心を洗う洗濯機はありません。涙を乾かす乾燥機もありません。でも……

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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平等とは?公平とは?

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4月16日

この日から再び洗濯支援の場は文化センターに戻った。須田にとっては多賀城市におけるホームのような場所だ。数日来なかっただけで避難所の雰囲気は変わる。
その日も朝から自衛隊の軽装甲車が文化センター裏の駐車場に停まっている。
洗濯支援を始めたのと同じ時期から駅前の広場で自衛隊が入浴支援を始めていた。軽装甲車はそこまでの送迎用に使われている。滅多に乗ることができない特殊な車両に大人も子どももテンションが上がっている。ほとんどの人が震災発生から1度もお風呂に入っていない。
風呂に入り、清潔な衣類に着替えて、スーパーに立ち寄って買い物をする。そんな当たり前が1ヶ月以上途絶えていた。戻って来た人たちは安堵の表情を浮かべている。

須田はいつものように洗濯機を回している。小さい子どもが
「お風呂入ったからもう臭くないよ」
無邪気でそしてストレートに喜びを表現している。
父親は
「お風呂と洗濯のおかげで避難所の中の臭いはかなりよくなりましたよ。ありがとうございます。普段、洗濯なんか面倒な物だと思ってたけど、こんなに大切な物だって気が付きました。避難所内が臭かった時は本当にイライラするんです。小さな音でもイライラ、館内放送でもイライラしてました。呼吸している限り臭いって逃げ場がないから。喧嘩や揉め事も多かったけど最近とても落ち着いた雰囲気です」
避難所にいる人数も少しずつではあるが減っている。そして支援も様々なものが提供されていた。

天気がいい土曜日。
文化センターには炊き出し、自転車修理、美容師さんに理容師さん、足湯のサービスに、マッサージ、子供たちには大道芸が披露され、多くのボランティアが訪れて文化センターの正面は小さなお祭りのように賑わっている。
しかし、ボランティアに来ている人間も様々だった。避難者に嫌われている者もいる。
数日前に東京から来たというその男は無料のボランティアバスで仙台に入り多賀城にたどり着いたようだ。この時期になると専門的な知識や技術が必要なことを組織的に進めるチームや被災者の心理的なケアをする者が必要だった。あとはとにかく力仕事。

その男は……
「やる気と体1つを持って来た」
そう豪語し避難所に直接やって来たそうだがビブスや腕章なども付けていない。ボランティアの受付窓口は市役所前の社会福祉協議会が行っているのに、なぜかそこには行かず文化センターに来たので被災者からも不審な目で見られていた。そして、ここに現れてから何をするわけでもなく、避難所の居住エリアに入り込み避難者とともに炊き出しをもらって誰よりも多く食い、食い終わればソファーで寝ている。

災害ボランティアは自己完結が最低限のルール。活動期間中はどんなことが起ころうと寝場所も食料も自分で確保できることが必要である。須田も運よく昔馴染みの旅館が被害を受けていなかったため布団で寝ることができていたが、いざとなれば材料を積んだトラックの中で寝泊まりができるような装備を持って来ていた。

文化センターの管理者とともに須田はその男を強い口調で問いただした。
もちろん須田には関係がないことだが、ボランティアとして外から来た人間としての矜持がある。

「あなたは何をしにここに来たんですか?私は避難所の管理者として無許可で侵入する者がいたら不審者として警察に通報する義務があります」
色白で肥えたその男は
「何でも指示してくれればやりますよ」
「それならボランティアセンターで受付をして、保険に入ってから活動してください」
「そこに行ったら、汚れそうな仕事や力仕事しかなかったんだよ」
「力仕事じゃやりたくねえって言うのかよ!何でもやるつもりで来てんだよな!おい答えろよ。まさかタダ飯食いに来たってことじゃねえよな?」
須田は激しい怒りを覚えた。
問い詰めると男は、震災の影響で東京でも輪番停電などの影響で失業し、家賃も払えず避難所に来ればなんとか屋根のある場所で寝て、食事は出来るのではないかと思ってボランティアバスに乗ったそうだ。
避難者たちが男を囲んでいる。
侮蔑、怒り、憎しみ、そして哀れみの目で見ている。
センターの管理者がこう言い放つ
「ボランティアセンターで登録すればセンターに指示された内容の活動は認めますが、ここで寝泊まりすることも食事を受け取ることも許可できません。」
毅然とした態度に拍手が起こる。実際にボランティアを装って避難所に侵入して窃盗を働く事案も多い。
帰れコールが沸き起こる。男がその場に座り込んで泣き出しても帰れコールは止むことはなかったが、管理者がその声を制した。
「この文化センターは市が管理する施設です。今すぐ退去しなさい。あなたはボランティアではない。ここには家族や失った人もいる、身体が不自由でも一生懸命みんなで助け合おうという人もいる。あなたは働ける、それなのにここに来れば何とか生活できる、そんな考えで来たのであればすぐにここから出て行け」
大きな声ではなかった。それだけに重く響いた。
静まり返った場に、男のすすり泣く声が聞こえたが最後に残した言葉は
「2度と来るかこんな所、お前ら鬼だ!」

詰め寄る避難者を凄まじい怒気を纏った須田が制して男に近寄る。
男の顔が怯えた表情に変わる。
「おい、あんた。もう一回今の言葉を言えるか? なあ、もう一回言ってみろよ」
男の全身が震えている。
「すだっち、もういいよ」「殴っちゃだめ~」
そんな声が上がっている中、須田が地面を指差すと男は座り込んだ。いや立っていることができないほどの恐怖を感じていた。

「ごめんなさい」
そう一言残して這うようにその場から逃げていった。その後その男を多賀城市内で見ることはなかった。

「センター長、ありがとう。危うく俺がお巡りさんの世話になるところだった」
「まるで赤鬼だったよ、本当にやるんじゃないかと思った」
「どこの世の中にも悪者ってやつが必要な時もある」

こんな話はどこの避難所にもあるのだろう。
もっと組織的なボランティアによる不正ものちに報道されている。
善意で始めたことが徐々に道を外れるケース、初めから悪意を持って近づいているケースもあるだろう。
避難所の運営は毎日がハプニングだ。
毎日知らない顔の人間が入れ替わり立ち代わり出入りしている。

そんな時、須田の携帯電話が鳴った。
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