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1章
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「……黒田君?」
「え、あ、えっと。突然すぎてビックリした」
その言葉に嘘はないようだ。黒田が目を丸くしているのはレアだ。
一瞬、黒田が黒い笑みをしていたが、逆に考えれば一緒に済むようになって数ヶ月と経つのに。今で爽やかさと気遣いのできる優しさしか知らなかったことの方が不自然だと結論づけると、あとは多少のブラック黒田を容易に受け入れてしまった。
「あの、何度も言わせるようでゴメンなんだけど、好きって言うのは、恋愛的な意味で捉えてもいいのかな」
するりとこちらへ戻り田淵の腕を掴む。
「……うん。合ってるよ」
「……」
黒田が思いの外、沈黙を破ってこない。そして、気付いてしまう。警鐘の原因は、どこか黒田が自分を特別視している自負があったからだと。図の乗り過ぎに警戒してくれていた自身の本能を、無視したのは紛れもなく田淵自身だ。
「僕にはもったいない人っていうのは百も承知なんだけど……」
「何でそんな卑下するの」
「だって、僕なんか好きとか言っちゃって、申し訳なくて……」
掴む手に力が入れられている。少しだけ痛い。「どうして?」。
「僕、黒田君よりも5コも年上なのに助けられてばかりだし、それに甘えてる僕が情けないし、将来有望株な黒田君の貴重な学生時代の時間を奪ってると思うと——」
田淵の言葉に間髪入れずに頭を撫でながら黒田は諫める。
「正直、俺は今の研究が上手くいったとして、それが幸運にも学会や論文雑誌に掲載されることになったとして——有望株の研究職や学者にはならないよ。どちらかと言うと、お金を得るしくみを作りたいと考えてるから、お金の稼ぎ方を知ってるヒロキさんについてた方がよっぽど勉強になるんだ。つまり、何が言いたいかと言うと、貴重な学生時代の間に、ゼミに時間を取られることの方が俺にとっては時間を奪われてる」
「あ、詳しくは聞かないけど、きっと高層マンションに住んでも平気なくらいは稼いでるでしょ? ヒロキさんのやり方で、しくみを作ってお金を稼げるようにしてるんだから、俺はとても素晴らしいと思ってるよ」矢継ぎ早に田淵の金銭事情を把握した旨の言葉が、息を吐くように流された。
それに呆気に取られていると、今度は雰囲気を一変させ、早朝ではあまり見たことのないギラついた眼を向けられる。
「それより……さ。今俺のミッションは朝ごはんを作ることなんだけど、その俺におかずが用意されちゃって、さ。先に食べちゃいたいなと思ったんだけど、どう?」
「……え、えと。じゃあ、僕は別で朝ごはん自分で作っちゃうから、先食べてていいよ?」
「——……はぁぁぁ。うん、そうだね、俺朝ごはんの準備してくるね。それからおかずの争奪戦と行こうか」
田淵にはあまり伝わらず、黒田が告白の件を見送る形で部屋から出て行った。どうやら、朝食は田淵の分も含まれているようで、朝から品数の多いおかずが二人のランチョンマット上を堂々とどん座っている。
「さて、ヒロキさん。朝ごはんができたわけですが」
「は、はい。ちょっと待ってね」
珈琲を担当している田淵に、早く座れと催促の笑みが飛んでくる。芳醇でコクの深いのが好みな田淵に、ブラックコーヒーは告白と言う一大イベントを終えた戦士の傷を癒す。
一緒に住んでいて、話を持ち帰るところがないのに、やんわりと受け流されたということは、である。
二人分のマグカップを両手に席に着く。マグカップがお揃いの物しかなく、より田淵を図に乗らせた原因でもある。今は少しだけ、それが忌々しい。
「さて、俺はここでオカズを食べたいわけですが」
「……? うん、食べなよ? どれも美味しそうだよ?」
「ほーう、ヒロキさん。どれも美味しそうなんだね」
「上手に出来てる……」
「じゃあ、俺のイチオシ一緒に食べない?」
彼はどうやら不満を抱えているらしく、「高校生の青春じゃないんだから、そろそろ気付いてくれないと恥ずかしいんだけどなぁ」と自分で言って気恥ずかしくなってしまったようだ。
「ま、まぁ。こういうイレギュラーなら大歓迎だけどさ!」
「ま、恥ずかしいことはとりあえず置いとくとして、一緒に食べようか。俺の作ったオカズを」と片方の口角を緩く釣り上げて、いつか見たニヒルな笑みをまた見せてくれた。
余程の食い気があるとみた田淵は「いいね。僕も頂きます」と合掌する。
「うん、俺も。イタダキマス」
卓上に並ぶ珍しい品数の朝食の上を通過し、黒田の顔が田淵へと接近する。取り分けるには田淵と絡ませる視線が熱い。
そして、触れるだけのキスを彼は田淵にお見舞いする。
「うん! 予想通り、丁寧な仕上がりで美味しいですね」
「え? 黒田君?」
「後で温めるから、ね? ヒロキさんをイタダキマスしたんだから」
「おいで」黒田は自分で作った豪勢な朝食たちと視線を合わせることなく、向かいに座る田淵を誘導する。
それにはあまり恋愛経験の少ない田淵はまんまと誘導され、自ら彼の胸に収まりに行った。
気持ちを伝える前より習慣化していたこともあってか、ハグ「くらい」はと思えるようになっていた。
無論、断られる前提で覚悟を決めようとしている最中であったので、感情の整理がつかぬまま唇を重ね、抱擁する手に力が入る。
「一緒に食べるって言ったんだからね、言質取ったよ」
抱擁から彼は田淵の手を引いて、付近のソファに座りながら自然と田淵を下に組み敷いていく。
(黒田君が男の顔してる……)
田淵もようやく黒田のいう「イタダキマス」の意味を理解出来た頃――黒田の瞳には田淵自身も自覚したことのある「欲情」が広がっていた。
「え、あ、えっと。突然すぎてビックリした」
その言葉に嘘はないようだ。黒田が目を丸くしているのはレアだ。
一瞬、黒田が黒い笑みをしていたが、逆に考えれば一緒に済むようになって数ヶ月と経つのに。今で爽やかさと気遣いのできる優しさしか知らなかったことの方が不自然だと結論づけると、あとは多少のブラック黒田を容易に受け入れてしまった。
「あの、何度も言わせるようでゴメンなんだけど、好きって言うのは、恋愛的な意味で捉えてもいいのかな」
するりとこちらへ戻り田淵の腕を掴む。
「……うん。合ってるよ」
「……」
黒田が思いの外、沈黙を破ってこない。そして、気付いてしまう。警鐘の原因は、どこか黒田が自分を特別視している自負があったからだと。図の乗り過ぎに警戒してくれていた自身の本能を、無視したのは紛れもなく田淵自身だ。
「僕にはもったいない人っていうのは百も承知なんだけど……」
「何でそんな卑下するの」
「だって、僕なんか好きとか言っちゃって、申し訳なくて……」
掴む手に力が入れられている。少しだけ痛い。「どうして?」。
「僕、黒田君よりも5コも年上なのに助けられてばかりだし、それに甘えてる僕が情けないし、将来有望株な黒田君の貴重な学生時代の時間を奪ってると思うと——」
田淵の言葉に間髪入れずに頭を撫でながら黒田は諫める。
「正直、俺は今の研究が上手くいったとして、それが幸運にも学会や論文雑誌に掲載されることになったとして——有望株の研究職や学者にはならないよ。どちらかと言うと、お金を得るしくみを作りたいと考えてるから、お金の稼ぎ方を知ってるヒロキさんについてた方がよっぽど勉強になるんだ。つまり、何が言いたいかと言うと、貴重な学生時代の間に、ゼミに時間を取られることの方が俺にとっては時間を奪われてる」
「あ、詳しくは聞かないけど、きっと高層マンションに住んでも平気なくらいは稼いでるでしょ? ヒロキさんのやり方で、しくみを作ってお金を稼げるようにしてるんだから、俺はとても素晴らしいと思ってるよ」矢継ぎ早に田淵の金銭事情を把握した旨の言葉が、息を吐くように流された。
それに呆気に取られていると、今度は雰囲気を一変させ、早朝ではあまり見たことのないギラついた眼を向けられる。
「それより……さ。今俺のミッションは朝ごはんを作ることなんだけど、その俺におかずが用意されちゃって、さ。先に食べちゃいたいなと思ったんだけど、どう?」
「……え、えと。じゃあ、僕は別で朝ごはん自分で作っちゃうから、先食べてていいよ?」
「——……はぁぁぁ。うん、そうだね、俺朝ごはんの準備してくるね。それからおかずの争奪戦と行こうか」
田淵にはあまり伝わらず、黒田が告白の件を見送る形で部屋から出て行った。どうやら、朝食は田淵の分も含まれているようで、朝から品数の多いおかずが二人のランチョンマット上を堂々とどん座っている。
「さて、ヒロキさん。朝ごはんができたわけですが」
「は、はい。ちょっと待ってね」
珈琲を担当している田淵に、早く座れと催促の笑みが飛んでくる。芳醇でコクの深いのが好みな田淵に、ブラックコーヒーは告白と言う一大イベントを終えた戦士の傷を癒す。
一緒に住んでいて、話を持ち帰るところがないのに、やんわりと受け流されたということは、である。
二人分のマグカップを両手に席に着く。マグカップがお揃いの物しかなく、より田淵を図に乗らせた原因でもある。今は少しだけ、それが忌々しい。
「さて、俺はここでオカズを食べたいわけですが」
「……? うん、食べなよ? どれも美味しそうだよ?」
「ほーう、ヒロキさん。どれも美味しそうなんだね」
「上手に出来てる……」
「じゃあ、俺のイチオシ一緒に食べない?」
彼はどうやら不満を抱えているらしく、「高校生の青春じゃないんだから、そろそろ気付いてくれないと恥ずかしいんだけどなぁ」と自分で言って気恥ずかしくなってしまったようだ。
「ま、まぁ。こういうイレギュラーなら大歓迎だけどさ!」
「ま、恥ずかしいことはとりあえず置いとくとして、一緒に食べようか。俺の作ったオカズを」と片方の口角を緩く釣り上げて、いつか見たニヒルな笑みをまた見せてくれた。
余程の食い気があるとみた田淵は「いいね。僕も頂きます」と合掌する。
「うん、俺も。イタダキマス」
卓上に並ぶ珍しい品数の朝食の上を通過し、黒田の顔が田淵へと接近する。取り分けるには田淵と絡ませる視線が熱い。
そして、触れるだけのキスを彼は田淵にお見舞いする。
「うん! 予想通り、丁寧な仕上がりで美味しいですね」
「え? 黒田君?」
「後で温めるから、ね? ヒロキさんをイタダキマスしたんだから」
「おいで」黒田は自分で作った豪勢な朝食たちと視線を合わせることなく、向かいに座る田淵を誘導する。
それにはあまり恋愛経験の少ない田淵はまんまと誘導され、自ら彼の胸に収まりに行った。
気持ちを伝える前より習慣化していたこともあってか、ハグ「くらい」はと思えるようになっていた。
無論、断られる前提で覚悟を決めようとしている最中であったので、感情の整理がつかぬまま唇を重ね、抱擁する手に力が入る。
「一緒に食べるって言ったんだからね、言質取ったよ」
抱擁から彼は田淵の手を引いて、付近のソファに座りながら自然と田淵を下に組み敷いていく。
(黒田君が男の顔してる……)
田淵もようやく黒田のいう「イタダキマス」の意味を理解出来た頃――黒田の瞳には田淵自身も自覚したことのある「欲情」が広がっていた。
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