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that day
紗凪
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「それに、大輝のベッド、安心できたから。
だから、大輝の部屋がいい」
自分から誘うように言ってしまったものの恥ずかしくて顔を見ることができず、その手を引いて大輝の部屋に向かう。
だって誰が使った寝具だとか、誰が選んだ物だとか、全く気にならないとは言わないけれど、それを気にし出したら身動きできなくなってしまうから。
貴哉と付き合うことになった当初、部屋の中に姉の存在を探さずにはいられなかった。
それまでは同居しているだけだったから自分の与えられたテリトリーから出ないように気を付け、家の中を変化させないようにして過ごした。勝手なことをして出て行けと言われるのが怖くて、ひとりの孤独を受け入れられるようになるまでなんとか引き延ばそうとしていたのかもしれない。
はじめて貴哉のベッドで過ごしたあの日はアルコールのせいで、どこで、何をされているかなんて全く分かってなかった。
次からは貴哉の言葉に従うしかなくて、姉も使ったベッドかもしれないと思いながらもそれを口にすることはできなかった。
気にしてしまえば全てに姉の気配が残っているように思えてしまうから。
ただ、家族として同じ家で生活していたのに姉の好みをほとんど把握していなかったせいで、姉の使っていたものが残っているのかどうかを判断する術はなくて考えても無駄だと悟る。
考えてみれば姉がこの部屋に来なくなって数年経っているのだし、姉が使っていたものが残っていたとしても姉以外の誰かが触った可能性だってある。
それどころか、姉以外の誰かと生活を共にした時期だってあるかもしれない。
そう考えると気にしたところで意味がないと思うしかなくて、ボク以外の誰かの気配を探ることをやめた。
見付けたところでソレを排除することもできず、毎日気にしながら生活するしかないのだから。
だから、大輝の元に戻った時にあまりにも変わっていない家の様子に安堵した。
調理器具は増えていたけれど使い込まれた様子はなくて、彼女が揃えたものだとしても抵抗は無かった。
もしも彼女が揃えた調理器具が拘りの物だったり、彼女の好きなブランドで統一されていたりすれば気になったのだろうけれど、シンプルで使いやすそうではあるものの、拘りを強く感じるような物ではない。
必要に応じて揃えられていった感のあるそれらは、彼女がいなくなったとしても大輝が扱いに困らない、もっと言えば大輝が必要ないと捨てても問題のないような物ばかりで、彼女の大輝に対する気持ちの表れだったのかと思ったりもしたほどだ。
必要ではあるけれど、不要だと思えば処分しても惜しくない物。
ここ数日この家で過ごして違和感を感じることはなく、唯一感じる違和感は使い慣れた家具の無いボクの使っていた部屋だった。
目が覚めると貴哉の部屋じゃないことに驚き、自分の部屋なのにその違和感に不安になり、数日前に大輝と共に過ごしたこの家に戻ってきたせいで違和感を感じるのだと気付きホッとするのがここ最近の朝の日課だった。
正直な気持ちをいえば事務所も共有部分も変化らしい変化はなかったけれど、大輝の部屋は変わっているのだろうと思っていた。
共有部分がほとんど変わっていないということは彼女は大輝の部屋で過ごしていたということだから、変わっているとしたらそこだと、彼女の名残があるとすればそこしかないと恐れていたけれど、目が覚めた時に見知った部屋だったことに安心した。
だから、そこなら安心できると思ったんだ。
彼女と生きると決めたはずの大輝が変えることなく過ごしていたそこは、人に染まることなく、人を染めることもなかったという証だと思ったから。
変化させることなく淡々と過ごしたであろうその部屋で、そんな大輝に染められたいと思ったから。
大輝の部屋に入り、ベッドの側まで行くとそれまで引いていたはずの手を引かれ身体の向きを変えられる。その手の強さに驚いて顔を上げたボクに気付いた大輝は「怖くない?」と不安そうな顔を見せるけど、「驚いたけど、怖くはないよ」と答えると「ごめん、我慢できなくて」と唇を重ねた。
それからのことはあっという間だった。
唇を重ね、舌を絡め、中断したことで燻ったままの熱を再確認するためにベッドに移動する。
「大丈夫?
怖くない?」
ボクを組み伏せている今、そんなことを言われても今更だと思うけれど、それでもそんな風に気遣ってくれることが嬉しい。
ボクだって貴哉と付き合う前に異性と付き合っていた時期もあるのだから男性の性衝動を理解している。そのせいで何度も何度もボクに確認する大輝に処女の相手をしてるわけじゃないんだからと笑いたくなってしまうけれど、自分の衝動を抑えてまで怖がらせないように気遣ってくれることが素直に嬉しかった。
「乱暴にされたり、無理矢理なのは怖いけど、普通にすれば大丈夫だよ?」
それでも、いちいち確認されるのが恥ずかしくて、もどかしくて、頭を抱き寄せ「でも、優しくしてね」と耳元で言ってみる。
「紗凪、それ、逆効果かも」
ボクの囁きにぴくりと身体を震わせた大輝は「優しくするつもりだけど、怖くなったら言って」と言うと、腕の力を弱めたボクとわざと目を合わせると、チュッと音を立ててキスをする。
正面から見つめらるのが恥ずかしくて顔を背けると、今度は耳朶に唇を寄せ、その唇は徐々に下に降りていく。
耳朶に、首筋に、鎖骨に。
ボクの形を確かめるようにゆっくりと唇を進めながらも指は唇を這い、首筋を通過してパジャマのボタンを外すと胸の飾りに行き着く。
指先がそっと触れただけで「ぁっ、」と小さく反応してしまったことで気を良くしたのかそっと触れた指に力を込めて押し潰したり、軽く爪を立てたりとボクの反応を見ながら反対の飾りに唇を寄せペロリと舐めた。
久しぶりの感触にビクリと身体が震え、小さく声が漏れる。
諦めていたはずの相手と身体を重ねる事がこんなにも幸せなのかと大輝の指が、唇が触れるだけで多幸感に包まれ、泣きたくなってしまう。
貴哉のことが好きだった。
好きだと思っていた。
貴哉と触れ合うのが、貴哉と身体を重ねることが幸せだと思っていた。
だけど、貴哉との行為で多幸感に包まれたことはなかったと気付いてしまった。
いつ呼ばれるのかわからない姉の名前に怯えてながらの行為で多幸感を感じることはないのに幸せだと思っていた。
そうじゃない、思うしかなかったんだ。
だって、幸せだと思わないとボクが壊れてしまうから。
貴哉の気分で丁寧になったり、乱暴になったりする愛撫。ボクの反応を見ながらしてはいたけれど、自分の欲望を叶えるためにはどの方法が効率的かを計算しながらの愛撫で、その時々の状況に合わせた手順があったのかもしれない。
「紗凪、何考えてるの?」
ボクがそんなことを考えていることに気付いたのか貴哉が顔を上げ「え、泣いてる?」と焦った声を出す。
「嫌だった?
怖い?」
そう言って焦り出した大輝に「嫌じゃないし、怖くないよ」と告げるものの、次の言葉に困ってしまう。
大輝がボクを大切にしてくれているのが嬉しくて、好きだと思っていた相手はボクを大切にしてくれていなかったことに気付いてしまって悲しくて、色々な感情が入り混じって知らないうちに泣けてしまったのだけれど貴哉の名前を出すわけにもいかず、「嫌じゃないし、怖くないよ」と伝える。
「大輝が優しくて、大切にされてるみたいで嬉しい」
「みたいじゃなくて、大切にしてるの」
ボクの言葉に小さく笑った大輝はそう言ったけれど、「でも、これから全部塗り替えて、オレのことしか考えられなくするから」と不敵な笑みを浮かべた。
どうやら、ボクの考えていることはお見通しだったようだ。
だから、大輝の部屋がいい」
自分から誘うように言ってしまったものの恥ずかしくて顔を見ることができず、その手を引いて大輝の部屋に向かう。
だって誰が使った寝具だとか、誰が選んだ物だとか、全く気にならないとは言わないけれど、それを気にし出したら身動きできなくなってしまうから。
貴哉と付き合うことになった当初、部屋の中に姉の存在を探さずにはいられなかった。
それまでは同居しているだけだったから自分の与えられたテリトリーから出ないように気を付け、家の中を変化させないようにして過ごした。勝手なことをして出て行けと言われるのが怖くて、ひとりの孤独を受け入れられるようになるまでなんとか引き延ばそうとしていたのかもしれない。
はじめて貴哉のベッドで過ごしたあの日はアルコールのせいで、どこで、何をされているかなんて全く分かってなかった。
次からは貴哉の言葉に従うしかなくて、姉も使ったベッドかもしれないと思いながらもそれを口にすることはできなかった。
気にしてしまえば全てに姉の気配が残っているように思えてしまうから。
ただ、家族として同じ家で生活していたのに姉の好みをほとんど把握していなかったせいで、姉の使っていたものが残っているのかどうかを判断する術はなくて考えても無駄だと悟る。
考えてみれば姉がこの部屋に来なくなって数年経っているのだし、姉が使っていたものが残っていたとしても姉以外の誰かが触った可能性だってある。
それどころか、姉以外の誰かと生活を共にした時期だってあるかもしれない。
そう考えると気にしたところで意味がないと思うしかなくて、ボク以外の誰かの気配を探ることをやめた。
見付けたところでソレを排除することもできず、毎日気にしながら生活するしかないのだから。
だから、大輝の元に戻った時にあまりにも変わっていない家の様子に安堵した。
調理器具は増えていたけれど使い込まれた様子はなくて、彼女が揃えたものだとしても抵抗は無かった。
もしも彼女が揃えた調理器具が拘りの物だったり、彼女の好きなブランドで統一されていたりすれば気になったのだろうけれど、シンプルで使いやすそうではあるものの、拘りを強く感じるような物ではない。
必要に応じて揃えられていった感のあるそれらは、彼女がいなくなったとしても大輝が扱いに困らない、もっと言えば大輝が必要ないと捨てても問題のないような物ばかりで、彼女の大輝に対する気持ちの表れだったのかと思ったりもしたほどだ。
必要ではあるけれど、不要だと思えば処分しても惜しくない物。
ここ数日この家で過ごして違和感を感じることはなく、唯一感じる違和感は使い慣れた家具の無いボクの使っていた部屋だった。
目が覚めると貴哉の部屋じゃないことに驚き、自分の部屋なのにその違和感に不安になり、数日前に大輝と共に過ごしたこの家に戻ってきたせいで違和感を感じるのだと気付きホッとするのがここ最近の朝の日課だった。
正直な気持ちをいえば事務所も共有部分も変化らしい変化はなかったけれど、大輝の部屋は変わっているのだろうと思っていた。
共有部分がほとんど変わっていないということは彼女は大輝の部屋で過ごしていたということだから、変わっているとしたらそこだと、彼女の名残があるとすればそこしかないと恐れていたけれど、目が覚めた時に見知った部屋だったことに安心した。
だから、そこなら安心できると思ったんだ。
彼女と生きると決めたはずの大輝が変えることなく過ごしていたそこは、人に染まることなく、人を染めることもなかったという証だと思ったから。
変化させることなく淡々と過ごしたであろうその部屋で、そんな大輝に染められたいと思ったから。
大輝の部屋に入り、ベッドの側まで行くとそれまで引いていたはずの手を引かれ身体の向きを変えられる。その手の強さに驚いて顔を上げたボクに気付いた大輝は「怖くない?」と不安そうな顔を見せるけど、「驚いたけど、怖くはないよ」と答えると「ごめん、我慢できなくて」と唇を重ねた。
それからのことはあっという間だった。
唇を重ね、舌を絡め、中断したことで燻ったままの熱を再確認するためにベッドに移動する。
「大丈夫?
怖くない?」
ボクを組み伏せている今、そんなことを言われても今更だと思うけれど、それでもそんな風に気遣ってくれることが嬉しい。
ボクだって貴哉と付き合う前に異性と付き合っていた時期もあるのだから男性の性衝動を理解している。そのせいで何度も何度もボクに確認する大輝に処女の相手をしてるわけじゃないんだからと笑いたくなってしまうけれど、自分の衝動を抑えてまで怖がらせないように気遣ってくれることが素直に嬉しかった。
「乱暴にされたり、無理矢理なのは怖いけど、普通にすれば大丈夫だよ?」
それでも、いちいち確認されるのが恥ずかしくて、もどかしくて、頭を抱き寄せ「でも、優しくしてね」と耳元で言ってみる。
「紗凪、それ、逆効果かも」
ボクの囁きにぴくりと身体を震わせた大輝は「優しくするつもりだけど、怖くなったら言って」と言うと、腕の力を弱めたボクとわざと目を合わせると、チュッと音を立ててキスをする。
正面から見つめらるのが恥ずかしくて顔を背けると、今度は耳朶に唇を寄せ、その唇は徐々に下に降りていく。
耳朶に、首筋に、鎖骨に。
ボクの形を確かめるようにゆっくりと唇を進めながらも指は唇を這い、首筋を通過してパジャマのボタンを外すと胸の飾りに行き着く。
指先がそっと触れただけで「ぁっ、」と小さく反応してしまったことで気を良くしたのかそっと触れた指に力を込めて押し潰したり、軽く爪を立てたりとボクの反応を見ながら反対の飾りに唇を寄せペロリと舐めた。
久しぶりの感触にビクリと身体が震え、小さく声が漏れる。
諦めていたはずの相手と身体を重ねる事がこんなにも幸せなのかと大輝の指が、唇が触れるだけで多幸感に包まれ、泣きたくなってしまう。
貴哉のことが好きだった。
好きだと思っていた。
貴哉と触れ合うのが、貴哉と身体を重ねることが幸せだと思っていた。
だけど、貴哉との行為で多幸感に包まれたことはなかったと気付いてしまった。
いつ呼ばれるのかわからない姉の名前に怯えてながらの行為で多幸感を感じることはないのに幸せだと思っていた。
そうじゃない、思うしかなかったんだ。
だって、幸せだと思わないとボクが壊れてしまうから。
貴哉の気分で丁寧になったり、乱暴になったりする愛撫。ボクの反応を見ながらしてはいたけれど、自分の欲望を叶えるためにはどの方法が効率的かを計算しながらの愛撫で、その時々の状況に合わせた手順があったのかもしれない。
「紗凪、何考えてるの?」
ボクがそんなことを考えていることに気付いたのか貴哉が顔を上げ「え、泣いてる?」と焦った声を出す。
「嫌だった?
怖い?」
そう言って焦り出した大輝に「嫌じゃないし、怖くないよ」と告げるものの、次の言葉に困ってしまう。
大輝がボクを大切にしてくれているのが嬉しくて、好きだと思っていた相手はボクを大切にしてくれていなかったことに気付いてしまって悲しくて、色々な感情が入り混じって知らないうちに泣けてしまったのだけれど貴哉の名前を出すわけにもいかず、「嫌じゃないし、怖くないよ」と伝える。
「大輝が優しくて、大切にされてるみたいで嬉しい」
「みたいじゃなくて、大切にしてるの」
ボクの言葉に小さく笑った大輝はそう言ったけれど、「でも、これから全部塗り替えて、オレのことしか考えられなくするから」と不敵な笑みを浮かべた。
どうやら、ボクの考えていることはお見通しだったようだ。
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