上 下
13 / 28

11'

しおりを挟む
〈鍵はポストに入れておきます〉
 そのメッセージを見た時に何が書いてあるのか理解ができなかった。

 メッセージを送ってきた相手は同棲相手の雅だ。
 そう言えば今朝、話をしたいと言っていたけれどそれと何か関係があるのだろうか?

 鍵はポストに入れておくって、どう言う意味だ?!

 疑問に思いながらも時計を見ると就業時間まであと僅かしかないため電話をすることはできない。
〈どう言う意味?〉
 本気で分からず取り敢えずメッセージだけ送っておいた。雅のことだ、メッセージに気付けば返信してくるだろう。
 自分のそんな考えが事態を複雑にする事になるなんて、この時は全く気付いてなかったんだ。

 メッセージを送っておけば雅からリアクションがあるはずだ。

 何を根拠にそんな風に思っていたのだろう。自分のその思いは昼の休憩になっても既読のつかないメッセージを見てやっと間違いなのだと気付かされた。

〈鍵って、何で?〉
 もう一度メッセージを送ってみるけれどやはり既読にならない。普段ならこの時間にメッセージをすればすぐに既読が付き返信が来るはずなのに。少しだけ不安になり雅の番号を呼び出すと通話ボタンを押してみる。
 呼び出し音はするものの、通話が繋がることはない。流石におかしいと思いもう一度メッセージを送り、その間に電話をかけてみる。

〈どういうこと?〉
〈電話に出て〉

 そう言えば雅は話がしたいと言っていたはずだ。

〈話がしたい〉
〈何で?〉
〈今夜は早く帰るから〉

 雅の気を引けそうな言葉を送り、その合間に通話を試みる。これだけ連絡をしているのにリアクションがない事にやっと不穏な空気を感じ始めたのだ。

 休憩時間を全て連絡に費やしても雅からは何のアクションも無く、今朝の雅を思い出して焦りはするものの仕事を放棄するわけにはいかず、仕方なく仕事に戻る。

 その時だった。
 メッセージの受信を知らせるバナーが見えたためスマホを開いてみる。
 そこには自分が送った大量のメッセージに続き〈お幸せに〉と一言。
 その後に続く写真とスクショ。

 それを見て絶句してしまった。
 この写真は何だ?
 このメッセージのやり取りは何だ??

 就業時間なのも忘れて通話ボタンを押すものの、もちろん反応は無い。
 本当なら今すぐに雅が出るまで何度も電話をしたかったけれど、流石にそれはできず就業時間が終わるのを待つ。やらないといけない仕事は沢山あるし、何なら今日も残業の予定だったけれどそんな場合ではない。

 それにしてもあの写真とスクショは何だ。
 俺が服を着ずに寝ている写真やキスをしているように見える写真。
 服を着ずに寝ているのは身に覚えがあるけれど、キスは全く覚えがない。
 スクショに至っては送信元を見て頭を抱えるしかなかった。

 一体何をしてくれてるのだ。

 とにかく仕事を終わらせ、就業時間が終わると今日は残業が出来ないと上司に伝えてすぐにフロアを出る。
 その間にもメッセージを送り、通話を試みる。

〈仕事、もう終わった?〉
〈もう家にいる?〉
 通話を試みながら雅の気を引けそうなメッセージを送り続ける。

〈電話に出て〉
〈今から帰るから〉
〈話をさせて〉
 とにかく何でもいいからリアクションが欲しかった。駅に着くまでメッセージを送り通話を試みたけれど雅からは何の反応もなく、とりあえず電車に乗る。
 電車に乗って、部屋まで歩いて、30分後には帰宅できる。そうすれば少しは状況が掴めるだろうか?

〈電車に乗った〉
〈向かってくれてる?〉
〈待ってるから〉
〈今、何処にいるの?〉
〈電話に出て〉
〈お願い、帰ってきて〉
 電車に乗りながらもメッセージは送り続ける。

〈雅〉
〈無視しないで〉
〈お願いだからちゃんと話をしよう〉
〈ちゃんと話すから〉
〈あの写真、そんなんじゃないから〉
 とりあえず思いついた事をメッセージにして送ってみる。

〈誤解だから〉
〈写真、全然覚えがないんだ〉
〈何でも話すから〉
〈お願いだから〉
 自分でも必死すぎるとは思うものの、そうするしか出来ることがない。
 最寄りの駅に着くとメッセージだけでなく再び通話を試みる。
 既読が付くということは見てはいるのだろう。

〈鍵、ポストに入れておいたからあの子に渡したら?〉
 雅の状況を考えずに何とか捕まえようとした結果、届いたメッセージは完全に別れを意味するものだった。
 何がどうなっているのか本当に理解できず、再びメッセージを送る。

〈あれは違う〉
〈あの子とは何でもない〉
〈お願いだから話を聞いて〉
 送っても既読がつかなくなったことには気付いたけれど送るのを止められなかった。
 今諦めてしまったら本当に終わりだ。
 それにしても忌々しいのは雅が〈あの子〉と呼んでいる男のことだ。
 雅には何でもないとメッセージに書いたけれど、関係無いなんて嘘だ。ただ、雅の思っているような関係ではなくて聞かれればちゃんと答えられる関係なのに、それなのにややこしい写真やメッセージを雅に送ったせいで何故かこんな状態になっているのだ。

〈今、駅に着いた〉
〈このまま帰るから〉
〈雅も来て〉
〈鍵は開けておくから〉
 駅に着いて再び通話も試みる。
 相変わらず既読はつかず、コール音の後に電源が切れているとのアナウンスが流れる。何とかしたくてもこれではどうにもならない。

〈帰ってきて〉
〈今どこ?〉
〈迎えに行くからどこにいるか教えて〉
 メッセージを送りながら辿り着いた部屋で待っていたのは1枚のメモだった。

〈私物が残っていたら捨ててください〉
 キッチンのテーブルの上にそう書いたメモだけが残されていた。
 メモに書かれた言葉の意味がわからず戸惑ってしまったが、まさかと思い雅の生活スペースを覗いてみる。
 そして、絶望した。

 そこには何も無かったのだ。
 と言っても雅は衣類以外は何も持ってきていなかったので、衣類がごっそり無くなっていたのだ。
 定期的に入れ替えてたのは気付いていた。荷物が異常に少ないのも気付いていた。だから生活に必要な物は気付く度に買って置いておいたし、衣類はどこかに倉庫を借りたか、もしかしたら部屋を解約していないのかとも思ってはいた。
 ただ、付き合っている時から異常に住んでいるところを知られるのを嫌がっていたため気付いてないふりをしていたのだ。

 部屋を知られたくないのなら一緒に住めばいい。季節ごとに入れ替わる服も、どうなっているのかわからない部屋も、雅が話したくなった時に、雅のタイミングで話してくれればいいと思っていたのだ。

 焦って再び通話を試みる。
 メッセージに既読が付いたところを見ると電源を入れ直したのだろう。部屋に戻ったのだからメッセージに頼る必要はない。とにかく出るまで通話ボタンを押し続ける。

 留守電になったら切り、また通話ボタンを押す。何度同じ動作を繰り返したのだろう。その時、やっと雅が出てくれた。

「ーーー」
 何か聞こえたような気がしたけれど、聞き取れなかった。
「雅?今、何処にいるの?」
 とにかくそれが知りたかった。
 だけど聞こえてきたのは冷たい声。

「もう、関係ないよね。
 それよりも残業はどうしたの?忙しいんじゃないの?」
 答えるより先に質問してしまった。
「何処にいるの?」
 とにかく何処にいるのか、安全な場所にいるのか、それだけが知りたかったのだ。

「あのさ、今さら何?」
 こちらは焦っているのに雅の声は冷たくて、おまけに何を言われているのかが理解出来ない。
「今さらって、何言ってるの?」
 雅の気持ちを逆立てないようなるべく穏やかな声で言ってみる。何とか会話をできるようにしなくては。

「メッセージ見なかった?
 ポストに入れてあったでしょ?あの子に渡してあげなよ。毎晩仮眠してから帰ってくる必要も無くなるし」
「だから違うって」
「違わない。
 写真、アレで全部だと思ってる?
 
 メッセージのやり取りだってアレだけじゃないよ。まぁ、やり取りっていっても一方的に送られてきてただけなんだけど。
 今日は何を食べたかまでは許せるけどさ、体位だとか何回やったとか、どんなゴム買ったとか、どんなローション買ったとか、そんなこと送られてさ。

 話がしたくても帰ってこない。出ていく以外に僕にどうしろって…」
 雅の言っていることが理解できず言葉に詰まってしまう。送られてきたメッセージの内容にも全く身に覚えがない。

「話をしようにも帰ってこない、話したいって言えば帰ってからって…。
 もう、疲れたんだ」
 正直、雅がそんなふうに思っていたことに全く気付いていなかった。そもそもメッセージの内容にも写真にもほとんど身に覚えがないのだ。一部は心当たりがないでもないのだけど、今の雅に説明したところで納得してもらえるとは思えなくて何を言えばいいのかがわからず何も言えなかった。

「ついでに言うと、写真付きだから。
 写真だってまだ沢山あるんだからね。なんならハメ撮りも送ろうか?」
 そんな時に言われた雅の言葉だったけれど、それよりも聞こえてしまった物音に気を取られてしまった。
 後々このせいで雅との関係が悪化するのだけど、それよりも雅が誰かといるということに焦ってしまったのだ。

「誰かいるの?」
「友達。行くとこ無いから取り敢えず泊めてもらう」
「新しい男なのか?」
 雅の答えにカッとなってしまい、つい問い詰めるような口調になってしまう。

「あのさ、同じにしないでくれる?
 そもそも男が恋愛対象ってそこまで多くないからね」
「でも雅の今の話、聞いてたんだろ?」
「聞いてたよ。
 僕の恋愛傾向知ってるし。でも既婚者だからね」
 既婚者ということは本当に友達だと思って良いのだろうか?
「その彼の奥さんも雅のこと知ってるの?」
「知ってるよ。結婚式にも出たし」
 その答えに少しだけホッとする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

手〈取捨選択のその先に〉

佳乃
BL
 彼の浮気現場を見た僕は、現実を突きつけられる前に逃げる事にした。  大好きだったその手を離し、大好きだった場所から逃げ出した僕は新しい場所で1からやり直す事にしたのだ。  誰も知らない僕の過去を捨て去って、新しい僕を作り上げよう。  傷ついた僕を癒してくれる手を見つけるために、大切な人を僕の手で癒すために。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結】転生して女装男子になった俺は王子様に口説かれてます

紫乃
BL
普通の大学生だった俺が、転生したらまさかの美少年に生まれ変わっていた!? 可愛いものが好きだった俺は、これなら女装してもいけるんじゃね? という軽い気持ちで女装を始めたが……まさかそのせいで女だと間違われ、王子様に口説かれることになるなんて。 王子×女装男子 R18の回には、タイトルに※をつけています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

処理中です...