Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:涼夏】築かれる関係と、歪んでいく関係。

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 帰宅後に改めて付き合っていないαにマーキングさせるのは駄目だと叱られ、「何があったのか本当は聞きたいけど、涼くんのこと信じるし、燈哉君は悪い子には見えなかったけど、会って間もないαを信用し過ぎないようにね」と念を押されてしまった。

「別に燈哉君がどうこうとかじゃなくて、涼くんはもう少しΩの自覚を持って欲しいの」

 言いにくそうにそう言った母は「色々と戸惑う気持ちは理解してるつもりだけど、親として心配する気持ちも分かって欲しい」と目を伏せる。

「αだって女の子なんだからねって言われるの、すごく嫌だったんだけど今なら理解できちゃうって皮肉よね。
 だから敢えて言うんだけど、涼夏は周りが思い込むくらいαらしいけど、男の子だしって思うかもしれないけど、Ωなんだって改めて自覚しなさい。
 あの学校でまだまだ長い時間を過ごすことになるんだから、せっかくできた友達と離れないといけないようなことにならないように、自覚を持って、節度を持ってね」

 纏うことの意味を知っていた母だから、本当はもっと言いたいことも聞きたいこともあったはずなのに、それだけ言うと「さ、ご飯の仕上げしちゃうから着替えてきなさい」と、オレを部屋に追いやる。
 部屋で少し反省しろということかもしれない。

 αだと思っていた息子がΩだったのだから親だって戸惑うし、心配するのは当たり前だろう。母はαである前に女性なのだから、自分の言われてきたことや経験をもとに話していることも多いのだろう。
 新しい環境で燈哉と、そして浬や忍と話すようになって自分はΩなのだと自覚することや、Ωなのだと自覚させられることも多く、これからもっとその違和感と向き合っていく必要があるのだと改めて自覚する。

 守る側だと思っていたのに守られる側になってしまったこと。

 選ぶ側だと思っていたのに選ばれる側になったこと。

 抱く性だと思っていたのに抱かれる性だったこと。

 全てのΩがそうだとは言わないけれど、自分の中にあるΩのイメージはこんな感じなのだから仕方ない。
 これから自分はΩなのだと自覚して生活していく中で、今日気付いた【プール】との向き合い方のようなことは山ほど出てくるだろう。

「Ωだから仕方ない、か」

 自分も度々口にする、羽琉君も口にしていたという言葉。
 きっと、浬や忍だって何十回も、何百回も言ってきた言葉。そして、これからも何かの度に言い続けるであろう言葉。

「慣れるしかないんだよな…」

 母の呼ぶ声を聞きながら大きく深呼吸して「頑張ろ…」と呟く事しかできなかった。


⌘⌘⌘


「おはよう」

 翌日も約束通り駅で待っていた燈哉はオレの姿を見るとお手本のような笑顔を見せる。この笑い方が燈哉のパブリックイメージというヤツなのだろう。
 昨日、ファミレスで見せた素の表情を思い出すと笑えてきそうになるけれど、同じようにお手本のような笑みを心がけて挨拶してみる。αだった頃には同じ学校の女子から『王子様扱い』され、面白がって『王子様スマイル』なんて遊んでいたことがあったからそれなりに様になっているはずだ。

「ちょ、その顔」

「燈哉君、素が出てるよ?」

 小声でそう言う燈哉に済ました顔で答える。もちろんオレも小声だ。

「オレ、前の学校で女子から王子様とか言われることあったんだよね。だからオレもパブリックイメージ的な」

「人のこと使って遊ぶな」

 そう言って苦笑いを見せたけれど、その顔は疲れているようにも見える。

「昨日、大丈夫だった?」

「大丈夫って、親?
 うちは全然大丈夫だったけど、涼夏は?お母さん、だいぶ怒ってなかった?」

「怒ってはなかったよ。
 だけど、Ωとしての自覚を持ちなさいって説教」

「悪かったな」

「別に燈哉君のせいじゃないよ。
 オレ自身、自覚が足りなかったって反省したし。だから今日からは節度を持ったお付き合いでお願いします」

「何だ、それ」

 オレの言葉に小さく笑った燈哉は「マーキングは羽琉にだけにするよ」と言う。

「羽琉君が落ち着いたらちゃんと話させて。謝りたいし」

「落ち着いたらな」

「謝ってた、謝りたいくらいは言えない?」

「羽琉次第だけど、羽琉相手だと冷静でいられる自信がない」

「言葉で伝えられることはちゃんと言葉にしないと駄目だよ」

 そんな話をしているうちに学校に着いてしまい、校門で別れる。

 節度を持って、そう母に言われたことを思い出し、近くなり過ぎないように注意を払う。話しながら一緒に歩くだけでも多少の香りが残るけれど、明確なマーキングではない。
 だけど、ふたりで歩く姿だけでも効果的なようで、明確なマーキングが無くても燈哉の存在が抑止力となりαからアプローチされることのないまま毎日は過ぎていく。
 浬と忍のおかげで少しずつ交友関係も広がり、友人と呼べる相手も少しずつ増えていく。

「涼夏君は燈哉君とは…」

 好奇心丸出しで、だけどはっきり口にするのは【はしたない】とでも思うのか遠回しにされる質問。

「オレが外部からだから心配してくれてるだけだよ」

「でも入学式の日に、」

「何かあった?」

 そんな風に誤魔化そうとするオレを見て浬と忍が吹き出す。

「涼夏、それ無理あるし」

 忍がそう笑えば「気の迷い、気の迷い」と浬が笑う。ふたりには何となく話したから「燈哉君、最低」と憤りはしたけれど、「でもさ、そんなふうに想われる羽琉君、羨ましくもあるよね」と燈哉を擁護するようなことを言われて少し面白くなかった。
 Ωを何だと思ってるんだ、と憤って欲しかったわけではないけれど、予想と違うリアクションに拍子抜けしてしまったのが正直なところ。
 Ω初心者のオレにはまだまだ理解できないことが多いのだろう。

「まあ、燈哉君の知ってる人に似てたから驚いて興奮したってことにしておいてあげたら?」

「そんな感じだよね」

 そうじゃないけれど、あながち間違いでもない言い訳を続けるふたりのおかげで何となく曖昧にされた事柄。
 オレに対するマーキングが無くなり、羽琉君に対するマーキングが異常なくらい強くなっていったせいで入学式での出来事は少しずつ人の記憶から薄れていく。
 だけど今度は登下校の時にだけふたりで歩くオレと燈哉を【結ばれぬふたり】なんて言い出して応援しようとするヤツらが出てきてしまい、浬と忍を笑わせる。

「ちゃんと違うとは否定してるよ」

「外部入学のΩを生徒会候補者として気遣ってるってちゃんと言ってるもん」

「え、生徒会候補者なの?」

「そうだよ。
 中等部で生徒会やってると声かけられるしね」

「じゃあ、そうなったらひとりで登下校だな」

「まあ、涼夏なら平気だよね」

 そんな何気ない会話からオレと燈哉の関係を探ろうとするヤツも居たけれど、少しずつ少しずつ【ふたりの間には恋愛的な何かは無いようだ】という認識が広がっていく。
 中には「お似合い」だとか「応援してます」なんて的外れなことを言ってくる奴もいたけれど、素で「何が?」と答えればそれ以上は何も言われることは無かった。

「もしもだけど燈哉君とふたりで過ごしたい時とかあったら空き教室の鍵、貸すから」

 そんなことを言われたのを覚えていたのは燈哉の様子が少しずつ少しずつ悪い方に変化していってしまったから。

 羽琉君のことを【好き】だと言っていたのにその想いがうまく伝わらないせいで日々増していく執着。
 オレのことをちゃんと羽琉君に話すと言いながらも、羽琉君が嫌がれば強く言えないせいで誤解を解くことのできない燈哉とオレとの関係。

「ねえ、オレはあんまり羽琉君のこと知らないけど羽琉君、だいぶ調子悪そうじゃない?」

 以前聞かされた機嫌が良くなくても調子が良くないと言う、ということは覚えていたけれど、色白というよりも青白くなっていく羽琉君のことが心配だった。
 そして、羽琉君の青白さが増せば増すほど苛立ちが強くなる燈哉のことも心配だった。

 オレとの関係を羽琉君が誤解しているのならちゃんと説明をしたいけど、それが無理ならオレの送迎はもうやめて欲しいと言ったこともあった。
 浬や忍から紹介された友人の中には電車で通学している子もいるし、ひとりになることはないと言ってみたのに燈哉の答えはNOだった。

「本音で話せるの、涼夏だけなんだって」

 そんなふうに言われてしまえば断り辛く、「仕方ないなあ」と言ってしまう。



 ファミレスで話した後、ふたりの時に聞かされる燈哉と羽琉君の関係は、順調そうに見えて少しずつ歪できてしまっていた。
 ふたりだけの時は燈哉の我慢の上に成り立っていた関係。ただ、燈哉にしてみれば羽琉君のための我慢は仕方ないと思いつつも何とかしてあげたいと思うものだった。友人と約束できないことも、機嫌を損ねて調子が良くないと言うことも、自分の気を引きたくてする行動だと思えば仕方ないと思えるようなもの。
 だけど、そんな関係を歪ませたのは【伊織】の存在だった。



「前に含みを持たせたって、涼夏が嫌な顔したの覚えてる?」



 そう先に口にしたのは燈哉だった。
 その日はテスト対策のためにと燈哉が家に来ていて、休憩にしなと母が軽食の差し入れをしてくれた時だった。
 燈哉とオレの関係に苦言を呈した母だったけれど、友人として付き合う事に反対することはなく、図書館で燈哉と勉強をすると言った時には「父さんや母さんが家にいる時にはウチ、使っていいわよ?」と提案され、その言葉に甘えたのだ。
 燈哉の家は当然選択肢には無かったけど、図書館でならと思っていただけにありがたい申し出だったけど、「変なことしてたら即追い出すからね」という言葉には辟易してしまった。

「図書館だと目立つわよ?」
 
 そう苦笑いした母は「外見だけ見てるとイケメンαふたりって言っても通用するし。うちの息子、イケメン」と笑う。
 少しずつオレのΩという性を受け入れ、腫れ物に触るようなことをせずに少しずつ日常に戻せるよう気を遣ってくれているのが伝わってきて苦笑いしてしまう。

『うちの息子、イケメン』

 以前はよく言っていた、言われていた言葉。本当はこの後にαとついて『うちの息子、イケメンα』と言うのが母のお気に入りのフレーズだった。
 親馬鹿だけど、そう言いながらオレの頭をグリグリとする母の声と仕草が好きだった。
 もちろん外で言うことは無かったけれど、家では割とよく言われていた言葉。
 Ωと診断が出た後で母なりに気遣って言わなくなった言葉だったけど、こんなふうにまた聞けるのが嬉しいと思ってしまう。
 少しずつ日常を取り戻していく我が家。

 だけど、燈哉と燈哉の周りの歪みは少しずつ、だけど確実に大きくなっていった。
 
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