世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝

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 出会ったのは大学の入学式。
 隣の席に座る彼は取り立てて特徴もなく、座る場所が違っていたら友人という関係になることもなかったかもしれない。

 きっかけは紗凪がうたた寝をしてしまい、手にした資料を落としたのがきっかけ。自分の落とした資料の音に驚きバツの悪そうな顔をしてキョロキョロした姿は小動物のようで思わず笑ってしまう。

「すいません」

 一番端に座った紗凪の隣は自分だけだったからその言葉はきっとオレに向けられた言葉だったのだろう。

「大丈夫ですよ。
 はい、これ」

 拾った資料を渡せば恥ずかしそうに「ありがとうございます」と恐縮する姿はやっぱり小動物のそれで、はじめに思ったのは面白い玩具を見付けた、なんて最低なことだった。

 入学式の日に隣に座ったのが友情の始まり、なんてことはなくて必修科目の授業で一緒になった時に声をかけたのが始まり。

 見かける度に声をかけようとするものの第一声を思い付かず、それでも気にしていたオレはたまたま、本当にたまたま紗凪の落としたシャーペンを拾ったことで繋がった縁。

「落としましたよ」

 そう言ってシャーペンを差し出したオレにお礼を言ったあとで目が合うと驚いた顔を見せる。そして「あ、入学式の時の」と小さく呟く。こちらは少しだけ意識していたけれど、紗凪はこの時まで特に気にしていなかったと言われて少しだけショックを受けたのは自分が人よりも目立つ容姿をしていたから。まさか、気にもされていないなんて思いもしなかった。

 覚えられる事、声をかけられることはオレにとって当たり前の出来事。

 純日本人なのに幼い頃からミックスルーツだと間違われ、大学生になった今も「ハーフ?」だとか「クォーター?」と聞かれたりもするオレは、それを口実に話しかけられる事に慣れていた。
 父も母も確かにハッキリした顔立ちだけど2人はミックスルーツと間違われたことは無いというから2人の濃さが色濃く出てしまったのがオレなのだろう。兄と姉も割とハッキリした顔ではあるけれど、やっぱり間違われたことは無いと言う。

 幼い頃は可愛らしい言われ、成長するにつれ異性どころか同性からも恋愛対象として見られるようになっていったオレは、プラスの感情であれマイナスの感情であれ注目されることに慣れすぎていて、全く気にされていないことに少しだけ腹を立てる。
 自分が多少なりとも気にしていたのにあり得ない、そんな傲慢なことを考え何としてでも自分に目を向けさせようと躍起になってしまった。
 小動物をなつかせたい、そんな感覚。

 シャーペンを拾ったのも資料を拾ったのも何かの縁だと言って、無理に隣に座る。一緒にいた【友人】は面白くなさそうな顔をしていたし、紗凪は困った顔を見せたけどそんなのは無視しておく。

 小動物に警戒心があるのは当たり前のことだから。

 自分の要望が通らないことなどなかったオレは当たり前のように隣に居座り、餌付けするように紗凪を構い少しずつ距離を縮めていく。はじめは警戒していたけれど、気が付けば紗凪とオレの関係は【友人】と呼べるほどとなっていた。
 餌の代わりに紗凪が興味のありそうな情報を提供していたのも良かったのだろう。

「紗凪さあ、オレの手伝いする気ない?」

 友人という関係になっても自分から連絡してくることのないことが面白くなくてそんな風に声をかけたのは3年に上がる前の春休み。
 少しずつ距離を縮め、必修科目以外の授業も合わせるようになって気付いたのは紗凪の持つスキル。
 当時、情シス代行サービスの真似事をしていたオレは将来を見据えて起業することも視野に置いていた。といってもオレのやっていることは父親の受け売りで、大きな企業を相手にすることはできないけれど中小企業の手伝いをしてそれなりの収入を得ることで自信をつけ、いつかは父のようにという目標を掲げるという程度だけど。

 同じ授業を受け、テストやレポートについて話せば相手のスキルを図ることもできるし、普段の会話からPCを扱うことが得意なことも気付いていた。就活に向けて集め出した情報を見れば紗凪が目指す職種も分かってしまう。
 自分のやっていることに興味を持つだろうと確信して声をかけたのは少しずつ増えていく仕事先に迷惑をかけたくないという思いと、手伝いをして貰えば紗凪から連絡をする必要も出てくるだろうという打算。

「手伝いって、何?
 レポート?」
 
「じゃなくて、バイトしない?」

「バイト?」

 この時、紗凪を誘ったオレは本当に先見の明があったと思う。

 オレからバイトの内容を聞いた紗凪は面白いくらいに興味を持ち、お試しでバイトをさせて欲しいと申し出る。こちらから頼んだのだからもっと強気になって給料や条件の交渉をしても良いのにと思うけれど、そこで強気に出ないところが紗凪らしい。

 仕事を教え、自分の手の回らない部分の補助をお願いするところから始め、少しずつ業務を手分けする方向に持っていく。飲み込みが早いだけでなく人当たりの良い紗凪は仕事先でも可愛がられ、それぞれ相性の良い取引先を優先するようになると面白いように仕事が回るようになる。平凡な容姿で警戒心を持たれず、小動物めいた仕草で相手の懐に入り、決められた仕事を淡々とこなしていく紗凪は優秀と言っていいだろう。

 そんな時に父から声をかけられ、その話を紗凪にしたのは必然。

 隠居にはまだ早いけれど少し仕事を減らしたいと相談され、卒業を待たずに起業することを勧められる。兄も姉もそれぞれ違う道を選んでいるのだから託す相手がオレしかいないというのも理由だろう。
 オレの地元に戻り、引き継ぐことのできる業務を引き継ぐのなら自宅兼事務所は譲ると言われ、慣れるまでのサポートも申し出られてしまえば断る理由はない。ただし、紗凪が一緒にやってくれればの話だ。
 仕事のパートナーとして紗凪は最適だったし、こちらで起業するとなれば住居も必要になる。紗凪が嫌でなければ一緒に住むことができるし、紗凪以外の誰かに一緒に提案することは考えられない。と言うことは、紗凪以外に誘う相手を考える余地はない。

 紗凪だって手応えを感じてはいたのだろう。就活はもちろん始めていたけれどオレの誘いは魅力的だったようで、軌道に乗るまでは父のサポートがあると言えば気持ちも固まったようだ。

 授業の合間を縫ってこちらの仕事先の引き継ぎ先を探し、父から引き継ぎのために指導を受ける。就活が無い分卒論は余裕だと思っていたけれど起業はそんな甘いものじゃなくて、いつかは自分でなんて言っていたけれど、父のサポートが無ければ早々に諦めて普通に就職していたかもしれない。

「内定もらって楽しんでる奴らもいるのにな」

 あまりの忙しさにそんなことを言えば「え、ボクは楽しいよ?」と言われてしまう。旅行とか、合コンとか、今しかできないこともあると思う。
 仕事を始めれば旅行に行こうと思っても自由に休めないこともある。合コンだって、年齢を重ねれば相手に対しての責任も出てくる。
 だけど紗凪に言わせれば卒業旅行と言って人気の観光地に行くよりも、新しい恋を探すよりも、父のサポートのもと学ぶことの方が楽しいと言って父を喜ばせる。

 就職は地元でしたいからと彼女に別れを告げられことは知っていたけれど、それは触れないようにしておく。紗凪は相手のことをそれなりに大切に思っていたようだけど、彼女は紗凪と共に歩むことを望んでなかっただけのこと。
 学生時代を楽しく過ごすための相手が欲しかっただけで、将来のことまでは考えていなかったのだろう。
 もしかしたら彼女への思いを断ち切るためにオレの地元に来ることを了承したのかもしれない。

「こんな順調で良いのかな?」

 その日は珍しく2人とも家にいて、たまには家飲みでもと行ったオレに紗凪が付き合ってくれていた。
 そんな時に入ったメッセージは研修が辛いとか、上司が××だとか、愚痴を言いあい共感しあうもの。紗凪もオレも同じグループに入っているから当然既読の数に含まれているのだけど、会話に参加している人数と既読の数が合わないのは俺たちみたいに共感していないヤツもいるから。
 目にしたメッセージが多数の意見だと思うのか、そんなふうに紗凪が言うけれど、順調なのは卒業旅行にも行かず、合コンにも行かず、父との交流を深めたせいだ。

 今愚痴めいたメッセージを送っている奴らを見ると学生時代からいかに楽をするか、いかに楽しむかを優先していた奴らだからそのツケが今回ってきているのかもしれない。

「まあ、卒業旅行で羽目外して、合コンしまくって、楽しすぎた反動もあるんじゃない?」

「その言い方」

 突き放すような物言いに苦笑いを返されたけれど、これは本心。紗凪は出来の良い生徒だったせいで父のサポートにも力が入り、予定よりも早く引き継ぎが終わってしまったのは嬉しい誤算だったけれど、引き継ぎが終わったという事はいつまでも甘えられないという事だ。
 研修がとか上司がとか、そんな甘いことを言っていたら顧客は逃げてしまうかもしれない。困ったら父を頼って良いと言われていてもオレにだってプライドがあるのだから必死だ。

 パートナーに恵まれて仕事は順調だった。事務所を譲り受けて同居生活を始めたものの基本的には今までの生活と変わらず、自分の部屋以外の掃除は定期的にメンテナンスを入れることに決めた。気が付けば多少の手は入れるけれど、プロの手が入れば自分たちの手が必要なことは驚くほど少ない。互いに食事の用意を面倒がって自炊をしないせいもあるだろう。洗濯だって乾燥機能付きだったせいであらかじめ使用する曜日を決めておけば困ることはない。

 お互いに恋愛的な意味でのパートナーがいる時期もあったし、どちらかに生涯のパートナーと考える相手ができた時には同居は解消することは暗黙の了解。
 ただ、紗凪にもオレにもそこまでの相手はなかなか現れなかった。

 そのままの生活が続くのだろう、漠然とそう思っていた。この快適な生活が続くのならそれも悪くないと思っていた。

 父のように早期にリタイヤしたいと思ったら後継を探してもいいし、廃業してもいい。だけど隣には紗凪にいて欲しい。
 その気持ちがただの友情ではないと気づいた時には遅かったのだけど…。
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