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羽琉 大切に想う気持ち。
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「果物、入れ替えておきましたから」
話が終わると何もなかったかのようにそう言った隆臣に呆れてしまう。そもそも食べきれない量の差し入れを毎日入れ替える必要もない。見舞客が来るわけでもないのだからそうそう減るものでもないのだから。
「隆臣さあ、僕の食べる量把握してるよね」
「当たり前です」
「じゃあ、自分の持ってきてる量がおかしいとか思わない?」
「残ることは想定内です」
楽しそうに笑う隆臣は「それに、入れ替えているのは生菓子と果物くらいですよ」とよくわからない主張をする。
「………太っても知らないからね」
そう言えば「私が全ていただいてるわけじゃないですから」と返される。
「羽琉さん、私が全て用意してると思ってるみたいですけど違いますからね。
持ち帰った物も、私がいただくのは果物くらいですよ。
あ、そう言えば伝言があったんでした。
『盗られちゃダメだよ』と『素直になりなさい』だそうです」
その文言で隆臣の言葉の意味を理解する。
「それって、」
「羽琉さんがどうしても嫌なら逃げるのも仕方ないけど、自分の気持ちを伝えないままだと後悔するから、と。
あと『盗られるくらいならこちらから捨ててやれ」と言って嗜められていました」
「相変わらずなんだね、」
「ですね。
でも羽琉さんの味方ですよ。
口では強いことを言っていましたが、今の状況に心配そうな顔をしていました」
「それにしても、直接話すのなんて最初の挨拶の時以来じゃない、もしかして?
よく許したね」
父と僕が接触することを嫌がったのは父の考えに染まることを防ぐためだったようだけど、隆臣に会わせないのはただの嫉妬。Ω性を最大限に利用して好き勝手していた父を囲い込み、縛り付け、自分から離れられないようにした父親。彼は僕のために父から離すと言ったけれど、それも真実ではあるものの、根本に有るのは自分のΩを自分以外の目に晒したくないという想い。
そんな父親が父を隆臣に会わせたことが意外だった。
「それは言い過ぎじゃないですか?
それに、自分の息子が苦しんでる時に知らない顔ができるほど無関心じゃないと言って、直接話を聞くことを希望されたようです。
もっと頼りになると思ったのに、期待外れだと言われてしまいましたけど」
そんなふうに言いながらも笑顔を見せるのは、隆臣の中にあった懸念が解消されたからなのかもしれない。
「酷いこと言うね、僕のこと放っておいたくせに」
「本当にそうですよね」
口ではそう言いながらもそれが本気だとは思わない。
「燈哉の話したいことって何なのかな」
「何なんでしょうね。
でも、羽琉さんが思うような話じゃないと思うんですけどね」
一番近い位置で僕たちを見ていた隆臣の言葉は僕を期待させるけど、一番近い位置で見ていたからこそ気付かない事だってあるんじゃないのかと思ってしまう。
僕が両親の気持ちに気付かなかったように。
僕が隆臣の想いに気付かなかったように。
「話がしたくないわけじゃないけど、時間が欲しいんだ。
何を聞かされても動揺しないように、自分の気持ちに向き合う時間が欲しい」
「それは、大切なことだと思います。
もしも、もしも羽琉さんが傷付いて燈哉さん達と関わりたくないと言うのなら、この場所を離れたいと言うのならその時は私が側にいます。
羽琉さんが大切に思える相手と出会うまでですけどね」
「そこは自分が大切にするって言うところじゃないの?」
「大切にしてますよ、今でも十分。
でもきっと、私が大切に思う気持ちは家族の情みたいなもので、羽琉さんが求めてるものとは違いますから」
「そんなの知ってるよ。
でも、言葉だけでもそう言って欲しかった」
「分かってますよ」
そう言って「私は、羽琉さんの幸せを見届けるまではずっと側にいますから」と僕の頭を撫でる。
いくつになっても安心できるのは、隆臣が僕にとって家族と同じ立ち位置だからだと自覚する。
隆臣が側にいてくれるのなら何があっても乗り越えられるのかもしれない。
温かい手が僕をそう思わせてくれる。
「大丈夫だと思えたらちゃんと言うから」
僕の言葉に「分かりました」と答えた隆臣の声は、とても優しいものだった。
⌘ 隆臣 ⌘
「果物、入れ替えておきましたから」
長い長い話を終え、自分語りをしてしまったことを恥ずかしく思い、気持ちを切り替えるために何もなかったかのように装ってみる。
少しでも食べられるものをと思い用意し始めた軽食だったけれど、それを知った羽琉の両親はアレがいいコレがいいと過剰な勢いで用意をするため毎日入れ替える羽目になっている。
せめて1日置きにと提案してみたものの、持ち帰ったものは家で食べるから問題ないと言われてしまった。
「隆臣さあ、僕の食べる量把握してるよね」
背を向けた私にかけられる言葉には呆れた響きがある。毎日繰り返されるこの行動に疑問を持つのも仕方がないことだろう。
「当たり前です」
「じゃあ、自分の持ってきてる量がおかしいとか思わない?」
「残ることは想定内です。それに、入れ替えているのは生菓子と果物くらいですよ」
「………太っても知らないからね」
あまりに呆れた様子に「私が全ていただいてるわけじゃないですから」と返し、仕方なく毎日入れ替えられる生菓子の理由を告げてみる。
「羽琉さん、私が全て用意してると思ってるみたいですけど違いますからね。
持ち帰った物も、私がいただくのは果物くらいですよ。
あ、そう言えば伝言があったんでした。
『盗られちゃダメだよ』と『素直になりなさい』だそうです」
その文言に羽琉が驚いた顔を見せる。
「それって、」
「羽琉さんがどうしても嫌なら逃げるのも仕方ないけれど、自分の気持ちを伝えないままだと後悔するから、と。
あと『盗られるくらいならこちらから捨ててやれ」と言って嗜められてました」
私の言葉を聞き思案気な顔を見せたものの、「相変わらずなんだね、」と苦笑いを見せる。言葉の意味を正しく理解したのだろう。
「ですね。
でも羽琉さんの味方ですよ。
口では強いことを言っていましたが、今の状況に心配そうな顔をしていました」
「それにしても、直接話すのなんて最初の挨拶の時以来じゃない、もしかして?
よく許したね」
自分に向けられた言葉に対しては何も言わず、Ωの父と私が会ったことを驚き、それをαの父が許した事に意外そうな顔を見せる。
「それは言い過ぎじゃないですか?
それに、自分の息子が苦しんでる時に知らない顔ができるほど無関心じゃないと言って、直接話を聞くことを希望されたようです。
もっと頼りになると思ったのに、期待外れだと言われてしまいましたけど」
あの時のことを思い出すと薄ら笑いを浮かべてしまうのは仕方のないことだろう。羽琉を心配して滅茶苦茶なことを言い出すΩの父と、それを止めるαの父。エキサイトして私との距離が近付くと威嚇を放ち、「隆臣君相手に何してるの?」と呆れられていた。
『信頼できない相手に羽琉のこと任せたの?』
その言葉で自分の期待されていたことを改めて痛感し、自分の不甲斐なさを自覚する。だけど、その言葉で自分のやるべきことを改めて気付かされる。
信頼してくれていた事実に気持ちが引き締まり、信頼してくれていた事実に喜びを感じてしまう。
「酷いこと言うね、僕のこと放っておいたくせに」
「本当にそうですよね」
拗ねた顔をした羽琉に適当に相槌を返す。だってこれは、本心では無いから。
「燈哉の話したいことって何なのかな」
「何なんでしょうね。
でも、羽琉さんが思うような話じゃないと思うんですけどね」
一番近い位置でふたりを見ていた自分には、燈哉の気持ちが離れているとは思えなかった。
もしも羽琉と離れたいのなら毎朝の執拗なマーキングは必要無いのだから。それこそ意中のΩの匂いをさせたまま羽琉の側にあり続け、羽琉が音を上げるのを待てばいいだけのことだ。
仲真との繋がりが、と言うけれどあの父親がそれだけのことで仇を成すとも思えない。ふたりの関係が解消されたとして、今までの感謝を伝えてそれで終了だろう。ただそれだけのこと。
自分の子どもだから当然羽琉のことは可愛いのだろうけど、それを引きずることはないし、ビジネスの面でも今まで以上に関係を深めることをやめても今ある関係を変えることはないはずだ。
だって、狭い世界の中では強いαである燈哉だけど、もっと羽琉に相応しい相手がいないわけでは無いのだから。
自分が逐一伝えなくてもふたりの状況は両親に伝わっていただろう。クリニックに掛かれば連絡だって行くはずだ。羽琉が体調を崩しても介入しないのはふたりの関係を解消させる必要がないからなのだろう。
それに、羽琉に対する視線と、彼に対する視線の違いを自分は知っているから。
マーキングを施す時にミラー越しに見てしまった燈哉は普段の彼からは想像できないほどに余裕が無く、熱を孕んだ目で執拗に頸に口付け羽琉を支配しようとしていた。
手放したくない、手放せない。
その熱にネックガードが溶かされるのではないかと心配になる程だった。
それに応えるかのように声を漏らす羽琉はその気持ちに気付いているはずなのに、それなのにその気持ちを素直に受け止めることができず、日々弱っていくことしかできなかった。
そう思っていたけれど、諦めて受け入れて弱っていったわけでは無くて、弱ることで燈哉の関心を惹きたかったのかもしれない。
あの日、楽しそうに歩くふたりから羽琉を遠ざけたのは羽琉の顔色が悪かったからで、あの状況で執拗なマーキングをされてしまったらどうなってしまうのかと心配だったから。
肉体的にも弱り、精神的にも弱った時に執拗なマーキングを施されることで何かが起こってしまうと危惧したから。
ヒートの兆候に気付いていたわけではないけれど、それでも羽琉の変化を感じていたのかもしれない。
「話がしたくないわけじゃないけど、時間が欲しいんだ。
何を聞かされても動揺しないように、自分の気持ちに向き合う時間が欲しい」
「それは、大切なことだと思います。
もしも、もしも羽琉さんが傷付いて燈哉さん達と関わりたくないと言うのなら、この場所を離れたいと言うのならその時は私が側にいます。
羽琉さんが大切に思える相手と出会うまでですけどね」
こんな言葉で安心できるとは思えなかったけれどそれでも言ってみる。
Ωの羽琉を満たすことはできないけれど、βであっても寄り添うことはできるのだから。
「そこは自分が大切にするって言うところじゃないの?」
「大切にしてますよ、今でも十分。
でもきっと、私が大切に思う気持ちは家族の情みたいなもので、羽琉さんが求めてるものとは違いますから」
「そんなの知ってるよ。
でも、言葉だけでもそう言って欲しかった」
「分かってますよ」
そう言って「私は、羽琉さんの幸せを見届けるまではずっと側にいますから」と羽琉の頭を撫でる。
体調を崩した小さな羽琉が心配で、何もできないことがもどかしくて少しでも心が安らぐのならとしてきた習慣。
成長と共に無くなってしまった習慣だけど、嫌がられることはない。
「大丈夫だと思えたらちゃんと言うから」
「分かりました」
そう答え、その手をそっと離した。
話が終わると何もなかったかのようにそう言った隆臣に呆れてしまう。そもそも食べきれない量の差し入れを毎日入れ替える必要もない。見舞客が来るわけでもないのだからそうそう減るものでもないのだから。
「隆臣さあ、僕の食べる量把握してるよね」
「当たり前です」
「じゃあ、自分の持ってきてる量がおかしいとか思わない?」
「残ることは想定内です」
楽しそうに笑う隆臣は「それに、入れ替えているのは生菓子と果物くらいですよ」とよくわからない主張をする。
「………太っても知らないからね」
そう言えば「私が全ていただいてるわけじゃないですから」と返される。
「羽琉さん、私が全て用意してると思ってるみたいですけど違いますからね。
持ち帰った物も、私がいただくのは果物くらいですよ。
あ、そう言えば伝言があったんでした。
『盗られちゃダメだよ』と『素直になりなさい』だそうです」
その文言で隆臣の言葉の意味を理解する。
「それって、」
「羽琉さんがどうしても嫌なら逃げるのも仕方ないけど、自分の気持ちを伝えないままだと後悔するから、と。
あと『盗られるくらいならこちらから捨ててやれ」と言って嗜められていました」
「相変わらずなんだね、」
「ですね。
でも羽琉さんの味方ですよ。
口では強いことを言っていましたが、今の状況に心配そうな顔をしていました」
「それにしても、直接話すのなんて最初の挨拶の時以来じゃない、もしかして?
よく許したね」
父と僕が接触することを嫌がったのは父の考えに染まることを防ぐためだったようだけど、隆臣に会わせないのはただの嫉妬。Ω性を最大限に利用して好き勝手していた父を囲い込み、縛り付け、自分から離れられないようにした父親。彼は僕のために父から離すと言ったけれど、それも真実ではあるものの、根本に有るのは自分のΩを自分以外の目に晒したくないという想い。
そんな父親が父を隆臣に会わせたことが意外だった。
「それは言い過ぎじゃないですか?
それに、自分の息子が苦しんでる時に知らない顔ができるほど無関心じゃないと言って、直接話を聞くことを希望されたようです。
もっと頼りになると思ったのに、期待外れだと言われてしまいましたけど」
そんなふうに言いながらも笑顔を見せるのは、隆臣の中にあった懸念が解消されたからなのかもしれない。
「酷いこと言うね、僕のこと放っておいたくせに」
「本当にそうですよね」
口ではそう言いながらもそれが本気だとは思わない。
「燈哉の話したいことって何なのかな」
「何なんでしょうね。
でも、羽琉さんが思うような話じゃないと思うんですけどね」
一番近い位置で僕たちを見ていた隆臣の言葉は僕を期待させるけど、一番近い位置で見ていたからこそ気付かない事だってあるんじゃないのかと思ってしまう。
僕が両親の気持ちに気付かなかったように。
僕が隆臣の想いに気付かなかったように。
「話がしたくないわけじゃないけど、時間が欲しいんだ。
何を聞かされても動揺しないように、自分の気持ちに向き合う時間が欲しい」
「それは、大切なことだと思います。
もしも、もしも羽琉さんが傷付いて燈哉さん達と関わりたくないと言うのなら、この場所を離れたいと言うのならその時は私が側にいます。
羽琉さんが大切に思える相手と出会うまでですけどね」
「そこは自分が大切にするって言うところじゃないの?」
「大切にしてますよ、今でも十分。
でもきっと、私が大切に思う気持ちは家族の情みたいなもので、羽琉さんが求めてるものとは違いますから」
「そんなの知ってるよ。
でも、言葉だけでもそう言って欲しかった」
「分かってますよ」
そう言って「私は、羽琉さんの幸せを見届けるまではずっと側にいますから」と僕の頭を撫でる。
いくつになっても安心できるのは、隆臣が僕にとって家族と同じ立ち位置だからだと自覚する。
隆臣が側にいてくれるのなら何があっても乗り越えられるのかもしれない。
温かい手が僕をそう思わせてくれる。
「大丈夫だと思えたらちゃんと言うから」
僕の言葉に「分かりました」と答えた隆臣の声は、とても優しいものだった。
⌘ 隆臣 ⌘
「果物、入れ替えておきましたから」
長い長い話を終え、自分語りをしてしまったことを恥ずかしく思い、気持ちを切り替えるために何もなかったかのように装ってみる。
少しでも食べられるものをと思い用意し始めた軽食だったけれど、それを知った羽琉の両親はアレがいいコレがいいと過剰な勢いで用意をするため毎日入れ替える羽目になっている。
せめて1日置きにと提案してみたものの、持ち帰ったものは家で食べるから問題ないと言われてしまった。
「隆臣さあ、僕の食べる量把握してるよね」
背を向けた私にかけられる言葉には呆れた響きがある。毎日繰り返されるこの行動に疑問を持つのも仕方がないことだろう。
「当たり前です」
「じゃあ、自分の持ってきてる量がおかしいとか思わない?」
「残ることは想定内です。それに、入れ替えているのは生菓子と果物くらいですよ」
「………太っても知らないからね」
あまりに呆れた様子に「私が全ていただいてるわけじゃないですから」と返し、仕方なく毎日入れ替えられる生菓子の理由を告げてみる。
「羽琉さん、私が全て用意してると思ってるみたいですけど違いますからね。
持ち帰った物も、私がいただくのは果物くらいですよ。
あ、そう言えば伝言があったんでした。
『盗られちゃダメだよ』と『素直になりなさい』だそうです」
その文言に羽琉が驚いた顔を見せる。
「それって、」
「羽琉さんがどうしても嫌なら逃げるのも仕方ないけれど、自分の気持ちを伝えないままだと後悔するから、と。
あと『盗られるくらいならこちらから捨ててやれ」と言って嗜められてました」
私の言葉を聞き思案気な顔を見せたものの、「相変わらずなんだね、」と苦笑いを見せる。言葉の意味を正しく理解したのだろう。
「ですね。
でも羽琉さんの味方ですよ。
口では強いことを言っていましたが、今の状況に心配そうな顔をしていました」
「それにしても、直接話すのなんて最初の挨拶の時以来じゃない、もしかして?
よく許したね」
自分に向けられた言葉に対しては何も言わず、Ωの父と私が会ったことを驚き、それをαの父が許した事に意外そうな顔を見せる。
「それは言い過ぎじゃないですか?
それに、自分の息子が苦しんでる時に知らない顔ができるほど無関心じゃないと言って、直接話を聞くことを希望されたようです。
もっと頼りになると思ったのに、期待外れだと言われてしまいましたけど」
あの時のことを思い出すと薄ら笑いを浮かべてしまうのは仕方のないことだろう。羽琉を心配して滅茶苦茶なことを言い出すΩの父と、それを止めるαの父。エキサイトして私との距離が近付くと威嚇を放ち、「隆臣君相手に何してるの?」と呆れられていた。
『信頼できない相手に羽琉のこと任せたの?』
その言葉で自分の期待されていたことを改めて痛感し、自分の不甲斐なさを自覚する。だけど、その言葉で自分のやるべきことを改めて気付かされる。
信頼してくれていた事実に気持ちが引き締まり、信頼してくれていた事実に喜びを感じてしまう。
「酷いこと言うね、僕のこと放っておいたくせに」
「本当にそうですよね」
拗ねた顔をした羽琉に適当に相槌を返す。だってこれは、本心では無いから。
「燈哉の話したいことって何なのかな」
「何なんでしょうね。
でも、羽琉さんが思うような話じゃないと思うんですけどね」
一番近い位置でふたりを見ていた自分には、燈哉の気持ちが離れているとは思えなかった。
もしも羽琉と離れたいのなら毎朝の執拗なマーキングは必要無いのだから。それこそ意中のΩの匂いをさせたまま羽琉の側にあり続け、羽琉が音を上げるのを待てばいいだけのことだ。
仲真との繋がりが、と言うけれどあの父親がそれだけのことで仇を成すとも思えない。ふたりの関係が解消されたとして、今までの感謝を伝えてそれで終了だろう。ただそれだけのこと。
自分の子どもだから当然羽琉のことは可愛いのだろうけど、それを引きずることはないし、ビジネスの面でも今まで以上に関係を深めることをやめても今ある関係を変えることはないはずだ。
だって、狭い世界の中では強いαである燈哉だけど、もっと羽琉に相応しい相手がいないわけでは無いのだから。
自分が逐一伝えなくてもふたりの状況は両親に伝わっていただろう。クリニックに掛かれば連絡だって行くはずだ。羽琉が体調を崩しても介入しないのはふたりの関係を解消させる必要がないからなのだろう。
それに、羽琉に対する視線と、彼に対する視線の違いを自分は知っているから。
マーキングを施す時にミラー越しに見てしまった燈哉は普段の彼からは想像できないほどに余裕が無く、熱を孕んだ目で執拗に頸に口付け羽琉を支配しようとしていた。
手放したくない、手放せない。
その熱にネックガードが溶かされるのではないかと心配になる程だった。
それに応えるかのように声を漏らす羽琉はその気持ちに気付いているはずなのに、それなのにその気持ちを素直に受け止めることができず、日々弱っていくことしかできなかった。
そう思っていたけれど、諦めて受け入れて弱っていったわけでは無くて、弱ることで燈哉の関心を惹きたかったのかもしれない。
あの日、楽しそうに歩くふたりから羽琉を遠ざけたのは羽琉の顔色が悪かったからで、あの状況で執拗なマーキングをされてしまったらどうなってしまうのかと心配だったから。
肉体的にも弱り、精神的にも弱った時に執拗なマーキングを施されることで何かが起こってしまうと危惧したから。
ヒートの兆候に気付いていたわけではないけれど、それでも羽琉の変化を感じていたのかもしれない。
「話がしたくないわけじゃないけど、時間が欲しいんだ。
何を聞かされても動揺しないように、自分の気持ちに向き合う時間が欲しい」
「それは、大切なことだと思います。
もしも、もしも羽琉さんが傷付いて燈哉さん達と関わりたくないと言うのなら、この場所を離れたいと言うのならその時は私が側にいます。
羽琉さんが大切に思える相手と出会うまでですけどね」
こんな言葉で安心できるとは思えなかったけれどそれでも言ってみる。
Ωの羽琉を満たすことはできないけれど、βであっても寄り添うことはできるのだから。
「そこは自分が大切にするって言うところじゃないの?」
「大切にしてますよ、今でも十分。
でもきっと、私が大切に思う気持ちは家族の情みたいなもので、羽琉さんが求めてるものとは違いますから」
「そんなの知ってるよ。
でも、言葉だけでもそう言って欲しかった」
「分かってますよ」
そう言って「私は、羽琉さんの幸せを見届けるまではずっと側にいますから」と羽琉の頭を撫でる。
体調を崩した小さな羽琉が心配で、何もできないことがもどかしくて少しでも心が安らぐのならとしてきた習慣。
成長と共に無くなってしまった習慣だけど、嫌がられることはない。
「大丈夫だと思えたらちゃんと言うから」
「分かりました」
そう答え、その手をそっと離した。
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