心、買います

ゴンザレス

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1章

1-5

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「くそっ! 会長の前だけへらへらしやがる愚民どもが」

 陰口を叩く上級生が次々と校門を通り過ぎる。それを黙って見送り、ぎりぎりと歯軋りをさせて苦渋の表情を浮かべる。
 立野がまだ一年ということもあってか、風当たりはさらに強くなっている。

「愚民はどっちだよ」
「あぁ?!」
「おっと、会長がいなくなると会長不足で機嫌が悪くなってんのか?」
「お前ら・・・・・・ここのカースト制度は健在だ、覚えとけ腑抜け野郎ども・・・・・・」

 上級生のある集団の売り言葉をふつふつと怒りを顕にしながら買ってみせる。
 立野を囲む上級生らは、制服こそ着崩さず、校則違反の類は見受けられないが、会長に群がる「にわか」が許せない。

「はっ、カースト制度? それを復活させて一番がっかりするのは、俺らじゃねぇよ。俺らはカースト制度が復活しても生き抜けるだけの能力は平均よりあるからな」

 じり、詰め寄り立野を上から見下ろす。一際小さい立野はそれに応戦するかのように、決して俯きはしない。

「っ・・・・・・黙っていればいいものを、僕に突っかかるなんて」
「金魚のフンは除去してやんなきゃ、金魚が不衛生だろ」

 そこまでにしとけ、立野の目線は奴らの肩の位置で、奥がよく見えない。囲う奴らの縫い目から、自分と同じ背丈だが、頭皮をいじめ抜いた金色の髪をした人が仲裁に入る。

「あ?」
「人数がフェアじゃないだろ、見る限り相手一年やぞ。恥ずかしいと思わないのか先輩」
「こいつが何言ったか知らねぇくせに、勝手な横入りはうざいぞ」
「はぁ、じゃあ、俺はここをとっとと去るから、せめてフェアにしてやれよな」

 立野は縫い目からでも目立つ柳瀬に、自然と舌打ちが出てしまう。同じ背丈で、同じようにビクついているわけでも、おどおどしているわけでもないのに、上級生らと対等にやりあっているような気がしてならなかった。

「フェア? んなの関係ねぇよ。だってこいつ、副会長の役しやがって、カースト制度は健在だって言ったんだぞ」

 ん? 眉をひそめる柳瀬。そして、柳瀬からの擁護の言葉はここで一旦途絶える。それから暫くして、「おい、一年。ここの学校のカースト制度を知った上で、健在と言うなら、とんだ武将だな。でも、それ撤廃しようとわざわざ生徒のトップにまで上り詰めたヤツの行動が、生徒によってまた瓦解されるなんて知ったら・・・・・・可哀想だと思わねぇ?」囲んでいた上級生を押し退け、胸ぐらを掴む。

「一条、会長が、カースト制度撤廃のために・・・・・・?」
「それ知らねぇで、健在なんて言ったんなら、まだ一年だし、情状酌量ってことで今回は聞かなかったことにしてやる。ほら、この先輩方もそうするってよ」

 な? 輪の中に入り込んだ柳瀬は周りの上級生を一瞥し、同意を促す。しかし、上級生らはそれでも腹の虫が収まらないと、柳瀬と視線すら合わせなかった。それに柳瀬は大きく舌打ちをする。

「そうするよな」

 より凄みを増した柳瀬に上級生らは何も言い返せなかった。校則違反を平気でし続ける神経は、きっと正常ではない。不良は聞き分けのない駄犬と言わんばかりに、上級生らが折れたというような構図が出来上がってしまった。
 それに何より、そんな駄犬が会長を庇い、立野に牙を見せたことが衝撃だった。

「じゃ、俺はここでおいとまする。ギリギリに来てんだから、多分もうすぐ本鈴鳴るぞ」
「うわ、まず。欠席なんてすれば就活困るぞ、まじで」

 柳瀬の一言で大人しい三年生に戻り、そそくさと去っていく。風のように過ぎた出来事の中で、立野は「カースト制度撤廃のために、一条はトップになった」事実を反芻する。
 あのように吠えちらかす上級生が大人しくなるくらいには、ここの学校の生徒と教師のバランスに偏りができている。それも、王様と家来と言わんばかりの格差が今でも少数の教師に根付いていた。
 それを知った上で、復活を望む立野にとって、一条の会長になった理由がどうにも理解し難く、無下にもできなくなってしまった。
 そして、あの金髪が会長のことを知ったように口を利いたことが、何より許せない。

 苦虫を潰したように、顔をしかめた。
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