿が見え、彼女の髪は弟と同じように銀髪、いや白髪になっていた。染めたにしても妙な話になる・・・、彼女が髪を染めるような少女には見えなかったからだ。

「!!」

白髪だった髪が徐々に下から元の絹のような黒髪に戻っていった。声が出そうになったが声を飲み込み、気づかれないようにベッドに戻ろうとしたが、カナが振り返り目が合ってしまった。カナは頭を抱えアオイの手を掴み元居た部屋に戻り、蝋燭の火を灯し筆記してからメモ用紙をアオイに渡した。

『ライルには黙ってて、言ったら殺すから』

「それは力の対価じゃないの?」

めんどくさそうにカナは顔に素直に出ている。力の対価は人間としての体の一部のはず、声が出ないカナが不自然に髪が白髪や黒髪になるはずはない。
カナは再びメモを渡してきた。

『余計な詮索しないで、私はライルを憎んでいると思っても良い』

「憎いのに、殺さないの?」

ソファーに体を預けるカナは、顔に手を当てて大きくため息を吐くとメモに大きく。

『力で殺しても意味がない。技術で殺して私は一人前』

目標を持っているらしい、一人前というのは力を使わずに人を殺せるようになりたいという事だろうか?それでも現在は力に頼っているが、目の前に居る少女はライルが夫を振り回して倒したように体術で倒したいのだろうか?そうなるとライルは体術と力を分けて使っているように思えた。相手の攻撃を躱し、地面に叩きつけてから力で精神を壊したらしいが、少女には何が出来るかと思うと聞くのが怖い。

「判ったわ。言わないし、私はライルとは何もないからカナさんが遠慮することはないわ」

『元々そのつもり』

そのメモを置いて、カナは再びソファーに横になる。アオイは目標のある少女だということが判り、少し安堵する。穏やかではないが、ただ殺すだけじゃなく、技術を掴んで殺さず自分の身を守れるようになれば、彼女も落ち着いて異性との関係を持てるかもしれない。それを見通してライルは彼女の面倒を見ているのかもしれない。

「ごめんなさいね。おやすみなさい」

カナが答えることはなかったが、アオイは力の対価について考えた。
元に戻る対価があるのか?いや実際にカナは発言していないし、ライルもそれを知ってるはずだ。一つの仮説に行くなら、ユウのように言葉足らずなだけで、違う部分が欠落しているかもしれない。カナの対価は髪の毛の脱色かもしれない。そうなると何故戻るのかと戻ってしまう。
考えが矛盾しながらも朝を迎えた。

「おはようございます」

隈を作っているアオイを見てカナは、メモを書きアオイに見せた。

『昨日の事を気にしているのか?私の髪とライルの事』

「いえいえ、違いますよ。どうしたらユウとハヤトと分かり合えるかと考えてました」

夢の内容が精神的に効いていたので、違う事としてカナの事を考えていたが、黙っているが今日またユウとハヤトに会えるかが不安になる。

そして朝食を取っていると、二人の携帯が鳴った。
内容は同じだったが、カナは目を丸くして驚いていた。内容は・・・

【記憶を戻す】

とのことだった。カナに戸惑いの表情が見えたが、内容はアオイには見えないので、何を書かれているのか判らないままで、アオイにはユウとハヤトが喫茶店に来ると言う内容だった。昼間は喫茶店に来ても良いという事だろうか?
カナが早々に立ち上がり、カバンを持ち出かけようとするので、アオイも急いで追いかけていく。
何をそんなに急いでいるのか判らないが、きっと少女にとって重要な内容だったに違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...