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第一巻
第1話 プロローグ 魔王現る
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グシャッ。
地上数百メートルの高さから落下した俺が、最後に聞いたのは、
自分の体が地面に叩きつけられて、臓物をブチ撒けた音……のはずだった。
☆
その直前。
師走に入って間もなくのこと。
自分が関わった同人誌が出ないと知ったのは、夜中の牛丼屋でメシを食ってる最中だった。
「ふざくんなよッくしょ~~~~~~~!」
店を出てすぐ、同人作家・久我山晶はシャウトした。
店内で即叫ばなかったのは、わずかに残った自制心のおかげか。
有償のゲストだった。
だがギャラは払えねえと同人ゴロは言いやがった。
流行アニメの二次マンガを十数ページほど。
納品はとっくに済んでいる。
久我山が、借金返済やら機材を買おうと当て込んでいた金だった。
おまけに、参加する他のプロにも紹介してやるだの、商業の仕事を回してやるだの、今にして思えば甘言としか思えないようなプレミアム感満載の誘い文句で、――釣られた自分もアホだった。
普段はしがないフリーターの久我山でも、都会で何とか生きていけたのは、こうした雇われ同人作家の仕事をしていたからだ。
新規の客にはあんだけ注意しろ、って友人にも言われていたのに……。
あーあ。
こんなことばっかやってても名前は売れないし、もううんざりだ。
人生やりなおしてえなあ……。
「よう。俺と代わってくんねえか」
とぼとぼと久我山が夜道を歩いていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
この寒空にアロハシャツ一枚でガードレールに腰掛けている。
(絶対ヤバイ人だこいつ……逃げよ)
「おい待てって! 久我山晶!」
「!」
男の前を通り過ぎて3メートルほど、彼はピタリと足を止め、錆びた機械のようにギギギ……と首を回した。
「あんた……誰」
男はまるで古風なヤクザのように、腰を落とし、左手を腰に、右手を前に差し出して見栄を切った。
「俺か? ――一応、魔王やらせてもらってます」
……なにそれ。
久我山晶と呼ばれた男は、コートのポケットをまさぐり、携帯を探した。
男が己の名前を知っている以上、ここで逃げても面倒事は解決しまい。
「ん~、信じてない? まあ、しゃあねえか」
彼は任侠的挨拶のポーズを解いて棒立ちになると、いい具合に街灯を浴びた男の容姿が浮かび上がった。
見た目アラサーのその男、何かで鍛えているのか体格はがっちりとしているが、顔や髪はチャラ目の、まあイケメンおっさんだ。しかしチンピラと言うには余裕、いや、威厳がありすぎる。
パチン。
男が指を鳴らした直後、それは起こった。
☆ ☆ ☆
……こ、ここは。
眼下に広がる美しい帝都の夜景。
ざっくり言って高さは300メートル以上あるだろう。
だって、東京タワーより上から見下ろしてるんだから。
自分と男は、宙に浮いていた、いや、立っていた。
「お、おい……なんだよこれ……」
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。
あまりに怖くて立っていられず、久我山は四つん這いになった。
「そんなに怖いか? 安心しろ。落ちはしねえよ。今んとこはな」
男は足下をトントン、とつま先で叩いた。
まるで見えない地面があるみたいだ。
(こんなの夢に決まってる……、きっとヤケになった俺が見ている夢だ)
「夢じゃねえよ?」
「!?」
「なんで心の中が分かるのかって? だから言ったじゃん。俺、魔王だって」
「……マジ、なのか」
自称魔王は腰をかがめると、久我山に手を差し出した。
「さあ、立てよ晶。取引を始めよう」
手を取ると、魔王は晶を引き起こした。
「取引?」
「悪い話じゃあねえよ」
「みんな最初はそう言うんだよ」
吐き捨てるように晶は言った。
「まーまーまーまー。お前、騙されてタダ働きして色々イヤになってんだろ? だーかーらー」
「な、なんだよ。内臓でも売れってのかよ」
「ちげーよバカ」
いちいちイラっとさせる男、魔王。
「お前が俺の代わりに魔王になれ。俺がお前の代りやっといてやるから」
「は?!」
魔王はそう言いながら、久我山のコートのポケットに紙切れを突っ込んだ。
「あとは向こうで好きにしてくれればいい。その手紙を最初に会ったやつに渡せ」
向こうで好きにって……俺が魔王?
好きに?
好きにしていいの? あんなこととか? そんなこととか?
え? え?
脳内が一瞬でピンク色に染まった男、久我山晶。
だってしょうがないじゃない。そういうマンガ描いてたんだもの。
一瞬、魔王の口の端がつり上がったのを久我山は見逃さなかった。
「じゃ、商談成立ってことで」
「ちょっと、あの」
「たのしいぞ! あんなこととか、そんなこととか、存分にやってこーい! じゃーなー」
ドン。
魔王がいきなり彼をド突いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
足場があったはずの空中に、久我山は放り出された。
地上数百メートルの高さから落下した俺が、最後に聞いたのは、
自分の体が地面に叩きつけられて、臓物をブチ撒けた音……のはずだった。
☆
その直前。
師走に入って間もなくのこと。
自分が関わった同人誌が出ないと知ったのは、夜中の牛丼屋でメシを食ってる最中だった。
「ふざくんなよッくしょ~~~~~~~!」
店を出てすぐ、同人作家・久我山晶はシャウトした。
店内で即叫ばなかったのは、わずかに残った自制心のおかげか。
有償のゲストだった。
だがギャラは払えねえと同人ゴロは言いやがった。
流行アニメの二次マンガを十数ページほど。
納品はとっくに済んでいる。
久我山が、借金返済やら機材を買おうと当て込んでいた金だった。
おまけに、参加する他のプロにも紹介してやるだの、商業の仕事を回してやるだの、今にして思えば甘言としか思えないようなプレミアム感満載の誘い文句で、――釣られた自分もアホだった。
普段はしがないフリーターの久我山でも、都会で何とか生きていけたのは、こうした雇われ同人作家の仕事をしていたからだ。
新規の客にはあんだけ注意しろ、って友人にも言われていたのに……。
あーあ。
こんなことばっかやってても名前は売れないし、もううんざりだ。
人生やりなおしてえなあ……。
「よう。俺と代わってくんねえか」
とぼとぼと久我山が夜道を歩いていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
この寒空にアロハシャツ一枚でガードレールに腰掛けている。
(絶対ヤバイ人だこいつ……逃げよ)
「おい待てって! 久我山晶!」
「!」
男の前を通り過ぎて3メートルほど、彼はピタリと足を止め、錆びた機械のようにギギギ……と首を回した。
「あんた……誰」
男はまるで古風なヤクザのように、腰を落とし、左手を腰に、右手を前に差し出して見栄を切った。
「俺か? ――一応、魔王やらせてもらってます」
……なにそれ。
久我山晶と呼ばれた男は、コートのポケットをまさぐり、携帯を探した。
男が己の名前を知っている以上、ここで逃げても面倒事は解決しまい。
「ん~、信じてない? まあ、しゃあねえか」
彼は任侠的挨拶のポーズを解いて棒立ちになると、いい具合に街灯を浴びた男の容姿が浮かび上がった。
見た目アラサーのその男、何かで鍛えているのか体格はがっちりとしているが、顔や髪はチャラ目の、まあイケメンおっさんだ。しかしチンピラと言うには余裕、いや、威厳がありすぎる。
パチン。
男が指を鳴らした直後、それは起こった。
☆ ☆ ☆
……こ、ここは。
眼下に広がる美しい帝都の夜景。
ざっくり言って高さは300メートル以上あるだろう。
だって、東京タワーより上から見下ろしてるんだから。
自分と男は、宙に浮いていた、いや、立っていた。
「お、おい……なんだよこれ……」
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。
あまりに怖くて立っていられず、久我山は四つん這いになった。
「そんなに怖いか? 安心しろ。落ちはしねえよ。今んとこはな」
男は足下をトントン、とつま先で叩いた。
まるで見えない地面があるみたいだ。
(こんなの夢に決まってる……、きっとヤケになった俺が見ている夢だ)
「夢じゃねえよ?」
「!?」
「なんで心の中が分かるのかって? だから言ったじゃん。俺、魔王だって」
「……マジ、なのか」
自称魔王は腰をかがめると、久我山に手を差し出した。
「さあ、立てよ晶。取引を始めよう」
手を取ると、魔王は晶を引き起こした。
「取引?」
「悪い話じゃあねえよ」
「みんな最初はそう言うんだよ」
吐き捨てるように晶は言った。
「まーまーまーまー。お前、騙されてタダ働きして色々イヤになってんだろ? だーかーらー」
「な、なんだよ。内臓でも売れってのかよ」
「ちげーよバカ」
いちいちイラっとさせる男、魔王。
「お前が俺の代わりに魔王になれ。俺がお前の代りやっといてやるから」
「は?!」
魔王はそう言いながら、久我山のコートのポケットに紙切れを突っ込んだ。
「あとは向こうで好きにしてくれればいい。その手紙を最初に会ったやつに渡せ」
向こうで好きにって……俺が魔王?
好きに?
好きにしていいの? あんなこととか? そんなこととか?
え? え?
脳内が一瞬でピンク色に染まった男、久我山晶。
だってしょうがないじゃない。そういうマンガ描いてたんだもの。
一瞬、魔王の口の端がつり上がったのを久我山は見逃さなかった。
「じゃ、商談成立ってことで」
「ちょっと、あの」
「たのしいぞ! あんなこととか、そんなこととか、存分にやってこーい! じゃーなー」
ドン。
魔王がいきなり彼をド突いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
足場があったはずの空中に、久我山は放り出された。
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