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火種
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地方都市の小さな駅の前に長く伸びている天沼六丁目商店街。通称天六。旧街道に面したこの商店街は観光地でもなく、国道にバイパスができた頃から寂れていった。
駅があるとはいえ通学時間帯の朝夕を除けば2時間に1本、たった1両しかない電車が走っているだけだ。
そんな商店街の東の外れにあるのが権兵衛食堂、大正時代からある古いだけが取り柄の何の変哲もない食堂のような居酒屋のような店である。
店主の新田翔は父からこの店を継いだ4代目で、今は店を切り盛りしつつ天六商店街の会長を任されている。いや、押し付けられているというのが正解だろう。
9月の第3火曜日、19時に近づくと権兵衛食堂には商店街の役員5人が次々にやってきた。3ヶ月に1回開かれる定例会という名の小さな集まりであった。
権兵衛食堂は23時まで営業しているため、翔の仕事も考慮していつの間にかここで定例会を開くようになっていた。
客もそこそこ入っているが近所に住む常連客ばかりで見知らぬ顔はどこにもいない。役員たちは大した議論もなく愚痴と軽口をこぼしながら焼酎のボトルを囲んだ。
20時を過ぎると天六商店街を歩く人の姿はほとんどない。通り過ぎる車はこの通りの住人だけである。国道のバイパスも平日の夜は渋滞することはなかった。
「いらっしゃいませ」
20時に近づいた頃、入口の引き戸が開いてサイクリングジャージを着た女性客がカウンター席に腰かけ、壁に貼ってある色が変わったメニューを見渡した。
「すみません、ここのおすすめメニューってどれですか?お腹減って死にそうなんでボリューミーな感じで」
「おすすめとか、名物ってほどじゃないけどカツハヤシなんかどう?ご飯は大盛りでも超大盛でも値段は変わらないよ」
「じゃあ、それ!大盛りでお願いします」
「カツハヤシ大盛り入ります」
1人で切り盛りする厨房でも翔は元気にオーダーを通した。
ブロックの豚肩ロースを長い牛刀で分厚く切って、筋切りして丁寧に衣をつけて揚げる。なんの変哲もないロースかつだが、肉厚な分、揚がるまでに時間が掛かる。翔は他の注文も調理しながら時折役員たちの会話も耳に入れている。
「カツハヤシはちょっと時間がかかるから、それまでこれで辛抱していて」
そう言ってテレビをぼんやり眺めているカウンターの女性客にお通しの枝豆や小鉢を出した。
「ありがとう、マスター」
いよいよ油の中で泳ぐ肩ロースが浮き上がり始め、油が弾ける音が変わって来た。翔にとって最も集中するタイミングだ。火の通り加減、きつね色の衣、火加減を少し強めて油から取り出す。
長く太い菜箸でカツレツを取り出して、しばらく鍋の上で辛抱して油を切った後、2分ほど待って余熱で火を通す。先代だった父、英一譲りの揚げ方である。
山盛りのご飯に、分厚いカツレツを乗せた上からハヤシのソースをたっぷりかける。
特製のポテトサラダを小鉢に盛って、お盆に乗せて厨房から出た翔。
「大変お待たせしました」
カウンターに料理を置いた瞬間、2人が同時に声を上げた。
「かけるくん!」
「ん?ペンペン?」
「まあ、とにかく先に食べてよ」
どうやら2人は知り合いのようだった。
駅があるとはいえ通学時間帯の朝夕を除けば2時間に1本、たった1両しかない電車が走っているだけだ。
そんな商店街の東の外れにあるのが権兵衛食堂、大正時代からある古いだけが取り柄の何の変哲もない食堂のような居酒屋のような店である。
店主の新田翔は父からこの店を継いだ4代目で、今は店を切り盛りしつつ天六商店街の会長を任されている。いや、押し付けられているというのが正解だろう。
9月の第3火曜日、19時に近づくと権兵衛食堂には商店街の役員5人が次々にやってきた。3ヶ月に1回開かれる定例会という名の小さな集まりであった。
権兵衛食堂は23時まで営業しているため、翔の仕事も考慮していつの間にかここで定例会を開くようになっていた。
客もそこそこ入っているが近所に住む常連客ばかりで見知らぬ顔はどこにもいない。役員たちは大した議論もなく愚痴と軽口をこぼしながら焼酎のボトルを囲んだ。
20時を過ぎると天六商店街を歩く人の姿はほとんどない。通り過ぎる車はこの通りの住人だけである。国道のバイパスも平日の夜は渋滞することはなかった。
「いらっしゃいませ」
20時に近づいた頃、入口の引き戸が開いてサイクリングジャージを着た女性客がカウンター席に腰かけ、壁に貼ってある色が変わったメニューを見渡した。
「すみません、ここのおすすめメニューってどれですか?お腹減って死にそうなんでボリューミーな感じで」
「おすすめとか、名物ってほどじゃないけどカツハヤシなんかどう?ご飯は大盛りでも超大盛でも値段は変わらないよ」
「じゃあ、それ!大盛りでお願いします」
「カツハヤシ大盛り入ります」
1人で切り盛りする厨房でも翔は元気にオーダーを通した。
ブロックの豚肩ロースを長い牛刀で分厚く切って、筋切りして丁寧に衣をつけて揚げる。なんの変哲もないロースかつだが、肉厚な分、揚がるまでに時間が掛かる。翔は他の注文も調理しながら時折役員たちの会話も耳に入れている。
「カツハヤシはちょっと時間がかかるから、それまでこれで辛抱していて」
そう言ってテレビをぼんやり眺めているカウンターの女性客にお通しの枝豆や小鉢を出した。
「ありがとう、マスター」
いよいよ油の中で泳ぐ肩ロースが浮き上がり始め、油が弾ける音が変わって来た。翔にとって最も集中するタイミングだ。火の通り加減、きつね色の衣、火加減を少し強めて油から取り出す。
長く太い菜箸でカツレツを取り出して、しばらく鍋の上で辛抱して油を切った後、2分ほど待って余熱で火を通す。先代だった父、英一譲りの揚げ方である。
山盛りのご飯に、分厚いカツレツを乗せた上からハヤシのソースをたっぷりかける。
特製のポテトサラダを小鉢に盛って、お盆に乗せて厨房から出た翔。
「大変お待たせしました」
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「かけるくん!」
「ん?ペンペン?」
「まあ、とにかく先に食べてよ」
どうやら2人は知り合いのようだった。
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