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【side:伊織】特別な存在と運命。
しおりを挟む羽琉のことがずっと好きだった。
羽琉を最初に認識したのは幼稚舎の頃。
小さな頃は今よりももっと身体の弱かった羽琉はたまにしか会うことのできないレアな存在で、だけど、たまに来ても一緒に遊ぶことのできない特別な存在だった。
その当時、先生は羽琉のことを腫れ物を触るように扱ったためクラスでも浮いていて、羽琉は無闇に触れてはいけない存在だった。
外に出る時も特別扱いの羽琉は部屋の中。
外に出ようと誘っても「羽琉くんはお外出れないんだよ」と先生に言われるし、それならお部屋で一緒に、と思えば「元気な子はお外に行っておいで」と言われてしまう。
今覚えば室内で一緒に過ごすことが悪いのではなくて、戸外でも室内でも羽琉が興奮させないための配慮だったのだろう。
少し走っただけで息切れして、無理をすれば発熱する。食も細くて無理をして食べようとすれば戻してしまう。
同じ教室でそんな様子を見ていたせいで、触れたら壊れてしまいそうな羽琉を遠巻きに見ていることしかできなかったのに、それなのに気がついたら羽琉の隣には燈哉がいた。
隣のクラスだった燈哉は羽琉の現状を知らず、グイグイと距離を詰め、その隣を自分のものにしたようだ。
それを知ったのは初等部の時だった。
嬉しいことに初等部でも羽琉と同じだった僕は名簿の順番が近いことを理由に幼稚舎の頃以上に羽琉を気にかけるようになる。幼稚舎の頃に比べるとその顔を見られる回数は格段に増え、少しだけ体力がついたのか、体育の時にできる事には参加するようになった。
橘 伊織
仲真 羽琉
名簿が前後だったせいで2人組で何かをする時にはペアになることも多く、少しずつ少しずつその仲を深めていく。
お互いに幼稚舎の頃から知っているのだから、打ち解けるのは他の子に比べれば案外早かったはずだ。
「羽琉、誰それ?」
そんな風に声をかけられたのは羽琉の調子が良くて、それでも走り回るのが無理だからとふたりで日光浴をしていた時。声をかけてきたのは幼稚舎の時から一緒だけど、同じクラスになったことのないただの同級生。
「燈哉くんっ‼︎」
「だれ?」
嬉しそうな羽琉の声と、僕のことを睨む、とまでは言わないけれど、胡乱げな目で見られていて居心地が悪い。
「友達だよ。幼稚舎の頃も一緒だったけど知らない?
燈哉くん、こっちは伊織くん。
同じクラスでいつも一緒にいてくれるの」
「知らなかった。
でも幼稚舎から一緒なら僕も一緒だ」
「俺だってこんなヤツ知らないし」
こちらは話を広げようとしているのに燈哉と呼ばれた同級生は面白くなさそうに僕のことを見る。
「橘 伊織です」
居心地は悪いけど、それでも自分の名前を告げてみる。とりあえず自己紹介は必要だ。
「相模 燈哉」
相手も自己紹介をするけれど、お互いに名乗っただけで話が広がらない。
「燈哉くんはね、ヒーローなんだ」
どうしたものかと思っていると、嬉しそうに羽琉が話を始める。
幼稚舎の頃に戸外遊びを禁止されて、それでも外に出たくて日陰で園庭を見ていたこと。そんな中で誰よりも楽しそうに遊んでいた燈哉を見ていたこと。
見ていると、燈哉が何をしても誰よりも格好良くてずっと憧れていたこと。
そして、そんな羽琉に気付いてその姿を見つけると遊ぶのをやめて羽琉の隣で寄り添ってくれていたこと。
正直面白くなかった。
子供心に嫉妬だってした。
自分だって羽琉と一緒に過ごしたかったのを先生から止められていたのに。
羽琉は触れてはいけない特別な存在だったのに。
「先生、羽琉くんは調子悪くなるから一緒に遊んじゃダメって、」
「うん。
だから燈哉くんとはお話ししてただけ」
そう言って嬉しそうに笑う羽琉を見てなんとなく負けた気がした。
羽琉の体調を気遣って先生の言った言葉を忠実に守っている間に燈哉は羽琉に近付き、羽琉と仲良くなっていたのだ。
大人しく日陰で座る羽琉を見たことがなかったわけではないけれど、遊べなくて可哀想だと思っても隣に座って寄り添おうなんて思いもしなかった。
「燈哉くんね、走るの早いし、ジャングルジムだって1番上で平気で立つし。
雲梯なんて一個抜かしできるんだよ」
それくらい自分だって、と思ったけれど負け惜しみのように聞こえそうで言葉を飲む。羽琉の燈哉自慢はまだまだ続き、燈哉も満更ではなさそうな顔をする。
「それなのに、僕のこと見つけると一緒にいてくれてたんだよ。
優しいでしょ?」
嬉しそうに、それでもはにかんでそう言った羽琉は燈哉に対する気持ちを隠すことなくその好意を素直に伝える。
「だって、羽琉のことは俺が守るって決めたから」
得意そうにそう言った燈哉に苛立ち、僕の方が先に知ってたのにと言いたくなる。
本当は僕だって羽琉と一緒にいたかったのに、羽琉のことを大切に思っていたのに。
だけど、それを今更言ったところで燈哉と成り代われるわけでも無いし、羽琉にとって燈哉が大切な存在なのは一目瞭然んなのだからどうしようもない。
「燈哉くんが羽琉くんを守るの?」
「そう。
羽琉はすぐ苦しくなるから俺が守るって約束したし」
その言葉を聞いた時の羽琉の嬉しそうな顔が、今でも忘れることができない。
あれから、アグレッシブな燈哉は大人しい羽琉に物足りなくなって離れていくのではないかと期待していたのに燈哉が羽琉から離れることはなかった。
その行動力で交友関係を広げ、初等部の高学年になってからは児童会の代表に選ばれる。中等部に上がれば当然のように生徒会のメンバーに名を連ね、校内での認知度も上がっていく。
中等部ともなれば少しずつその性差を理解するようになる。
Ω性は何かと不自由なことが多く、Ωと診断されれば自分を守ってくれるαの存在を求めることが多いけれど、燈哉と羽琉ははっきりと診断が出る前から当然のようにパートナーだと認識されていた。
身長も高く、能力に優れ、目を引く外見をした燈哉は声をかけられることも多く、中等部に入ってからは高等部のΩから呼び出されることもあったけれど、「自分には羽琉というパートナーがいるから」と全く相手にすることは無かった。
診断が出る前からそんなふうだったけれど、αだと確定してからはその呼び出しも増え、羽琉を不安がらせる。
だけど燈哉は一切ブレることなく、αなら誰もが欲しがると言われるような先輩であっても相手にすることは無かった。
羽琉はと言えば身体が弱いせいもありその身体は華奢で、日の光に当たることが少ないせいもあり儚く見える。
成長とともに欠席することは少なくなったものの、庇護欲を駆り立てられる容姿はαだけでなくβの欲情を唆る。
いつだったか、同級生が悪ノリして羽琉に性的な発言をした時には燈哉が本気で怒りその同級生を威嚇したことがあった。その頃はまだ確定している者もいればはっきりと診断も出ていない者もいる微妙な時期だったけれど、燈哉と羽琉ははっきりと診断される前から誰もがαとΩだと認識していた。
診断が出ていなくても威嚇を発する燈哉はαでしかないし、燈哉の執着具合から羽琉はΩで【燈哉の運命】だと認識されていた。
それくらい燈哉は執着を隠すことなく羽琉を慈しんだ。
羨ましかった。
常に羽琉の隣で羽琉を気遣い、羽琉に笑顔を向けられる。
自分がその位置に成り代わりたいと思うものの、燈哉がその場所を空けるわけがなく、必要以上に近付こうとすれば威嚇される。
自分がαと診断された時もやんわりと羽琉から離れるよう忠告された。
正直なところ面白く無かった。
自分だって羽琉を守ることのできるαなのに、αで有るがために排除されるだなんて理不尽だと思った。ただ、自分から羽琉に近付けば燈哉がいい顔をしないけれど、羽琉が僕にところに来るのを燈哉が阻止することはできない。
だから羽琉に対する気持ちを抑え、ただただ仲の良い友達として接するしかない毎日。燈哉としても羽琉が友達として接している僕を排除することはできなかったのだろう。
「ねえ、伊織ってまだ羽琉のこと好きだよな?」
あの日、そんな言葉で僕を驚かせたのは政文だった。政文も幼稚舎の頃から一緒で、だけど仲が良いかと言われれば微妙と答えるしかないような同級生。
お互いに認識しているし、話をすることもある。
特別仲が良いわけではないけれど、幼稚舎から一緒だったせいで他の同級生に比べればお互いのことをよく知っている、そんな存在の政文が言った言葉で僕の運命が少しずつ変わっていくことになるなんて考えてもみなかったんだ。
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