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1章

29――黒田――

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 自然的に浮上する意識に逆らわず、黒田が重たい瞼をあげる。憑き物が取れたようなさっぱりとした瞬きで、昨日の出来事を顧みた。 
 
 「ああ、ヒロキさん」下敷きになっている田淵が唸り、顰めっ面で眠っている。

 少し腕を伸ばして田淵との距離を取れば、呼吸が一定になって、先ほどの唸り声もなくなった。息苦しそうな表情の奥からは、あどけなさだけが明るみになる。

 彼の名前を呼んでも、当然の如く、返事はない。だが、此処にいる。黒田の部屋に、身を委ねたまま。

 田淵の寝顔を見たのが酷く懐かしい。——否、それは錯覚であることくらい、黒田にも理解のうちだ。それほど、田淵の帰る望みの薄い一日が黒田にとっては生き地獄も同然だった。
 そして、今更、つんとさせる酸性のキツイ臭いが鼻を刺激する。

「そういえば、風呂に入ってなかったっけ」

 脇元に顔を寄せると、さらに男臭がして田淵に罪悪感が募った。「こんな臭いのに下敷きにされて……そりゃ、あんな顔もしたくなるよな」。
 
「それにしても……昨日、めちゃくちゃ興奮したことだけは覚えてるんだけど、ヒロキさんの服がさほど乱れてないのを見る限り……」

 黒田は深い息を吐く。「力尽きて、しくじったな」。

 田淵を襲っていなくて結果オーライの部分はあれど、焦燥感がこれといってないのは、嬉しい誤算だ。
 黒田は、今度こそ押し潰さないように田淵の隣に転がり、彼を抱き抱えるようにしてうなじを吸う。

 毎朝、このように確認することを日課としよう。
 昨日みたく、逃げられないように、逐一、彼の変化を目敏く。

「んんぅ……」

 田淵が寝相でこちらに向く。そして、黒田の思惑を知る由もないのに、正面から抱きしめ返された。

 「……」黒田は彼の腕に隠れて、暗涙に咽ぶ。静かに流す涙は、静寂な朝とよく似ていた。

「おはよう黒田君」

 声が聞こえれば、既に涙を引っ込めた黒田は意気軒昂と挨拶を返す。
 それに田淵が破顔するので、この笑顔を取られないよう気を引き締めることを神に誓った。

 幸福を分け与えてくれるのなら、彼の破顔した笑みと引き換えに、己の警戒心を常に作動させ続ける、と。

 微笑する彼に底は感じない。そして、ゆっくりと視線がぶつかり、お互いの気が引き合って、キスをする。
 完璧な流れで、お互いが想い合っているからこそ為せる業だ。

「黒田君、見過ぎだよ。視線が痛くて起きちゃった」
「っそ、そうかな?」
「あれ、硬い黒田君、なんか新鮮」
「しょ、しょうがないよ。昨日は結局エッチなしで寝ちゃったし」

 「ヒロキさんが戻ってきてくれて、すごい安心してるんだから」と言いつつも、鼓動が高鳴っていることに黒田自身が戸惑っていた。
 
 他意のない好意だけを向ける田淵に、黒田が適応できていないことはすぐに把握できた。

 「まだまだ学生さんですね!」と田淵が笑う。

(ヒロキさんが俺を初めてからかった……)

 優位に立っている自負があるのか、田淵はやけににんまりとしている。黒田には興奮の要因にしかなり得ないので、「思春期の俺の相手でもしてもらおうかな!」と無造作にかけてあった毛布を剥ぎ取って、床へ落とした。
 昨日も跨った田淵の腹上からの景色。
 
 このような眺めであったか。

 「朝から?!」

 田淵からからかわれたことがあっただろうか。いや、ない。
 優位に立ってる自負があるらしい、にんまりして黒田の頬をつつく。

 「じゃあ・・・・・・まだ学生だから、思春期の俺の相手を今からしてもらおうかな!」無造作に掛けてあった毛布をばさりと床に落として、田淵に跨る。

(あ、そういえばキスマーク消えてる――濃く付けておこう)

 直接的な束縛は、もう通用しない。今回のことで痛感した。
 黒田の体はいつになく汗臭い上に、田淵もそれを指摘しない。「朝からだからこそ、しようね」と田淵を堪能することにした。

 回数を追うごとに、嬌声の上げ方や誘い方も分かってきている田淵を上から揺すって、見下ろす。そして、脳裏に過ぎって消えない思惑が、尾を引いて連鎖する。

 ――本当に抱き潰してしまえば、その日一日は、外に出ることはない・・・・・・。

 悩みあぐねていれば、「っ黒田君! 裏のある顔してる、よ! また何か企んでるんでしょ!!」途切れ途切れに核心をついてきた。

「ほらっ、やっぱり・・・・・・。飛露喜君! その企み、僕にも教えてほしいな?」
「――本人に言ったら意味ないじゃん」
 
 絶頂間近の黒田は、強く田淵の中へ自身を押し付けて、大きい快感を互いに共有する。

「っ!! もう隠さなくていいんだってば!」

 「だって、好き同士・・・・・・なんでしょう?」生理的な涙を浮かべながら、必死で快感に耐えて訴えてくる。

「あぅ――っんん!!」

 田淵が派手に果てる。同時に黒田も長めの絶頂を迎えた。


 
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