Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  前夜。

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「隆臣、燈哉の都合に合わせて部屋が借りられるように先生にお願いして欲しいんだけど」

 政文と話した次の日に隆臣にお願いすると直ぐに決められた日程は、お願いした日の2日後という異例の速さだった。
 燈哉との話し合いを受け入れ、燈哉の予定を聞き、先生や部屋の都合をつけるまでには数日かかると思っていただけに戸惑ってしまった。

 一晩考えて翌日告げた願いはその日のうちに先生に告げられ、部屋ならいつでも空けられると言われたことで燈哉の都合を聞いて決めることとなったものの、隆臣から連絡を受けた燈哉は今日でも明日でもと言ったらしい。そんな中、1日くらい考える時間があった方がいいという先生のアドバイスで決められた日程。
 燈哉は少し不満気だったと隆臣は言っていたけれど、僕はそれで良かったと思っている。

 日にちを決め、その日に向かって自分の気持ちを整理して、燈哉からのメッセージからその気持ちを読み取ろうとしたのに早急にその気持ちを整理しなければいけなくなったのだから戸惑うのも仕方ないだろう。

 僕が逃げ出したあの日から時間が経ち、その間に告げられたいくつかの僕への想い。

 隆臣は寄り添って、僕の幸せを見届けると言ってくれた。
 自分の過ちに気付き、自分のするべきことに気付き、僕の間違いを指摘して、その上で寄り添うと決めたのだと。

 政文は僕の思惑に気付きながら、自分の大切な相手のために僕に利用されることを提案したと言った。
 自分の大切な相手、伊織に寄り添うために僕が望むままに僕の願いを受け入れ、僕を満たすフリをして伊織を満たし続けた。伊織が望めば僕と番うことに手を貸し、その見返りに伊織を手に入れると言ったのは隠すことのない政文の本心で、伊織が中心の歪な世界。
 妄想だと政文は自分を嗤ったけれど、それでもその機会があれば伊織を手に入れるために僕を利用しただろう。伊織だけでは燈哉に太刀打ちできないだろうけれど、政文と一緒なら燈哉に負けることはない。あの日、燈哉の威嚇を無視して僕を保健室に連れて行った時のように。

 伊織の気持ちには正直気付いていなかった。伊織が僕を構ってくれるのは幼稚舎から一緒にいたからで、弱い僕を知っていたから庇護してくれているのだとしか思っていなかった。
 あまりαに見えない外見のせいで威圧を感じることもなく、隣にいても苦痛のない関係。
 伊織のことを舐めていたんだ。
 αなのにαに見えない伊織は、気付けば政文といることが多くなりいつの間にか付き合っていた。付き合っていたのは僕と過ごすための嘘だったと政文は言ったけれど、αのくせにαに庇護される伊織のことは利用してもいい存在だと自分の中で格付けしていたのだろう。
 政文のことを利用することはできないけれど、伊織を利用することで政文も利用できる。
 自分勝手で傲慢な想いを【Ωだから仕方ない】という言葉で誤魔化し続けただけのこと。

「伊織にちゃんと話して謝らないとな、」

 全てを告げてしまったらきっと嫌われるだろう。今まで利用してきたことを謝り、伊織の気持ちには応えられないと告げればきっと僕から離れていくだろう。
 伊織が離れれば当然だけど政文も僕に近付かないはずだ。

 燈哉が離れ、伊織が離れ、政文が離れ。
 αに守られることで保たれていた僕の立場がどうなるのかと考えると結局は学校を辞めるのが一番だと思ってしまう。庇護の無くなった僕は、寄り添ってくれると言った隆臣と守ってくれる相手を探すしかないのかもしれない。

「顔見て話したいって、何の話なのかな」

 話し相手がいないせいで独り言ばかりが増えていく。頭の中で考えてばかりだと心の底に澱のように不安が溜まっていってしまうから、悪いことを考えた時にはその都度口に出し、想いを吐き出すしかないんだ。

 燈哉と話すのはこれが最後かもしれない。その時は、今までのことを謝り、今までの感謝を伝え、彼との幸せを願い笑顔で別れよう。

 1番じゃなくてもいいから番にして欲しい、そんなことを言って燈哉を困らせることがないよう覚悟を決めよう。

 思いつく限りの最悪の事態を考え、これ以上燈哉に愛想をつかされないように振る舞うことができれば少しは僕の印象も良くなるかもしれない。僕のことを思い出した時に一度でも笑顔になってくれることがあれば、僕はそれで満足できるだろう。

 落ち着かない1日と眠れない夜。
 冷静に話せるよう自分の頭を中を整理しようとするけれど、気付けばいつから自分が間違っていたかを考えてしまい落ち込むばかり。
 結局、燈哉がどんな気持ちで何を話したいのかが分からないのだから落ち込むことしかできないのがもどかしい。

「おめでとうって、ちゃんと言えるかな」

 思いつく中で1番最悪の事態を想定して、それでも最後くらいは笑顔でいたいと思ってしまい「おめでとう」と呟いてみる。

 燈哉の隣に立つのは自分だと当たり前のように思っていたけれど、燈哉の隣に立つのは彼だっただけのこと。
 最近では向けられたことのない優しい表情は、今はもう彼のものなのだろう。

 政文は何か知っているふうだったけど、それに縋り、それに期待して傷付くくらいなら初めから覚悟しておいた方が傷が浅くて済むのだから。

「おめでとう。

 今まで、ごめんね。

 ありがとう」

 何度も同じ言葉を繰り返し、それを言った時の燈哉を思い浮かべる。
 その時にせめて傷ついた顔をしてくれたらいいのに、そんなふうに思ってしまう僕は結局自分のことしか考えられないのだろう。
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