初恋の行方

佳乃

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case 3 健琥

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〈もうすぐ着く〉
 そう送ったのは貴之の家がだいぶ近くなってから。

 家の近くまで来たら怖気付くかと思った律希は、緊張してはいるものの少し嬉しそうだ。
 初恋の相手に会えるのだからきっと嬉しいのだろう、と思うものの僕にはその気持ちがわからない。僕の初恋は律希だけれど〈恋心〉を抱くことのない〈淡い初恋〉だったし、その後に誰かを好きになった覚えがないせいでいまいちピンとこない。
 貴之の家につき玄関のインターホンを鳴らすと律希は隠れるように僕の背に身体を移動させる。ここまで来て今更、とも思うけれど律希らしいと言えば律希らしい。久しぶりに会う貴之を直視する事に不安があるのだろう、きっと。
 この時期の2年は精神的にも肉体的にも成長が大きい。自分の思い描く貴之と相違ないだろうか。自分は貴之に呆れられない程度には成長しているだろうか。そんなことを考えているのかもしれない。
 そんな律希を気にしつつ、怪我をしたと言っていたから玄関が開くまでに少し時間がかかるかも、なんて思っていたらインターホンの音とほぼ同時にドアが開き「健琥さぁ、せめて塾出る時にメッセージ入れろよ」なんて声が聞こえてきた。

「久しぶり」とか「会いたかった」なんて挨拶じみた会話はなく、貴之が部活に入る前に3人で遊んでいた時と変わらない態度にニヤリとしてしまう。
「塾の後に寄るって言っておいたんだから問題ないでしょ?」
 だからこちらもその時のように嘯いてみる。物理的に距離を置いていても心の距離が離れないのは僕も同じようだ。だったら、僕よりも思いの強い律希が貴之を諦め切れないのもしかたのない事なのかもしれない。
「律希は相変わらず小さいなぁ」
 僕の後ろに立つ律希を確認したのか、そんな風に笑う貴之は中学の頃に比べて凛々しさを増し、部活をしていたせいかゆるい部屋着の上からも鍛えられた身体が見て取れる。
「貴之は大きくなりすぎじゃない?」
「まぁ、律希に比べたらね。
 でも健琥は同じくらい?」
「多分、身長は変わらないかな」
 離れていた2年はなかったかのように進む会話。
 見るからに体育会系の貴之と、中学の頃に比べれば背の伸びた僕、そして中学の頃と身長がほとんど変わらず華奢な律希。月日の流れは感じるものの、それでも変わらない幼なじみという関係。

「とりあえず入れよ」
 ついつい玄関先で話し込んでしまったけれど、貴之に促されて家に入る。貴之の家に来るのは久しぶりだけど、今までにも何回か来たことがあるため「お邪魔します」と挨拶をして家に入る。貴之の両親がいないことなど想定済みだけど「およその家に入る時はちゃんと挨拶をしなさい」と教えられたせいで、いないと知っていても自然と言葉が出てしまう。
「誰もいないよ」なんて貴之が笑うけれど一般常識の範囲内だ。

 それにしても部活を辞めるほどの怪我とはどんなものなのかと心配したけれど、階段を登る姿に違和感はない。それでも、家でじっとしているようなタイプではないはずの貴之が家に来て欲しいというのだから肉体的に回復をしていても、精神的には回復していないのかもしれない。
 律希も同じように思ったのか僕の顔を見るけれど、その戸惑いが伝わったのか貴之が苦笑いを見せる。
「別に怪我したって言っても部活を続ける事が難しくなっただけで生活に支障があるわけじゃないんだ」
 バツの悪そうな、言い訳のような言葉。
「下手に部活に行って後輩に気を遣われるくらいならサッパリ引退した方が部内の雰囲気も良いし。就職するにしても家継ぐんだから就活も必要無いし。
 少し早いけど仕事、覚えるのも悪くないかなと思って。
 夏休み終わればどっちみち引退だったし、少しだけ時期が早まっただけだよ」
 仕事を覚えるのなら受験生の僕たちに遊んでくれなんて言うなとも思ったけれど、貴之なりの強がりだと思えば仕方ないと思ってしまう。足にメスを入れたのだし、中学の頃から熱中していた部活だったのだから悔しくないわけがない。4月からは最高学年になるのだから最後の試合までひとつでも多く出たかったはずだ。
 そう言えば貴之は僕たちに弱音を吐くのを嫌い、こんな風にすぐに虚勢を張る奴だった。

「2人は進学だったよな?」
「だね」
 律希はまだ戸惑った顔をしているけれど僕まで黙ってしまったら会話が続かないから返事を返す。話しているうちに律希もペースを掴むだろう。
 そして貴之の質問が続く。
「やっぱりあの子のこと追いかけるの?」
 こんな場所で確認されると思わなかった〈僕の初恋〉の事。律希だって信じてるくらいだから貴之が疑うはずのない〈僕の初恋〉をわざわざ否定する気もないからそのまま話を続ける。
「そのつもり。
 今のままでも合格圏内だし」
 僕の答えに少し呆れたような顔を見せたけど、その気持ちを否定することも肯定することもなかった。
「律希は?」
「ボクも同じとこ行くつもり」
 その答えを聞いた時に貴之の微妙な顔は何だったのか。
「律希って、そんなに成績良かったっけ?」
「…それなりに」
 律希の答えが意外だったのか、貴之の顔が曇る。僕がこの街を出るのは知っていたけれど、律希までとは思ってなかったのだろう。僕だって、律希の想い人が貴之じゃなければ律希の進路に口を出すつもりなんてなかった。
「じゃあ、毎日受験勉強で忙しい?」
「それなりに」
 律希の言葉を聞いて大きなため息を吐いた貴之は「遊び相手がいないんだよ」
と苦笑いを見せる。律希が地元の大学に行くと言えば自分の相手をさせるつもりだったのだろうか。
「俺は引退したけど友達はまだ部活だし、夏に引退した後は就職試験だし。
 部活も無い、就活も必要ない俺って暇人なんだよ」
 苦笑いを見せながら困ったように言った貴之に、律希が何も思わないわけがない。隣でソワソワし出したことに貴之は気付いてはいないようだけど…。

「彼女と遊べ、彼女と」
 律希が期待しないようそんなことを言ってみるけれど、そもそも彼女がいれば僕たちは呼ばれることなんてなかっただろう。だけど、律希が思い止まるよう冗談めかして言ってみる。
「いね~よ、そんなの。
 部活忙しくてそれどころじゃなかった」
「じゃあ、作れば?
 お前、モテてただろ?
 好きな子とか、いないの?」
「基本、女子少ないし。
 他校とかマネージャーめちゃくちゃ可愛いのにうちのマネージャー、男だし。
 先輩、タオルとか言われても嬉しくね~っ‼︎」
〈男だし〉〈嬉しくない〉軽く言ったそのワードを律希がどんな思いで聞いているのかと気にはなったけれど、これが健全な高校生男子の本音だろう。僕が同じ立場でもマネージャーはできれば女の子がいいし、「先輩、タオル」と言ってタオルを渡してくれるのが健気に頑張る後輩ならこの娘のためにもと思うだろう。
 ちらりとその相手が律希だったらと想像してみるけれど…律希のために頑張ろうとは思えなかった。
 そんなものだ。
 
「友達は?」
「友達なんて部活一緒の奴ばっかだから見舞いすら来なかったし。まぁ、来るなって言ったんだけどな」
 そんな風に嘯く貴之は強がっているように見える。と言うか、貴之の事だから友人に対して必要以上に虚勢を張ったのだろう。
 だから学校とは無関係な僕たちに声をかけたのだろうけど、自分の行動で自分の首を絞める事になるのだなんて貴之らしいと言えば貴之らしい。

「だから本当に暇なんだって。
 幼馴染のよしみで暇な時でいいから遊ぼうぜ?」
「断る」
 優しい顔を見せるとすぐに調子に乗るから少しキツく言っておく。
「律希は?」
「律希も一緒に春季講習」
 どうせ諦める気はないのだろうけれど、それでも釘を刺しておかないと貴之も律希もなし崩しに約束してしまいそうだ。
「そんなに余裕無いの?」
 挑発するかのような言葉に溜め息ではなくて苦笑いが漏れる。気に入らないと相手を挑発して自分に従わせようにするなんて…全然成長してないじゃないか。

「余裕があるとか無いとか、油断してると足元掬われるから。貴之が真剣に部活をやってたみたいに僕たちは真剣に受験に向けて頑張ってるんだよ」
「…ごめん。
 久しぶりに会えたから嬉しくて…」
 僕の言葉に貴之が謝罪の言葉を口にする。…中学の頃に比べれば少しは成長しているかもしれない。

「別にさ、たまになら顔出すことはできるよ。でも貴之は時間ができて暇でも僕たちはこれからが勝負だから」
 苦笑いと共にそんなことを言ってしまった。そんな貴之に絆された僕が馬鹿だったのか、それともこの言葉が少しは抑制力になっていたのか。
 僕のその言葉に嬉しそうに「ありがとう」と言った貴之に律希が寄り添いたいと思ってたなんて、少し考えれば分かることだったのに、僕は止める機会を見逃してしまった。
 それが僕の過失。
 その後は会わなかった間の話をして離れていた時間を埋める。貴之の部活の話を目を輝かせて聞く律希と、僕たちの勉強量を聞いて顔色を悪くする貴之。
 工業高校の専門科目の話は聞いていて楽しかった。どうやら家を継ぐためにちゃんと頑張っているらしい。
 部活はかなり本気で、資格の取得も頑張っている貴之を少しだけ見直したのだった。
 3人で話すのは楽しかったけれど、顔を出したのが塾の後だったため外が暗くなってきたことに気づき「また、顔出すよ」と帰宅を告げる。

「玄関まで送るよ」
 そう言われ、見送られる形で帰宅の途につく。立ち上がる姿も階段を降りる姿も何の問題も無さそうだ。
「元気そうにしてたけど落ち込んでたね」
 貴之に手を振り歩き出すとすぐに律希が口を開く。
「絆されちゃダメだよ?」
 無駄だろうなと思いながらも釘を刺す。怪我を心配してヤキモキして過ごすくらいならと思ったけれど、僕の選択は間違っていたのだろうか。

「夏休み過ぎちゃえば友達も引退するんじゃない?」
 おずおずと律希が口を開くけれど、どうやらこちらも牽制が必要なようだ。
「だからそれまで貴之に付き合うって?」
「だって、大学行ったらどうせ会えなくなるんだし」
「そうは言ったけど、貴之が希望してるのはたまに会う友達じゃないよ?
 それこそ学校帰りに待ち合わせてどこか行ったり、家に遊びに来たり、行ったり。受験勉強を言い訳にして距離をとっておかないと自分が辛くなるんじゃない?」
「…そうだけど」
 人の気持ちなんて思うように動くものではないと知っている。だけど釘を刺しておけば多少は抑制力になるはずだ。
「夏には夏期講習もあるし、油断してると抜かれるよ?」
「…知ってる」
 歯切れの悪い返事に溜息を吐きそうになるけれどグッと我慢する。そもそも貴之に会うように勧めたのは僕なのだ。
「とりあえず、また明後日ね」
 翌日は塾が無いため2日後の約束をして別れる。きっと律希は貴之に連絡をするだろう。







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