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第十一話:七曲。

12七曲。

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「……ちょっと、目の前で何してるのじゃ?九重」


驚いた顔をしていた雪音が、厳しい表情をして九重を見下ろした。

けれど九重は気にした様子も無く、紗紀の手に触れた自分の手の平をマジマジと見ていた。

不思議に思う雪音が首をかしげる。


「あ、あの……すみません。手、大丈夫ですか?」

「……なるほど。……だいぶ定着して来たようだな」


みょうな間の後に九重は言葉をつむぐ。

九重を見る紗紀の手の震えは、やっと落ち着き始めた。


「……本当ですか?もうすぐ、ですかね。何か目に見える形で分かるといいんですが……」


ホッとして笑う紗紀に、九重はフッと笑うと立ち上がる。


「まぐわえばもっと早いんだろうがな」

「まぐ……?」

「九重。昼間っから馬鹿な事お言いでないよ!」


言葉の意味が分からず小首をひねる紗紀に、雪音はマイナス零度れいどの視線を向ける。

寒さが一層増した。


「手っ取り早い方法を上げたまでだ。効率的だろ?」

「効率的なのは分かるが、年若い娘に面と向かって言う事かえ?」


言い争いになる二人を紗紀は必死になだめる。


「そういうものか。……フン。まあいい。飯の支度が出来たら呼んでくれ」


それだけ言って居間を出る九重の背中を見送った。


「まったくあの男は節操せっそうがないのかね」

「あ、あの……雪音さん。まぐわうとはなんですか?」

「……」


言葉の意味を理解していない紗紀を見て、雪音は安堵あんどの息を吐き出す。


「アンタはまだ知らなくても良い。おいおいな。うん、そう、おいおい」


そんな言いづらい事なのだろうか。

益々ますます気になってしまう。


(それにしても……)


またやらかしたと紗紀は自分の手をさする。

過敏になり過ぎている。

このままでは色んな人に迷惑をかけねない。

分かっているのに、それでも体が恐怖に敏感に反応を示していた。

そう簡単に忘れられるはずがない。

怖かったのだ。

とても。

力強く抵抗出来ない恐怖を身にみて体験したのだから。


「……強く、なりたいな……」


自分の身すらまともに守れない無力さに落胆らくたんする。

そんな紗紀の頭を雪音がぐしゃぐしゃにで回した。


「わわっ!?え!!な……っ!?」

「あっはは!アンタは充分強いじゃろう?ここに居るみんなが知ってるよ。だから……力を求め過ぎて沼にハマったらいけないよ。抜け出せなくなるからね」


紗紀の髪を丁寧に整えるとその背をポンと叩いて、雪音も部屋を後にした。

叩かれたその部分から体全身に巡るように温かくなっていく。

不思議だ。

雪音の手は雪女だからか冷え切っていたのに。


◇◆◇

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