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赤いシミ ~アキ~

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大忙しのランチタイムが終わり、アキさんにデザートのプリン・ア・ラ・モードとエスプレッソをお出ししたタイミングで、いつも通りミドルが姿を現しました。

「お、アキさん。久しぶり!まだあれやってる?」
ミドルはシャドーボクシングのようなポーズを取っています
「ご想像に任せます、まあ座って座って」
アキさんはご自分が座っているテーブル席にミドルを誘います。

「アキさんの今日のランチを当ててやろう。ズバリ!ナポリタンだ」
「えっ、まさか口紅たっぷり塗ったみたいになってる?」
「いいや、白いシャツに点々と赤いシミが付いてるから。GRAVITYのナポリタンのシミは手ごわいぞ」
「あ~ぁ、ほんとだ」

当店のナポリタンは完熟のミニトマトをオーブンで水分を飛ばしてから裏ごしして、さらに煮詰めて作った特製のケチャップを使って、炒める際にはバターと極太スパゲティーの茹で汁をほんの少し加えています。

「つまりこの赤いシミは、バターの油分とスパゲティーのデンプンと、ケチャップを煮込むときに使った醬油に、トマトの色素がプラスされた落としにくい汚れなんだ」
「どうしよう。まだ買ったばかりのシャツなのに……」
「マスター、おしぼりちょうだい。応急処置だけしておくから脱いで」

当店のおしぼりは洗濯する前に沸騰したお湯で10分ほど煮込んでから洗濯して、乾かしてからレモンピールを入れた水で濡らしてウォーマーに入れています。
ミドルはそのおしぼりをシミの部分の下に敷き、もう1枚のおしぼりで叩きながらシミをシャツから移動させています。

「普通の喫茶店の袋に入ったおしぼりでやると色が抜けたりするから気を付けるんだぜ。漂白剤がたっぷり入ってる。まあ、自分のハンカチでやるのがいい。コーヒーや醤油なら炭酸水でもいいぜ」
「ミドルと洗濯ってなんか不思議ね?いつもシャツがピシッとしてるから、全部クリーニングに出してるんじゃないかと思ってた」
「アイロンは全部自分でやってるよ、洗濯も。だって、俺、クリーニング師免許も持ってるから」
「え、ミドルってクリーニング屋さんだったの?」
「いいや、免許を持ってるだけでクリーニング屋で働いたことは1度もないんだ」
「やっぱり、ミドルっておかしな人。まさか、が好きすぎて自分でウールを洗うためだけに免許取ったとか言わないよね?」

「バレたか!その通りだ。羊毛繊維製品の水洗いの研究のためにクリーニング師の免許を取った」
「やっぱり、ちょっとお馬鹿さんなのね」
「お褒めの言葉、ありがとう。最近、環境問題とかSDGsとかかなり身近になってきてるだろ?俺が子どもの頃なんて世の中がイケイケで保存料や着色料だらけのものを食べて、川も海も洗剤の泡がブクブクで、工場の煙突からは黒い煙が出てた」
「最近は少しづつよくなってるね」
「でも、何となく情報が溢れすぎてて、その情報の先がブラックボックスみたいだなって思うこともある」
「メーカーの言うことを鵜呑みにするのも危険ね」
「環境やSDGsを売り文句にして稼いでる奴らもたくさんいるんだろうな。特にファッションの世界とかは。オーガニックだから売りやすい、値段が高くても買ってくれる。でもそれが正しく生産者に還元されて、農薬の使用量が削減されて、人にも地球にも優しいのかって考えると疑問符の塊だな」
「だいたい、本当に地球に優しい製品を作り続けてる人たちや使い続けてる人たちって、それが当たり前だから今さら騒いだりしてないのよね」
「その通りだ、今さら江戸時代の暮らしに戻れと言ったって無理な話だけど、1人1人が当たり前のようにちょっと気を付けるだけで世の中は変わるんだけどね。それにかかるコストアップはイヤだって言うんだからなかなか難しいぜ」

「だからミドルはひつじ先生に変身して子どもたちに洗濯を教えたりしてるのね」
「自分で手入れをしたものって、大事に使うだろ?着られなくなるまで着倒したシャツは靴磨きに使ったりしてるぜ」
「燃えるゴミになる前に、もう一仕事するのね」

「赤いシミが付いたシャツは時間との戦いだ」
「あ、そうだった。きれいに落ちるかな?」
「トマトの色素は天気がいい日に日光に当てると紫外線が分解してくれるかもしれないな。着て洗ってを繰り返すうちに気にならなくなるよ」
「それもそうね。穴が開いたり破れてしまったのと違うから、気にしないっていうのも優しさのひとつかもね」
「破れたらアレンジしてもいいし、汚れたら染め直せばいい」
「その時はミドルに預けるわね。マスター、ごちそうさまでーす」

最近、ミドルが『インチキ臭い』『お馬鹿さん』などと呼ばれているのをよく耳にしますが、本人はかなり喜んでいる様子です。
私たちはせめて地球にこれ以上大きなシミを残さないようにしたいと思います。
 
本日もご来店ありがとうございました。 
それではまた……、ごきげんよう 
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