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【side:涼夏】Ωの心得。
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「燈哉君」
鍵を受け取ったオレが声をかけると燈哉は驚いた顔をして「悪い、羽琉来てたんだ」机の上の弁当を指す。
そこにあるのは燈哉のものらしい大きな弁当箱の半分にも満たないような小さな弁当箱。こんな量で生きていけるのかと心配になるけれど、羽琉君がいるならオレの存在はストレスになるだけだ。
「そうだったんだ、じゃあオレは教室に戻るよ」
「少しくらいなら話す時間あるよ。
迎えを頼んで鞄取りに来るだろうけど、せっかく鍵借りたなら少し話す?」
「じゃあ、少しだけ」
今朝はマーキングする時間もなかったはずなのに、毎日のマーキングで染みついた羽琉君の香りがオレのことを牽制しているように香ってくる。決して混じらない香りは、燈哉の周りに薄い膜のようになっているように思えるほどだ。
纏わりついてはいないけれど、膜を作り燈哉を覆い尽くそうとしているように感じるものは一体何なのだろう。
「あの子、来てたんだね」
疲れた顔を見せる燈哉にそう声をかける。廊下で別れた時はこんなに疲れた様子は見せていなかったけど、羽琉君がいるということは何か一悶着あったのだろう。
「伊織と政文が別の駐車場まで迎えにいったらしい」
「そうなんだ?
感じ悪っ」
この『感じ悪っ』は当然だけど伊織と政文に対してだ。時折昇降口で見かけるふたりを今日も視界の端で捉えていたような気がする。ふたりはオレの存在はともかく、燈哉の存在には気付いていたはずだ。
「俺たちがふたりで歩いてるのも、1年のフロアで話してたのも見てたって」
「オレたち、いつもの時間だったよね?
でもさあ、見てたなら声かけてくれたらよかったのに」
いつもの時間にいつものペースで歩いていたのだからイレギュラーなのは羽琉君の方だ。燈哉から話をしたいと打診し続けていたけれど1学期が終わりそうな今もそれは叶わず、何も言い訳できないままの誤解された関係。
オレと羽琉君が直接話せば解けそうな誤解なのに、そのチャンスがないまま終わろうとしている1学期。
一言だけ、「おはよう」の一言があれば、それをきっかけに直せる歪みもあるはずなのにともどかしい。
「窓開けておはようって言えばいいだけのことじゃない?
オレとのことだって、いいって言われてるんだよね」
「きっと本心じゃないけどな、」
「面倒臭いよね、駆け引きとか」
「本当にな、」
「え、もしかして夏休みもあの子のご機嫌とりながら過ごすとか?
会わないって言ってたけど、連絡くらいはするんでしょ?」
「それはない。
あの子、夏休みは入院するんだ。
毎年のことだけど検査入院してそのまま過ごすか、退院してもどこかで療養だし」
「ちょ、会わないとは聞いてたけど連絡しないとか、それはどうかと思うけど」
「連絡って、スケジュールは送ってあるから敢えて言うことないし」
「そんなの何でもいいんだって。
今日は夏期講習でした、とか。
今日は人脈作りしてました、とか。
それこそ今日は暇でした、会いたい、とか」
「何で療養してる相手にそんなこと言う必要があるんだ?
療養の妨げになるだけだ」
真顔でそんなことを言う燈哉に呆れる。
「好きな人からの連絡って、どんな内容でも嬉しいと思うよ。
え、もしかして普段からそんな感じ?」
「あの子の負担になりたくない」
「………それ、リセットするしない以前の問題じゃない?
夏の間連絡しないとか、自分に関心ないって思われても仕方ないと思うよ?」
呆れてしまうけれど、そんなにも接点が無いのなら燈哉がしようとしているリセットは案外うまくいくのかもしれない。
「夏の間は会わないし、連絡も取らないのはいつものこと?」
「だな。
あの子から連絡が来ることもない。
だから余計にこちらからも連絡する必要はないと思ってた」
本気でそう言う燈哉に呆れながらもこれはチャンスだと思うことにする。
自分があの子にしてあげたかったこと、あの子にして喜んでもらえたこと。それがどういうことかを1から教えないと理解できなさそうな燈哉のために使える時間は十分取れそうだ。
「じゃあ、その間は安心だね。
燈哉君の情けない姿は見られることない」
その言葉に何か言いたそうな顔をしたけれど、「そうだな」と小さく呟く。羽琉君に対して案外ヘタレな自分を少しずつ自覚しているのだろう。
燈哉自身は羽琉君に対して望むことをしてあげたいし、してあげていると思っているようだけど、何かがどこかズレてるように思えて仕方ない。
羽琉君に気付かれることはないと後腐れのない相手としていたストレス発散は、オレに言わせればただの浮気だ。そんなことで発散するのならオレと遊び倒して、別の解消法を見つければいい。
「ならさ、その間は沢山遊べるね」
「そうだな。
行きたい場所があれば考えておいてくれ」
Ωと診断が出てからひとりでは行けなくなってしまった場所を思い浮かべる。
行こうと思えば行けるのだけれど、親を心配させたくないし、正直人の目も気になる。
今の学校では当たり前のように受け入れられている【Ωの今居 涼夏】だけれど、Ωらしくない容姿と首元のネックガードのせいで揶揄されることに慣れたわけではない。
隣に強いαがいれば、そんなこともないだろう。
「プールは論外だけど、涼しいとこ行きたいね。
水族館とか、映画館とか?」
「映画館ひとりで行って知らないαが隣に座るとか、嫌だろうな」
燈哉が想像しているのは、オレの隣に知らないαが座るところではなくて、羽琉君の隣に自分以外のαが座るところなのだろう。
「だよ。
今まではそんなこと気にしなかったし、Ωの隣にαが座っちゃダメとか差別みたいとか思ったけど、何かあった時には自己責任なんだから自分が気をつけるしかないんだよ」
夏の予定を話しているのに何故か愚痴になってしまい、何となく気不味くて時間を確認する。
そろそろ羽琉君が戻ってくるかもしれない。
「そろそろ戻るよ」
そう言った燈哉も羽琉君が気になっているのだろう。
「そうだね、弁当食べる時間も無くなるし」
「また、帰りに」
そんなことを言い合い自分の教室に戻り、いつもと変わらない午後を過ごす。
昼食を食べずに戻ったオレに浬と忍は不思議そうな顔をしたけれど、「羽琉君、来てた」と言えば「え、修羅場!?」と面白がられる。
「行った時にはいなくって、燈哉君と少し話して戻ってきた」
「来年以降も涼夏と燈哉君が同じクラスになること無いだろうね」
「だろうね」
「やっぱりそう思う?」
「うん」
他人事のように、笑い話のように言っているけれど、ふたりが心配してくれるのが伝わってくる。今まで色々なことを見ているだけに、今の状況が気になるのかもしれない。
「まあ、こんなのも2学期からは無くなるだろうけどね。
外部入学だからって、いつまでも甘えてられないし」
「まあ、あの順位なら心配ないよね」
「それに、燈哉君が生徒会に入ったら自然にそうなるんじゃないの?」
「そう言われればそうだよね」
3人で話すことが多いせいか、彼らから教えられることが多いせいか、少しの言葉で伝わるせいで会話しやすい。
はじめに話しかけてくれたのがふたりで良かったと思いながらも、羽琉君にもこんなふうに話のできるΩの友達がいたら状況は違っていたのかもしれないと烏滸がましくも思ってしまう。
「そう言えば夏休みってどうやって過ごすもの、普通は」
ふたりは昼食を済ませていたものの、オレが弁当を食べるのを見守りながら会話は続いていく。ふたりはどんなふうに過ごすのかと思い聞いてみれば、それぞれの夏休みが見えてくる。
浬は遊びに行くなら幼馴染の婚約者とだと言い、宿題も彼に見てもらうと嬉しそうにしている。αの婚約者はそれなりに独占欲が強く、校外で友人に会うことにあまりいい顔をしないため自然とふたりで過ごすことが多いと笑った。
忍はパートナーがいればその相手と過ごすけど、いない時は誘われれば遊びに行くと言って浬を心配させる。
「パートナーいる時は遊んだりしないよ?でも浬みたいにこの人って思える人に出会うまでには時間のかかることもあるんだって。別に誰でもいいと思ってるわけじゃないし、遊ぶって言っても誰とでもないし。
誘ってくれる相手もちゃんと段階踏んでるし、その辺は自分でも気をつけてるつもり」
そう言った忍に浬が「僕の紹介、断ったくせに」と拗ねて見せる。
「だって、浬の知り合いにピアス外せって言われたらちょっと考えちゃうかも。
浬の紹介するような相手って自分の好み押し付けるんじゃなくて、色々考えた上でそう言いそうじゃない?
そしたら多分、ピアス外すことになるんだろうけど、ピアスはボクのアイデンティティだから」
「何それ」
相変わらず浬は拗ねた顔を見せて入るけれど、忍の言葉に少し嬉しそうな顔を見せる。羽琉君にもこんな友達がいれば良いのにと思ってしまう。
いつも側にいてくれるのが保護者代わりの兄のような存在であっても話せることと話せないことがあるだろう、きっと。
「涼夏は夏休み、どうするの?」
その言葉に一瞬口籠ってしまう。
燈哉との夏の予定を話した時には呆れながらも反対しないのだろうとは思うけれど、それを言ってしまったせいでふたりを巻き込むことになるようなら話すべきではないと結論を出し、当たり障りのないことだけを話すことにする。
毎日一緒に過ごしているせいで、いつの間にか呼び捨てにされるようになった名前。前の学校では当たり前のことだったのに、この学校に来てからは当たり前じゃなかったこと。
燈哉がオレを呼び捨てにするのはお互いに色々と曝け出したせいだけど、羽琉君の手前、オレが「燈哉」と呼び捨てにするのは違うような気がして「燈哉君」呼びのままだ。
浬と忍に対してははじめは浬君、忍君と呼んでいたし、涼夏君と呼ばれていたはずだけど本当にいつの間にか呼び方が変わっていた。
燈哉に対しては友達という感覚よりも協力者という感覚が強いけれど、浬と忍のことは友達だと思っても許されるだろう。
だから、友達を巻き込むわけにはいかないのだ。
鍵を受け取ったオレが声をかけると燈哉は驚いた顔をして「悪い、羽琉来てたんだ」机の上の弁当を指す。
そこにあるのは燈哉のものらしい大きな弁当箱の半分にも満たないような小さな弁当箱。こんな量で生きていけるのかと心配になるけれど、羽琉君がいるならオレの存在はストレスになるだけだ。
「そうだったんだ、じゃあオレは教室に戻るよ」
「少しくらいなら話す時間あるよ。
迎えを頼んで鞄取りに来るだろうけど、せっかく鍵借りたなら少し話す?」
「じゃあ、少しだけ」
今朝はマーキングする時間もなかったはずなのに、毎日のマーキングで染みついた羽琉君の香りがオレのことを牽制しているように香ってくる。決して混じらない香りは、燈哉の周りに薄い膜のようになっているように思えるほどだ。
纏わりついてはいないけれど、膜を作り燈哉を覆い尽くそうとしているように感じるものは一体何なのだろう。
「あの子、来てたんだね」
疲れた顔を見せる燈哉にそう声をかける。廊下で別れた時はこんなに疲れた様子は見せていなかったけど、羽琉君がいるということは何か一悶着あったのだろう。
「伊織と政文が別の駐車場まで迎えにいったらしい」
「そうなんだ?
感じ悪っ」
この『感じ悪っ』は当然だけど伊織と政文に対してだ。時折昇降口で見かけるふたりを今日も視界の端で捉えていたような気がする。ふたりはオレの存在はともかく、燈哉の存在には気付いていたはずだ。
「俺たちがふたりで歩いてるのも、1年のフロアで話してたのも見てたって」
「オレたち、いつもの時間だったよね?
でもさあ、見てたなら声かけてくれたらよかったのに」
いつもの時間にいつものペースで歩いていたのだからイレギュラーなのは羽琉君の方だ。燈哉から話をしたいと打診し続けていたけれど1学期が終わりそうな今もそれは叶わず、何も言い訳できないままの誤解された関係。
オレと羽琉君が直接話せば解けそうな誤解なのに、そのチャンスがないまま終わろうとしている1学期。
一言だけ、「おはよう」の一言があれば、それをきっかけに直せる歪みもあるはずなのにともどかしい。
「窓開けておはようって言えばいいだけのことじゃない?
オレとのことだって、いいって言われてるんだよね」
「きっと本心じゃないけどな、」
「面倒臭いよね、駆け引きとか」
「本当にな、」
「え、もしかして夏休みもあの子のご機嫌とりながら過ごすとか?
会わないって言ってたけど、連絡くらいはするんでしょ?」
「それはない。
あの子、夏休みは入院するんだ。
毎年のことだけど検査入院してそのまま過ごすか、退院してもどこかで療養だし」
「ちょ、会わないとは聞いてたけど連絡しないとか、それはどうかと思うけど」
「連絡って、スケジュールは送ってあるから敢えて言うことないし」
「そんなの何でもいいんだって。
今日は夏期講習でした、とか。
今日は人脈作りしてました、とか。
それこそ今日は暇でした、会いたい、とか」
「何で療養してる相手にそんなこと言う必要があるんだ?
療養の妨げになるだけだ」
真顔でそんなことを言う燈哉に呆れる。
「好きな人からの連絡って、どんな内容でも嬉しいと思うよ。
え、もしかして普段からそんな感じ?」
「あの子の負担になりたくない」
「………それ、リセットするしない以前の問題じゃない?
夏の間連絡しないとか、自分に関心ないって思われても仕方ないと思うよ?」
呆れてしまうけれど、そんなにも接点が無いのなら燈哉がしようとしているリセットは案外うまくいくのかもしれない。
「夏の間は会わないし、連絡も取らないのはいつものこと?」
「だな。
あの子から連絡が来ることもない。
だから余計にこちらからも連絡する必要はないと思ってた」
本気でそう言う燈哉に呆れながらもこれはチャンスだと思うことにする。
自分があの子にしてあげたかったこと、あの子にして喜んでもらえたこと。それがどういうことかを1から教えないと理解できなさそうな燈哉のために使える時間は十分取れそうだ。
「じゃあ、その間は安心だね。
燈哉君の情けない姿は見られることない」
その言葉に何か言いたそうな顔をしたけれど、「そうだな」と小さく呟く。羽琉君に対して案外ヘタレな自分を少しずつ自覚しているのだろう。
燈哉自身は羽琉君に対して望むことをしてあげたいし、してあげていると思っているようだけど、何かがどこかズレてるように思えて仕方ない。
羽琉君に気付かれることはないと後腐れのない相手としていたストレス発散は、オレに言わせればただの浮気だ。そんなことで発散するのならオレと遊び倒して、別の解消法を見つければいい。
「ならさ、その間は沢山遊べるね」
「そうだな。
行きたい場所があれば考えておいてくれ」
Ωと診断が出てからひとりでは行けなくなってしまった場所を思い浮かべる。
行こうと思えば行けるのだけれど、親を心配させたくないし、正直人の目も気になる。
今の学校では当たり前のように受け入れられている【Ωの今居 涼夏】だけれど、Ωらしくない容姿と首元のネックガードのせいで揶揄されることに慣れたわけではない。
隣に強いαがいれば、そんなこともないだろう。
「プールは論外だけど、涼しいとこ行きたいね。
水族館とか、映画館とか?」
「映画館ひとりで行って知らないαが隣に座るとか、嫌だろうな」
燈哉が想像しているのは、オレの隣に知らないαが座るところではなくて、羽琉君の隣に自分以外のαが座るところなのだろう。
「だよ。
今まではそんなこと気にしなかったし、Ωの隣にαが座っちゃダメとか差別みたいとか思ったけど、何かあった時には自己責任なんだから自分が気をつけるしかないんだよ」
夏の予定を話しているのに何故か愚痴になってしまい、何となく気不味くて時間を確認する。
そろそろ羽琉君が戻ってくるかもしれない。
「そろそろ戻るよ」
そう言った燈哉も羽琉君が気になっているのだろう。
「そうだね、弁当食べる時間も無くなるし」
「また、帰りに」
そんなことを言い合い自分の教室に戻り、いつもと変わらない午後を過ごす。
昼食を食べずに戻ったオレに浬と忍は不思議そうな顔をしたけれど、「羽琉君、来てた」と言えば「え、修羅場!?」と面白がられる。
「行った時にはいなくって、燈哉君と少し話して戻ってきた」
「来年以降も涼夏と燈哉君が同じクラスになること無いだろうね」
「だろうね」
「やっぱりそう思う?」
「うん」
他人事のように、笑い話のように言っているけれど、ふたりが心配してくれるのが伝わってくる。今まで色々なことを見ているだけに、今の状況が気になるのかもしれない。
「まあ、こんなのも2学期からは無くなるだろうけどね。
外部入学だからって、いつまでも甘えてられないし」
「まあ、あの順位なら心配ないよね」
「それに、燈哉君が生徒会に入ったら自然にそうなるんじゃないの?」
「そう言われればそうだよね」
3人で話すことが多いせいか、彼らから教えられることが多いせいか、少しの言葉で伝わるせいで会話しやすい。
はじめに話しかけてくれたのがふたりで良かったと思いながらも、羽琉君にもこんなふうに話のできるΩの友達がいたら状況は違っていたのかもしれないと烏滸がましくも思ってしまう。
「そう言えば夏休みってどうやって過ごすもの、普通は」
ふたりは昼食を済ませていたものの、オレが弁当を食べるのを見守りながら会話は続いていく。ふたりはどんなふうに過ごすのかと思い聞いてみれば、それぞれの夏休みが見えてくる。
浬は遊びに行くなら幼馴染の婚約者とだと言い、宿題も彼に見てもらうと嬉しそうにしている。αの婚約者はそれなりに独占欲が強く、校外で友人に会うことにあまりいい顔をしないため自然とふたりで過ごすことが多いと笑った。
忍はパートナーがいればその相手と過ごすけど、いない時は誘われれば遊びに行くと言って浬を心配させる。
「パートナーいる時は遊んだりしないよ?でも浬みたいにこの人って思える人に出会うまでには時間のかかることもあるんだって。別に誰でもいいと思ってるわけじゃないし、遊ぶって言っても誰とでもないし。
誘ってくれる相手もちゃんと段階踏んでるし、その辺は自分でも気をつけてるつもり」
そう言った忍に浬が「僕の紹介、断ったくせに」と拗ねて見せる。
「だって、浬の知り合いにピアス外せって言われたらちょっと考えちゃうかも。
浬の紹介するような相手って自分の好み押し付けるんじゃなくて、色々考えた上でそう言いそうじゃない?
そしたら多分、ピアス外すことになるんだろうけど、ピアスはボクのアイデンティティだから」
「何それ」
相変わらず浬は拗ねた顔を見せて入るけれど、忍の言葉に少し嬉しそうな顔を見せる。羽琉君にもこんな友達がいれば良いのにと思ってしまう。
いつも側にいてくれるのが保護者代わりの兄のような存在であっても話せることと話せないことがあるだろう、きっと。
「涼夏は夏休み、どうするの?」
その言葉に一瞬口籠ってしまう。
燈哉との夏の予定を話した時には呆れながらも反対しないのだろうとは思うけれど、それを言ってしまったせいでふたりを巻き込むことになるようなら話すべきではないと結論を出し、当たり障りのないことだけを話すことにする。
毎日一緒に過ごしているせいで、いつの間にか呼び捨てにされるようになった名前。前の学校では当たり前のことだったのに、この学校に来てからは当たり前じゃなかったこと。
燈哉がオレを呼び捨てにするのはお互いに色々と曝け出したせいだけど、羽琉君の手前、オレが「燈哉」と呼び捨てにするのは違うような気がして「燈哉君」呼びのままだ。
浬と忍に対してははじめは浬君、忍君と呼んでいたし、涼夏君と呼ばれていたはずだけど本当にいつの間にか呼び方が変わっていた。
燈哉に対しては友達という感覚よりも協力者という感覚が強いけれど、浬と忍のことは友達だと思っても許されるだろう。
だから、友達を巻き込むわけにはいかないのだ。
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