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第十九話:話し合い。

19話し合い。

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自分のアホさ加減に怒りを通り越して泣きたくなった。

服装もドレスのままで、やっぱり手元に御札は無い。

春秋との手はずだと、本体が章の居る側だった場合、形代かたしろを使ってミタマを呼び出す事になっていた。

それなのに、手元に御札は無い。

そして繋がれた足。

出ることの出来ない部屋。

絶望以外の何があるのだろうか。


「終わった。……詰んだ。ごめんみんな……」


ここで土下座したところで怒ってくれる者は一人として居ない。

それがとても虚しくて、心細い。

起き上がって、自分の頬を強く弾く。


(しっかりしろ私。逃げる事を今思いつかなきゃ、次なんて無い)


紗紀は祈るように手を組み、脳みそを未だかつて無い程にフル回転させた。

そしてふと思いつく。


(これだ!一か八か、やってみるしかない!)


「誰かー!!誰か居ませんかー!!」


精一杯声を張りあげて、人を呼んでみた。

逃げることを極端に嫌う彼ならば、誰かしら扉の前に見張りを立てているに違いないと考えた。

その予測は的中し、一つしかない出入り口である扉が開いた。

中へ入って来たのは紅葉と呼ばれていた彼女だ。


「どうされました?」

「あの、お手洗いに行きたいです」


紗紀の懇願に、紅葉は少しだけ思考が止まった。


「そうですか、分かりました」


けれど、気にした素振りもなく淡々とそう答えてベッド側の足枷を外すと、そのまま扉の方へ歩き出した。

紗紀に繋がった足枷の鎖を、紅葉が握っている。

それはまるで犬の散歩でもするかのような光景に近かった。


「こちらです」

「ありがとう、ございます」


紗紀はなんとも言いがたい気持ちになったが、諦めたように切り替えた。

彼女の後ろを歩きながら小さくガッツポーズをする。

可能性が少しだが見えた気がした。


(とりあえず出られたもん!第一難関突破!)


「そう言えば、私が着て来た着物ってどこにあるんですか?」


無言で歩くのもなんだし、と、何食わぬ顔をして情報を引き出そうと話題を振ってみた。


「捨てましたわ」

「ええっ!?どこに?」


まさかの返答に面食らう。


「貴女にはもう、必要の無い物です。貴女は章様の奥様になり、章様の決められた衣装を身にまとうのですから」


そう話す紅葉の顔は、紗紀には見えない。


「そんな……!あれは大事な物なんです。お願いします。返してください」

「出来かねます」


キッパリとお断りされて、紗紀は地獄にでも叩き落された気分になった。

さっきまでの行けそうな予感がガラガラと音を立てて崩れ去る。


「こちらがお手洗いとなります」


そう案内してくれたのはいいけれど、トイレのドアの目の前で待機されては逃げようが無い。

紗紀はトイレの中で途方に暮れた。


(このままだとまた部屋に戻される)


逃げるチャンスはもはや今しかない。


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