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【閑話】 願い。
しおりを挟む「相談したいことがあるのでお時間を取っていただけないでしょうか」
主治医にそんなお願いしたのは燈哉から連絡があったから。自分ではなく羽琉と直接連絡を取るべきだとは言ってみた。だけど、何度も話す機会を作ろうとしたけれどはぐらかされてばかりだったと言われれてしまえばそれ以上強く言うこともできない。
羽琉は最悪の事態を思い描いていたのか、「話したいって、【番候補】を辞めたいとでも言うつもりなのかな、」と不安そうにしていたのを知っているだけに何とかしたい気持ちはあるものの、自分がどう動くべきか悩んでもいた。
「私は仲を取り持つなんてできませんよ」
羽琉が自分から望めば燈哉に連絡を取ることをしようと思ってはいたけれど、燈哉が望んだからといって自分が動く必要性は感じない。それに仲を取り持つも何も、羽琉が入院するまで毎日一緒に過ごしていたのだから今更だ。
高等部に入ってから3ヶ月。
羽琉に執拗にマーキングを施し、羽琉を自分に縛り付けておきながら羽琉以外のΩを側に置き、それなのに羽琉との仲を取り持って欲しいだなんて。
『取り持つと言うか、話をする時間を作っていただけないでしょうか』
「今までも話をする時間はあったと思うのですが。
それに、個室なので電話で話すことは可能ですよ」
『それは…』
羽琉に言い分があるように燈哉にだって言い分はあるだろう。
羽琉の我儘な言動に振り回されながらも寄り添ってくれていた燈哉に感謝の気持ちはあるけれど、高等部に通うようになってからのその行動は容認できるものではなかった。羽琉ではないΩに心を奪われ、羽琉の目の前でコンタクトを取り、羽琉の目の前で触れ合ったことは許すべきじゃない。
それに、駅から学校までの道のりを一緒に過ごすことを羽琉が許可したことは聞いていたけれど、それだけの関係にしては親密すぎるようにも見えた。
羽琉が誤解しているのだとしても、その誤解を招いたのは燈哉なのだから自業自得だ。
「そもそも今更何を話すつもりですか?
お相手の方とは懇意にされているようですが」
『涼夏とはそんなんじゃないです』
その言葉を聞き羽琉以外のΩを名前で呼ぶことに違和感を感じないのだろうかと思うけれど、それを言ってしまえば羽琉も同じかと思い当たる。羽琉だって伊織や政文のことを名前で呼んでいるのだからやっているのは同じことだ。
だけど燈哉がそうしたことに苛立ちを感じてしまったのは、羽琉と燈哉を対等に見ていないからなのかもしれない。そう気付いた時に主治医に言われた言葉を思い出してしまう。
自分の役割を勘違いしていると言われた時はその理由が分からず、羽琉のことをもっと叱るべきだと言われた時は叱るようなことなんてないと否定した。
羽琉に寄り添うために雇われたと思っていたけれど、寄り添うだけでは駄目だったのだと今になって、こんな状況になってやっと気付かされる。
【番候補】という言葉を正確に理解せず、燈哉にも選ぶ権利があるはずなのに選ぶべきは羽琉だと思い込んでいたせいで随分と我儘も許してしまっていたのだろう。燈哉は羽琉のための【番候補】なのだから、その立場でいるためには羽琉に寄り添い、羽琉の望みを叶えるべきだとすら思っていたのだから仕方がない。
「でも、羽琉さんの話を聞いているとそうは思えませんよ」
『羽琉から見たらそうかもしれませんね。
誤解されるようなこともしましたし。
ただ、やましい事はないし、羽琉に言えないような事はしてません』
「それなら羽琉さんに電話してみたらどうですか?」
『一度電話してんです、入院前ですけど。だけど返ってきたのは当たり障りのないメッセージでした。
そうなると臆病になりませんか?
それに、話すことができるなら顔を見て話がしたいんです』
そんな風に押し問答のような会話を繰り返し、結局は「主治医に相談してみないことにはお返事致しかねます」と逃げてしまう。
自分の考えとしては顔を見て話すことは有りだと思うけれど、自分の役割を勘違いしていると言われたことで自分の判断に自信が持てない。どうしても羽琉寄りになってしまうせいで、また間違えているのではないかと不安になってしまうのは仕方がないことなのだろうか。
『分かりました。
それなら主治医の先生と相談してもらえないでしょうか』
「相談するだけで会える保証はないですよ?」
『それでもお願いします』
電話を切った直後にその会話を後悔したけれど、それでも約束した以上はと主治医にお伺いを立ててみる。
相談の内容を聞くこともせず、『それなら羽琉君のところに来た時に寄ってくれれば時間作るから』とあっさりと言われてしまい拍子抜けしながらも、翌日の約束を取り付ける。
燈哉のことを考えればなるべく早く結論を出すべきだろう。
「で、相談というのは羽琉君のこと?」
普段の診察室とは違う応接室のような部屋に通され、挨拶らしい挨拶を交わすことなく始まった会話。
「そうですね。
羽琉さんにも関係あるのですが、【番候補】の燈哉さんから羽琉さんと話がしたいから何とかならないかと打診されました」
そう告げると「話したいって、電話は禁止してないよ」と言われてしまった。
思うことは同じだったようだ。
「顔を見て話したいと言っていました」
「でも学校ではずっと一緒にいたんだよね?」
不思議そうな主治医に今までの経緯を説明すると「羽琉君、頑固だもんね」と苦笑いを見せる。
「何度も話をしたいと言っていたのに羽琉さんが逃げていたようです。今も電話をしても出てくれるとも思えないし、話ができるのなら顔を見て話したいと言われました」
「そうだね、話をするなら顔を見て話した方がいいと思うよ。
でもまだ外出許可は出せないし、ヒートのこともあるから今の状況で2人きりにはさせたくないし。
燈哉君がここに来ることは可能かな?」
「そうなったら自分が迎えに行くことは可能です」
「じゃあ、お願いしようかな。
羽琉君が大丈夫ならだけどね」
そこまで話を詰めても結局は羽琉次第で、「羽琉君が嫌なら仕方ないけど、このままでもいられないから聞いてみたら?」と軽く言われてしまった。
成人前であるためΩとその家族しか入ることのできない部屋を利用している羽琉だけど、その日だけは特例で家族以外のαも利用できる部屋を用意すると約束してくれた。ただ、羽琉にその気があるのならという前提だ。
「抑制剤も用意するし、僕も待機するし。
隆臣君も同席はしないにしても側にいるつもりでしょ?」
執拗なマーキングを見逃していたことを嗤われているような気もしたけれど、それでも何かあった時には羽琉の側にいて寄り添いたいと思うのは家族を想うような愛情。
自分が幸せにしたい、そんな気持ちは無いけれど、幸せになる手助けを惜しむ気はない。そして、幸せになって欲しいという気持ちにも偽りはない。
燈哉が幸せにしないなら自分が、なんて気持ちは無い。だけど燈哉が幸せにしないのなら羽琉に寄り添い、羽琉の幸せを願い、手助けをして、幸せになる姿を見届けたいという気持ちはある。
「羽琉さんと話してみます」
自分が口を挟むべきではないとは思うけれど、このまま寄り添うだけで良いとも思わない。羽琉から頼まれて動いたのではなく燈哉から頼まれて動くことに抵抗があるけれど、それでも羽琉のためになるのなら動くべきだと自分に言い聞かせる。
「羽琉さん、燈哉さんからお願いされたのですが」
その言葉をきっかけに事態は大きく動くことになる。
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