Ωだから仕方ない。

佳乃

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気遣いと本音。

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 翌日は予定通りに入院したものの、検査といっても痛いのは採血だけで、僕はベッドに横になっているだけ。

 いろいろな器具をつけられて何かを図ったり、大きな機械の中に入りひたすら大人しくしていたり。

 人によっては退屈だと思う検査も僕にとっては慣れ親しんだもので苦痛を感じることはない。

「とにかく食べられるものはちゃんと食べて、身体の調子を整えることが1番の目標だね」

 そう言って苦笑いした先生は、「1番の問題は栄養の偏り。まあ、簡単に言えば栄養失調」と少し呆れて隆臣に報告する。

「食事は少なくても栄養価の高いプログラムを組むし、差し入れとか羽琉君の食べたいものとか、隆臣君の食べさせたいものとか、どんどん持ってきてくれて構わないから」

「例えば?」

「果物でもお菓子でも、ケーキでもアイスでも。羽琉君の好きそうなものならなんでも。
 食事制限のある病気じゃないし、退屈したら院内なら何しててもいいし。
 栄養状態が良くなれば退院してもいいけど夏場は体調崩しがちだから療養するなら涼しいところを選んであげてね」

「それは、空調が効いてれば大丈夫ですか?」

「それでもいいけど少しくらいは羽琉君も外に出たいんじゃない?
 余計なお客さんも来なくて、羽琉君がしたいときにしたいことのできる場所、隆臣君なら見付けられるでしょ?」

「探してみます。
 羽琉さんも希望があったら教えてくださいね」

 ふたりで話していたのに急に話を振られて戸惑うけれど、その言葉に「考えておく」と答える。
 やる事はないし、個室だからスマホを触っていても咎められる事はない。
 消灯時間も決められているけれど、照明を落としさえすれば起きていても見逃してくれる。
 あまりにも眠れないようなら薬を処方されるのだけれど、入院して気が緩んだのか照明を落として横になれば眠くなるし、昼間だって気がつけばうつらうつらしてしまう。ちゃんと食事を摂るようになったせいで正常に血糖値が上がるようになったのだろう。
 こんなに眠って大丈夫なのかと不安になることもあるけれど、先生に相談してみても「それだけ体が弱ってたんだよ」と笑われただけだった。

 燈哉からは電源を切った後で電話やメッセージが入っていた。
 電源を切っている旨のアナウンスを聞いたのだろう。

 《電源、切ってる?》

 《もう病院?》

 《大丈夫?》

 《しばらく休むの?》

 《落ち着いたら連絡して》

 今までだって何度も入院しているけれど、こんな風に色々聞かれることなんてなかった。
 それは僕が入院する前にちゃんと連絡していたせいもあったのだろうけど、僕の予定を確かめるような事はなかった。
 時折入ったメッセージもその日にあったことや生徒会や部活での様子。
 僕の体調を気遣うメッセージもあったけど僕がどこにいて、いつまでそうしているのかの確認なんてされた事はなかった。

 このメッセージが意味していることなんて考えなくても分かってしまう。僕の状況を知り、僕の動向を知れば涼夏との過ごし方が変わってくるからだろう。
 僕のことを思い遣ってなんかじゃない。ただただ、自分たちのためだけの確認。僕はもう燈哉の1番には戻れないのだと思い知らされる。
 
 〈ごめん、充電忘れてた〉

 〈予定より早いけどこのまま入院〉

 〈退院したらそのまま療養〉

 〈また連絡する〉

 聞かれたことに答えスマホを置く。
 これ以上燈哉と共有しないといけない事は何もない。

 僕の入院先がΩ専用のクリニックで、パートナーでも番でもないαがお見舞いに来ることはできないことは以前に伝えたことがあるためお見舞いに来たいと言われることもない。
 αであっても家族であれば面会できるけれど、燈哉はそのどれにも当たらないためこのまま僕が転校をしてしまえば会う事なく終わってしまう関係だ。

「羽琉さん、今日は帰りますね。
 明日、何か食べたいものとかありますか?」

 ひと通り検査が終わり、大きな異常がなかったことに安心したのか隆臣は少しだけ浮上したようだ。結果が出るまで時間のかかる検査もあるけれど、1番の原因が栄養失調だと言われたことで何でもいいから食べさせたいというのが本音だろう。

「病院のご飯でお腹いっぱいになるからいいよ」

「クッキーとか、ゼリーとかはどうですか?」
 
「でもデザートも付くし」

「冷蔵庫もあるのでアイスもいいですね。
 果物はどうですか?」

「剥いたり切ったりしたくないし、きっと食べないよ」

「あれば食べたくなるかもしれないですから」

 会話が噛み合わない。

「誰かが来るわけでもないから減らないよ、きっと」

「そうしたら羽琉さんの相手しながら私がいただきます」

 そう言って「食べてるの見たら欲しくなるかもしれないですし」と笑う。
 きっと明日はたくさんの差し入れを持ち込むのだろう。

「ひとりでも大丈夫だから仕事優先してね」

「羽琉さんのお世話が私の仕事ですよ。
 あ、療養先も考えておいてください。
 場所じゃなくても、希望があればなるべく叶えますから」

 体調の悪さをひた隠しにしていたせいか、それに気付かなかった自分を責めているのか、昨日から隆臣はとにかく僕に甘い。
 燈哉とのすれ違いを知っていて、それなのに僕の体調の変化を予測できなかったことを気にしているのだろう。

「お友達には連絡、したんですか?」

 持参した用品を改めて確認して「何か足りないものがあったら連絡してください」と言ったタイミングで聞かれたのはきっと意図して。今後の身の振り方にも関係してくるはずの質問。

「燈哉にはこのまま入院になるって送っておいた。退院したら療養するからこのまま夏休みに入るって」

 夏休みまでまだあと数日あるけれど、このまま入院して、もしかしたらこのまま学校は辞めることになるかもしれない。そんなことをチラリと考えながら答える。入院を連絡するような相手は燈哉くらいしかいないのだ。

「伊織さんや政文さんは?」

「…してない」

 伊織も政文も僕のことを心配してくれているのは分かっていたけれど、燈哉を選んでしまったせいで距離ができてしまった。クラスが同じ伊織は何かにつけて心配してくれるし、燈哉がいない時には話しかけてくれるけれど、燈哉がそれを知れば翌日のマーキングの時に辛い思いをさせられるのだから距離を置くしかない。
 僕の様子と強くなるマーキングで伊織も現状を理解したのだろう。離れることが守ることになるのだと諦めたのか、時折入るメッセージでしか繋がりがなくなってしまった。

「メッセージ、喜ぶと思いますよ」

 そんなふうに言われてしまうと気になってしまう。
 そんなふうに僕を惑わした当の本人は「それでは、また明日来ますから」と言って病室を出て行ってしまう。僕に気を遣ったのか、僕のための差し入れを物色しに行きたいのか定かではないけれど、言われた言葉が気になってメッセージアプリで伊織を呼び出す。
 呼び出したそこにあるのは伊織からの僕を気遣うメッセージばかりで、嬉しいけれどなんとなく政文に申し訳ない気持ちになる。

 〈今日から入院することになりました〉

 〈このまま夏休みです〉

 とりあえず現状を伝えようと送ったメッセージにはすぐに既読が付き、〈心配してた》とメッセージが届く。

 《大丈夫?》

 《政文も心配してる》

 《って言うか、隣で見てる》

 〈心配させてゴメン〉

 《謝らないでいい》

 《あ、これ政文ね》

 ふたりで一緒にいるようで、そんなやり取りがしばらく続く。

 《羽琉、電話は無理?》

 これはどちらの言葉なのか分からないけれど、〈個室だから大丈夫〉と送ればすぐに電話がかかってくる。

「もしもし」

『『羽琉』』

 ふたりの声が重なる。
 純粋に羨ましいと思いながら、変わらないふたりが嬉しくて笑ってしまうとその声が聞こえたのだろう、『何かおかしかった?』と伊織の柔らかい声が聞こえてくる。

「ちゃんと話すの、久しぶりだから嬉しい」

 本音が溢れる。

「ごめんなさい。
 ふたりが僕のこと気にしてくれてるの知ってて燈哉を選んで…」

 ずっと言いたかった謝罪の言葉を口にする。燈哉に未練があったのも確かだし、少しだけ希望を持っていたから離れることができなかったけれど、ずっと謝りたいと思っていたから。

『選んだんじゃ無くて選ばされたんだろ?』

 これは政文の声。少し苛ついてるのは僕のせいなのか、燈哉のせいなのか、そんなふうに不安になるとすぐに次の言葉が聞こえてくる。

『燈哉のマーキング、あれ何?
 羽琉、入院するのあれのせいなのか?』

「………入院するのは栄養失調」

 燈哉のマーキングだって関わってはいるけれど、あまり心配させたくなくて正直に答えると電話の向こうで呆れたような笑いが起こり『『羽琉の馬鹿』』とまたしても声が重なる。
 それでも少しだけ安心したように聞こえるのはその原因のせい。

『お見舞いって無理なんだよね?』

「そうだね、家族ならαでも入れるけどそうじゃないと番かパートナーしか入れないから」

『だよね。
 隆臣さんは入れるの?』

「隆臣はβだし、家族扱いだから大丈夫」

『分かった』

『いつまで入院?』

「とりあえず夏休みに入ってもしばらくは病院みたい。
 退院したら…もしかしたら学校変わるかもしれない」

『え、何それ。
 聞いてないんだけど?』

 ガタガタと大きな音がして『伊織、落ち着け』と政文の声がする。どこにいて何をしているのかが気になるけれど、何をどこまで話せば良いのかが難しくて言葉に詰まってしまう。

「………燈哉のこと、見たくないから」

 黙って僕の言葉を待つふたりに言えたのはそんな言葉。

「でも、伊織と政文と離れるのは淋しいな」

 暗くならないように言った言葉にふたりの戸惑った顔が思い浮かぶ。
 Ωのことが苦手だと公言しているふたりに言うべき言葉ではなかったと思っても後の祭りだった。




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