Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉 αということ、Ωということ。

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「燈哉君のこと、試さなくていいの?
 ヒートは他のαと過ごすって言えば何かリアクションがあるかもしれないよ」

 僕の言葉を受けて面白そうにそう笑ったけれど、その目は決して笑ってはいない。今までも薄々は気付いてはいたけれど、先生には僕のしていたことはお見通しなのだろう。だからこそ、その言葉を素直に受け入れ、正直な気持ちを伝える。

「今までしてきたことと、ヒートを他のαに頼ると言うのは全く違うと思います」

「自覚はあるんだ?」

 僕の言葉に意地悪な茶々を入れられるけれど、そこは甘んじて受け入れる。

「僕は他のαを頼る時でも節度は保ってました。密室や人気のない所で2人になることはしなかったし、接触しないように気を付けていました」

「でもそれは主観であって客観的に見てもそうだったのかな?」

「クラス単位の移動の時以外は3人でいるように気を付けていました。恋愛関係であるふたりの間に入ることになるけれど、Ωと付き合う気がないと公言しているので僕が邪魔をしていると言われることはあってもそれ以上の関係になることはないので問題ないです」

「だからそれは主観的にみればだよね」

 僕は事実を伝えているのに先生は主観だとか客観だとか、話をややこしくさせようとする。

「僕が誰を好きかなんて、普段の僕を見ていれば分かることだし伊織や政文はΩが嫌いだから僕のことは友人としか思ってません」

「それは想像力が足りなさすぎるよ」

 僕が多くの言葉で伝えようとしたことは一蹴されてしまう。事実に対して想像力を働かせる必要なんて全く無いはずなのに。

「Ωが嫌いだとしてもΩに対して生殖能力がないわけじゃない。Ωが嫌いだとしてもΩのヒートに反応しないわけじゃない。
 さて、問題です。
 Ωに興味のないαが2人います。
 この2人は恋愛関係です。
 そこに友人のΩが加わり3人で過ごすことになりました。

 ある日、友人のΩは想定外のヒートを起こしてしまいます。部屋には3人だけ。こんなことにはなると思っていなかったせいで手元には抑制剤はありません。

 さあ、この先どうなるのかな?」

「僕たちは各自、抑制剤を携帯してます」

「別に羽琉君たちのこと言ってるわけじゃないよ。この状況で一般的に思いつくことは?」

「そんなの…」

 そんなこと想定していなかったわけじゃない。Ωが嫌いだと言ってもΩに対して反応しないわけじゃないし、反応してくれないと困る。だって、Ωに対して不能だとすればヤキモチを妬くことも、その関係が変わることに対して不安になることも無いのだから。

「ほら、羽琉君は全て理解した上でやってたんだよね。じゃあ羽琉君のやったことと、燈哉君がやったこと、何が違うの?羽琉君が許されるなら燈哉君だって許されてもいいんじゃない?

 それに、燈哉君がそうなってしまっても燈哉君が孕むわけじゃない。

 嫌な言い方をするけれど、孕ませてしまってもαの場合は自分の身体に影響は無いよね。心情的な部分は別として、生殖能力に影響があるわけでも無い。

 だけどΩは?
 孕んでしまっても無かったことにすることは可能だけど、心はもちろん、身体に大きな影響が有るよね。諦めたことで次を望むことができなくなることもあるし。

 そう思うとより罪深いのはどっち?」

「だからと言って、自分に影響が無いからって僕という【番候補】かいるのに体液の交換をしていい理由にはなりません。
 それに先生の言い方だと孕ませる方よりも孕む方が悪いみたいに聞こえます」

 そう、体液の交換をしたからといって行為があったとは証明できないけれど、体液の交換をしたのだから行為が無かったとも証明できない。
 ただ伊織や隆臣と一緒に過ごしていただけの僕と、今居涼夏と体液を交換した燈哉、どちらが悪いかなんて議論する余地もない。

「そう、そこなんだよね。
 燈哉君もさっさと羽琉君との関係を解消してその子と番っちゃえばいいのに。別にその子と番になったところで羽琉君のことを番にできないわけじゃないし。
 だって、入学してからヒートが来てないなんてことないと思うんだよね。【運命】とか【唯一】ならさっさと噛んで羽琉君を諦めさせてくれたら楽になれるのにね」

 先生の言葉はαを擁護するような言葉ばかりで僕たちΩの事を馬鹿にしているようにも聞こえる。

「燈哉が彼と番うなら僕は燈哉と番にはなりません」

「そんなに燈哉君に執着してるのに?」

「執着なんて、」

「執着しかないよね、燈哉君に対して。
 僕には燈哉君が好きで、燈哉君しか好きじゃなくて、その気持ちを試すために色々やり過ぎて自分を追い詰めてしまったようにしか見えないよ」

 そう言って「ちょっと言い過ぎだよね、」と僕の頭を撫でる。嫌なことばかり言われ、想像するだけで気分の悪くなるような事を言われ、それなのに触れられても気分が悪くなることもないし、できればもっと撫ででほしいとすら思ってしまう。

 【番候補】であるαに遠慮するせいで誰も僕に触れてくれないのが淋しいなんて言ったことはないけれど、そんなことまでバレているのだろうかと自分の分かりやすさを嗤いたくなる。酷いことを言って僕を追い詰めたくせに、誰よりも僕のことを理解しているのはこの人なのかもしれない。

「さて、どうやって羽琉くんを説得しようかな」

 そう言うと何かを考えるそぶりを見せるため「説得する人の前でそんなこと言って考え込むの、先生だけだと思いますよ」と思わず声に出してしまう。
 言われたことはショックだったし、Ωを馬鹿にするような言動を肯定することはできないけれど、それでもこの人の話なら聞いてみようと思ってしまうのは今までの積み重ねなのだろうか。

「だって羽琉君頑固だし、すぐに言い訳するし、すぐに諦めるし」

「そうですか?」

「うん、思い通りに行かなくなるとすぐに『Ωだから仕方ない』って言ってるでしょ?あれはもう口癖みたいなものだけど、それでもその言葉で自分を縛ってるよね」

「………でも事実じゃないですか。
 αやβと違ってΩは制限が多いから諦めないといけないこと、沢山ありますよね」

「まあ、それは事実だけどね。
 でも羽琉君が使う『Ωだから仕方ない』ってちょっとニュアンスが違うんだよね。

 Ωだから人を試すようなことをしても仕方ない。だって、自分は弱いんだからみたいな感じかな?
 Ωであるということを免罪符にして自分の思うように物事を進めるの、上手だよねって言いたいけど、それって本当にそうなのかな?」

 今までの行いを曝け出されているようで居心地が悪いけれど、その行いは思うように進んでいなかったかのような言葉に違和感を感じる。
 僕は今まで上手くやってきたはずだ、彼、今居涼夏が現れるまでは。

「気付いてない?
 羽琉君は自分の掌の上で燈哉君を踊らせてると思ってるみたいだけど、それが違ったら?」

 次々と告げられる言葉に頭がついていかない。僕の都合のいいように燈哉の行動を制限していたのは事実なのに、それすらも違うと言うのだろうか。

「何も言わないのは分かってないってことかな?
 燈哉君はね、自主的に踊ってたんじゃないかな。羽琉君が望むように、羽琉君が喜ぶように」

「そんなことは、」

 思い出しながら反論をしてみるけれど、結局は僕の要望を叶えてくれたのは僕が従わせたからではなくて、従うふりをすることで僕を満足させていただけだったとしたら。
 考えれば考えるほど意味がわからなくなり、告げる言葉を失う。

「友人の2人のαの子達は上手に踊らされてるよね。羽琉君が望む通りに燈哉君を煽って、それでいて純粋に羽琉君の味方をしてくれてるし」

「………そう思ってるのならどうして今まで何も言わなかったんですか?」

「だって、僕は羽琉君の主治医なんだから羽琉君に寄り添うべきでしょ?
 だから今までは見守ってきたけれど、ヒートが絡んでくるなら話は別だよ。
 今回は、望まぬヒート事故で羽琉君が傷付かないように早めに対策をするべきだと思ったから口を出しただけで、それがなければ見守ってたかな」

 厳しいことを言ってみたり、寄り添うと言ってみたり、正直なところ先生の言葉に一貫性がないように思えてしまう。きっとその不満が伝わったのだろう。

「よく考えてみな。
 何で燈哉君が見付けたはずの【唯一】と番わずに羽琉君にマーキングを続けているのか。
 今までの自分のしてきたことを思い出して、その時に燈哉君が何を言ってどう動いたのか。

 それで羽琉君がどう動くかでふたりの関係が決まるんじゃないかな」
 
 今までだってずっと考えていたのにもっと考えなければいけないのかと思ってしまったのが本音だったけど、「まあ、αは燈哉君だけじゃないし。あとは羽琉君次第だと思うよ」と言われてしまえば考えることを放棄することはできなかった。


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