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【side:涼夏】挑発と後悔。
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「燈哉君も気付いているんじゃないの?フェロモン、強くなってるよ。
ねえ、確かめて」
言いながら燈哉の前に立ち、そっと背に手を回す。ハグと言うには弱いけれど、向き合ってそんなふうにしてしまえばダイレクトに香る燈哉のフェロモン。
αのフェロモンをこんなにも近くで感じたことがなかったせいか、高揚感と酩酊感で身体が熱を持つような気がする。
「きっとオレたち、相性がいいと思うんだ」
そう言って顔を上げれば同じように高揚した様子の燈哉と目が合う。こんなにも身体に変化が出るのだから相性は悪くないはずだ。
「試してみる?」
挑発するようにそっと唇を重ねてみれば燈哉が逃げようとするため、頭を抱え込みもう一度唇を押し当てる。
Ωの彼が【その時】を迎えた時に情けない姿を見せないようにとシュミレーションしていたそれは上手く行ったように思えた。角度を変えて何度か重ねた唇。
重ねるだけであっても何度も繰り返せば乾燥してくるのが気になりペロリと舐めれば燈哉の唇まで舐めてしまい、バツが悪くて苦笑いをしながら息を吸う。慣れないせいか、フェロモンのせいか息苦しい。
お互いのフェロモンが反応してしまっているのだろう。
だけど、そろそろ離れようとしたオレを今度は燈哉が離してくれなかった。
重ねるだけだった唇を舐められ、喰まれ、その慣れた様子に声を上げようとすれば舌を絡ませようとしてくる。
流石にそれはと思い舌を逃せば唇の裏側を舐められ、歯列を舌でなぞられる。
そうなってしまうとこちらも意地だった。頭の中にある知識を引き出し舌を絡ませようとするものの今度は逃げられてしまい、口蓋を執拗に舐められる。
苦しくなり口を開ければ喉奥に舌を捩じ込まれる。
こんなはずじゃなかったのに、そんなふうに思うものの、好きにされたままなのが面白くなく必死に燈哉の動きに応える。
舌が絡み合う水音と、時折漏れる吐息。
何をしているのだと頭の芯は冷えていくのに身体は熱を帯びたままなのが気持ち悪い。
好きな相手でもないのに反応してしまうのは強いαを求めるΩの性なのだろうかと自分が情けなくなる。
その時、急に燈哉が身体を離し、今まで重ねていた唇を乱暴に手の甲で拭き取る。まるで、そこが汚れているかのように。
屈辱だった。
こちらから挑発したのだけれど、応えたのは燈哉なのに嫌悪を表すようなその行動に少なからず傷付く。だけど、αだった頃に培った負けん気はオレを奮い立たせる。
「燈哉君とぼくのフェロモン、相性良いみたいだね」
ハンカチで口元を拭きながらそう言ってみるものの、それに答えずスマホを取り出した燈哉が腹立たしい。
「もう一回する?」
あの子、僕とキスしたって言ったら学校来れなくなっちゃうかもね」
目を伏せて笑い、こちらに目を向けるようにわざと露悪的な態度をとってみる。
「羽琉君だっけ?
仲良しなんだってね。
クラスに戻ってから大変だったんだよ?オレから話しかけたわけじゃないのに『羽琉君が可哀想』とか、『調子に乗るな』とか。
あ、でも応援するからって言ってた子もいたかな?
でも酷いよね、オレは話しかけられたから返事して、何があったのか分からないからどうしたのって聞いただけなのに。
でも、羽琉君と番ってるわけじゃないんだよね?」
色々と教えられたのは本当だけど、良家の子女が揃うだけあってキツイ言葉をかけられることはなかった。だけど、燈哉の真意を知らなければ明日からに備えることができないと思い、敢えて挑発的な態度を取る。
「番ってはない。
だけど、羽琉のことは大切に思ってる」
「じゃあ何でオレのとこに来たの?」
「それは…」
「ねえ、【運命】って信じる?
オレね、Ωなのにこんな身長だからαに優しくされたことなかったんだよね…。
αよりもαらしいΩとか言われて、ネックガードなんて必要ないんじゃないかって嗤われて。
だから燈哉君がオレに気付いてくれた時に嬉しくて、声をかけられてこれは運命かもって思ったんだ。
だって、燈哉君はオレのフェロモンに反応してるし、キスにだって応えてくれた。
オレは、燈哉君に惹かれてるよ。
燈哉君がオレを抱きしめた時に運命だって思った。
この人に触れたい、この人に噛まれたいって思った。
それなのに羽琉君が大切だって、それなら何でオレに声をかけたの?」
そう言いながらも思ってもいない言葉で燈哉の気を引こうとしている自分が情けなくて、今まで溜め込んでいた想いまでもが溢れ出してしまい泣くのを抑えられなくなる。
【運命】なんて信じてないし、強い者に庇護されれば楽になるかと打算が働いただけ。
ΩらしくないΩと、そんな外見でαに相手にされるのかと嗤われる。ネックガードをしていれば見間違えかと二度見され、驚いた顔をされる。
Ωと診断が出てしまったのだから受け入れるしかないと頭では理解しているけれど、それでも何処かでΩであることを否定する。
それなのに高揚感を、酩酊感を教えられ、Ωとしての本能のようなものを引き出されてしまい恐怖を覚える。
庇護されれば楽になる。
Ωの本能に従って、強い者に身体を開けば楽になれる。
このまま、身体の昂りに身を任せれば楽になれる。
何かがそう囁きかける。
自分がαだと思っていた頃、付き合っていた相手のことは本当に大切だったし本当に好きだった。【その時】が来たら大切に大切に初めての時を過ごそうと思っていた。
それなのにΩだと診断が出た途端に全てが崩れ去ってしまった。
ヒートが来ても軽いもので、Ωと診断されたものの、このまま薬でやり過ごすことができるのではないかと希望を持った。Ωと診断されてもΩとしてαを受け入れることなく恋愛することも可能かと夢見ていた部分もあった。
知らなければ、知ろうとしなければ、知ることがなければやり過ごすことができたかもしれないのに。
悔しくて涙を止めることができなかった。
「ごめん」
「ごめんじゃ分からないよ。
何でオレに声をかけたの?
オレのことを抱きしめたのは何で?
燈哉君もオレに気付いてくれたんじゃなかったの?」
衆人環視の中で声を掛け、微笑み合い、抱き寄せられた。
それなのに、その直後に自分じゃないΩを巡ってα同士で争う姿を見せられたあげく、そんな状況の中でオレを呼び出し、2人きりで過ごすことを周知する。
衆人環視の中であれだけのことをされたオレは、明日からどんな扱いを受けるのだろう。巻き込まれたと言われたのだからそれ相応の何かがあるはずだ。
あのふたりのΩは明日もオレに話しかけてくれるのだろうか。番候補のいるαに言い寄ったと嗤われるのだろうか。
こんなことならオレのためだから仕方ないと全てを受け入れず、希望していた高校に行くべきだったのではないか。
何も言わない燈哉に苛立つ。
羽琉君の存在を知っていたのに期待してしまった、期待して利用しようとした自分に嫌悪する。
「期待させたくせに…」
『期待したくせに…』
燈哉に向けた言葉は自分に向けた言葉。
「ごめん」
燈哉の口から出た謝罪の言葉はオレのことを惨めにさせただけだった。
先程までの高揚感は身を潜め、体内の熱も引いていく。期待させたくせにと恨み言のような言葉を吐いてしまったけれど、きっかけは燈哉だったとしても【知って】しまったのだからら断るという選択肢もあったのに、それに乗り、挑発したのだからオレだって悪い。
肉体的な、性的な接触を仕掛けた分、オレの方がタチが悪いのかも知れない。
高揚感だとかフェロモンだとか、目に見えないもののせいにしてしまえば許されるわけじゃないのだから。
ねえ、確かめて」
言いながら燈哉の前に立ち、そっと背に手を回す。ハグと言うには弱いけれど、向き合ってそんなふうにしてしまえばダイレクトに香る燈哉のフェロモン。
αのフェロモンをこんなにも近くで感じたことがなかったせいか、高揚感と酩酊感で身体が熱を持つような気がする。
「きっとオレたち、相性がいいと思うんだ」
そう言って顔を上げれば同じように高揚した様子の燈哉と目が合う。こんなにも身体に変化が出るのだから相性は悪くないはずだ。
「試してみる?」
挑発するようにそっと唇を重ねてみれば燈哉が逃げようとするため、頭を抱え込みもう一度唇を押し当てる。
Ωの彼が【その時】を迎えた時に情けない姿を見せないようにとシュミレーションしていたそれは上手く行ったように思えた。角度を変えて何度か重ねた唇。
重ねるだけであっても何度も繰り返せば乾燥してくるのが気になりペロリと舐めれば燈哉の唇まで舐めてしまい、バツが悪くて苦笑いをしながら息を吸う。慣れないせいか、フェロモンのせいか息苦しい。
お互いのフェロモンが反応してしまっているのだろう。
だけど、そろそろ離れようとしたオレを今度は燈哉が離してくれなかった。
重ねるだけだった唇を舐められ、喰まれ、その慣れた様子に声を上げようとすれば舌を絡ませようとしてくる。
流石にそれはと思い舌を逃せば唇の裏側を舐められ、歯列を舌でなぞられる。
そうなってしまうとこちらも意地だった。頭の中にある知識を引き出し舌を絡ませようとするものの今度は逃げられてしまい、口蓋を執拗に舐められる。
苦しくなり口を開ければ喉奥に舌を捩じ込まれる。
こんなはずじゃなかったのに、そんなふうに思うものの、好きにされたままなのが面白くなく必死に燈哉の動きに応える。
舌が絡み合う水音と、時折漏れる吐息。
何をしているのだと頭の芯は冷えていくのに身体は熱を帯びたままなのが気持ち悪い。
好きな相手でもないのに反応してしまうのは強いαを求めるΩの性なのだろうかと自分が情けなくなる。
その時、急に燈哉が身体を離し、今まで重ねていた唇を乱暴に手の甲で拭き取る。まるで、そこが汚れているかのように。
屈辱だった。
こちらから挑発したのだけれど、応えたのは燈哉なのに嫌悪を表すようなその行動に少なからず傷付く。だけど、αだった頃に培った負けん気はオレを奮い立たせる。
「燈哉君とぼくのフェロモン、相性良いみたいだね」
ハンカチで口元を拭きながらそう言ってみるものの、それに答えずスマホを取り出した燈哉が腹立たしい。
「もう一回する?」
あの子、僕とキスしたって言ったら学校来れなくなっちゃうかもね」
目を伏せて笑い、こちらに目を向けるようにわざと露悪的な態度をとってみる。
「羽琉君だっけ?
仲良しなんだってね。
クラスに戻ってから大変だったんだよ?オレから話しかけたわけじゃないのに『羽琉君が可哀想』とか、『調子に乗るな』とか。
あ、でも応援するからって言ってた子もいたかな?
でも酷いよね、オレは話しかけられたから返事して、何があったのか分からないからどうしたのって聞いただけなのに。
でも、羽琉君と番ってるわけじゃないんだよね?」
色々と教えられたのは本当だけど、良家の子女が揃うだけあってキツイ言葉をかけられることはなかった。だけど、燈哉の真意を知らなければ明日からに備えることができないと思い、敢えて挑発的な態度を取る。
「番ってはない。
だけど、羽琉のことは大切に思ってる」
「じゃあ何でオレのとこに来たの?」
「それは…」
「ねえ、【運命】って信じる?
オレね、Ωなのにこんな身長だからαに優しくされたことなかったんだよね…。
αよりもαらしいΩとか言われて、ネックガードなんて必要ないんじゃないかって嗤われて。
だから燈哉君がオレに気付いてくれた時に嬉しくて、声をかけられてこれは運命かもって思ったんだ。
だって、燈哉君はオレのフェロモンに反応してるし、キスにだって応えてくれた。
オレは、燈哉君に惹かれてるよ。
燈哉君がオレを抱きしめた時に運命だって思った。
この人に触れたい、この人に噛まれたいって思った。
それなのに羽琉君が大切だって、それなら何でオレに声をかけたの?」
そう言いながらも思ってもいない言葉で燈哉の気を引こうとしている自分が情けなくて、今まで溜め込んでいた想いまでもが溢れ出してしまい泣くのを抑えられなくなる。
【運命】なんて信じてないし、強い者に庇護されれば楽になるかと打算が働いただけ。
ΩらしくないΩと、そんな外見でαに相手にされるのかと嗤われる。ネックガードをしていれば見間違えかと二度見され、驚いた顔をされる。
Ωと診断が出てしまったのだから受け入れるしかないと頭では理解しているけれど、それでも何処かでΩであることを否定する。
それなのに高揚感を、酩酊感を教えられ、Ωとしての本能のようなものを引き出されてしまい恐怖を覚える。
庇護されれば楽になる。
Ωの本能に従って、強い者に身体を開けば楽になれる。
このまま、身体の昂りに身を任せれば楽になれる。
何かがそう囁きかける。
自分がαだと思っていた頃、付き合っていた相手のことは本当に大切だったし本当に好きだった。【その時】が来たら大切に大切に初めての時を過ごそうと思っていた。
それなのにΩだと診断が出た途端に全てが崩れ去ってしまった。
ヒートが来ても軽いもので、Ωと診断されたものの、このまま薬でやり過ごすことができるのではないかと希望を持った。Ωと診断されてもΩとしてαを受け入れることなく恋愛することも可能かと夢見ていた部分もあった。
知らなければ、知ろうとしなければ、知ることがなければやり過ごすことができたかもしれないのに。
悔しくて涙を止めることができなかった。
「ごめん」
「ごめんじゃ分からないよ。
何でオレに声をかけたの?
オレのことを抱きしめたのは何で?
燈哉君もオレに気付いてくれたんじゃなかったの?」
衆人環視の中で声を掛け、微笑み合い、抱き寄せられた。
それなのに、その直後に自分じゃないΩを巡ってα同士で争う姿を見せられたあげく、そんな状況の中でオレを呼び出し、2人きりで過ごすことを周知する。
衆人環視の中であれだけのことをされたオレは、明日からどんな扱いを受けるのだろう。巻き込まれたと言われたのだからそれ相応の何かがあるはずだ。
あのふたりのΩは明日もオレに話しかけてくれるのだろうか。番候補のいるαに言い寄ったと嗤われるのだろうか。
こんなことならオレのためだから仕方ないと全てを受け入れず、希望していた高校に行くべきだったのではないか。
何も言わない燈哉に苛立つ。
羽琉君の存在を知っていたのに期待してしまった、期待して利用しようとした自分に嫌悪する。
「期待させたくせに…」
『期待したくせに…』
燈哉に向けた言葉は自分に向けた言葉。
「ごめん」
燈哉の口から出た謝罪の言葉はオレのことを惨めにさせただけだった。
先程までの高揚感は身を潜め、体内の熱も引いていく。期待させたくせにと恨み言のような言葉を吐いてしまったけれど、きっかけは燈哉だったとしても【知って】しまったのだからら断るという選択肢もあったのに、それに乗り、挑発したのだからオレだって悪い。
肉体的な、性的な接触を仕掛けた分、オレの方がタチが悪いのかも知れない。
高揚感だとかフェロモンだとか、目に見えないもののせいにしてしまえば許されるわけじゃないのだから。
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