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prologue
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「あの子、夏休みは入院するんだ。
毎年のことだけど検査入院してそのまま過ごすか、退院してもどこかで療養だし」
扉を開けようとした時に聞こえてきた声。
『あの子、夏休みは入院するから』
その言葉で〈あの子〉が誰を指しているのかに気づく。
〈あの子〉は僕だ。
「じゃあ、その間は安心だね」
無邪気に笑うのは彼。
いままでは僕が居たはずの場所を独占する彼。
いつもこの時間は僕と過ごすはずの時間を当然のように独占しているけれど、それでも告げなければいけない言葉が有るから仕方なく来たというのに聞きたくない言葉を聞く羽目になってしまった。
いつもなら一緒に過ごす昼休みに彼、涼夏が燈哉を迎えにきてどこかに行ったというのはクラスメイトに聞いた。
僕が調子が良くないと隆臣に連絡をしに行ったわずかな時間に起こったことだったらしい。
いつも僕と過ごしていた事を知っているクラスメイトは僕のことを気遣うような顔をしているのが居た堪れない。
「多分、あそこにいると思うよ?」
そう告げたのは僕と同じ男性Ωのクラスメイトだったけど、僕のことを気遣っているふりをしてこの場所を教えたのは共犯だったからなのかもしれない。
「安心、か」
少しだけ開いていた扉から漏れた声にポツリと溢れる僕の言葉。
その〈安心〉が僕のことを気遣っての言葉ならば喜べるけど、きっとそうじゃない。
「ならさ、その間は沢山遊べるね」
ほら、やっぱり。
「そうだな。
行きたい場所があれば考えておいてくれ」
優しい声色。
どんな顔をしているのか見たかったけれど、これ以上扉を動かせば僕の存在に気づかれてしまう。
僕には向けない優しい声色と、僕には見せない優しい笑顔。
僕が彼なら良かったのに。
泣きたくなる気持ちを抑えて扉から離れる。
彼らが言ったように入院する必要がある僕は、今日も急遽通院することになった為それを告げようと燈哉の元に急いだのに余計な気遣いだったのかもしれない。
迎えの車に向かいながらスマホを取り出し、メッセージを送る。
〈予定が入ったので今日は帰ります〉
送った後でしばらく眺めていたけれど、既読が付くことはない。
「車、出して」
そうお願いしてシートに体を埋める。
体調を崩しやすく、車で横になることの多い僕のために枕がわりのクッションや身体を覆うための大判のショールの置かれた後部座席は、守られているようで安心する。
「体調は如何ですか?」
体調が良い時の方が少ないことを知っているくせにそんなことを聞く彼は、僕の様子を見て何か思うところがあるのかもしれない。もしかしたら〈誰か〉から連絡を受けたのかもしれない。
「体調は良くないし、機嫌も良くない。
できれば帰って寝たいけどそんなわけには行かないよね」
八つ当たりというには幼すぎる言動に自分が嫌になるけれど、止めることはできない。
「いっそ、このまま入院しちゃ駄目?」
それができれば明日から登校する必要はないし、彼に連絡をできない理由にもなる。
「駄目だと思いますよ。
全ては今日の検査の結果を見てからのことですけど」
分かっていたことだけど否定されれば面白くない。
いつもなら長期休みに合わせて検査入院をしているけれど、今回のように体調不良が続くとそうも言ってられないはずなのに、それでも優しい言葉をかけてはくれない。
…原因なんて分かってるのに。
「学校、辞めちゃ駄目?」
「駄目ですね」
先ほどとは違い、即答だった。
「でもさ、学校辞めたら体調良くなると思うよ?」
さっきは即答だったくせに、今度は無視だ。体調不良の原因にだって気付いてるはずなのに。
「じゃあ転校は?」
「無理ですね」
即答だった。
「僕がいなくなれば丸く治るのにな」
聞こえているはずなのに返事は無い。
「自由が欲しいのは僕だって一緒だよ」
誰かに聞かせたいわけじゃない小さな呟きは、誰にも気付かれることなく飲み込まれて消えた。
毎年のことだけど検査入院してそのまま過ごすか、退院してもどこかで療養だし」
扉を開けようとした時に聞こえてきた声。
『あの子、夏休みは入院するから』
その言葉で〈あの子〉が誰を指しているのかに気づく。
〈あの子〉は僕だ。
「じゃあ、その間は安心だね」
無邪気に笑うのは彼。
いままでは僕が居たはずの場所を独占する彼。
いつもこの時間は僕と過ごすはずの時間を当然のように独占しているけれど、それでも告げなければいけない言葉が有るから仕方なく来たというのに聞きたくない言葉を聞く羽目になってしまった。
いつもなら一緒に過ごす昼休みに彼、涼夏が燈哉を迎えにきてどこかに行ったというのはクラスメイトに聞いた。
僕が調子が良くないと隆臣に連絡をしに行ったわずかな時間に起こったことだったらしい。
いつも僕と過ごしていた事を知っているクラスメイトは僕のことを気遣うような顔をしているのが居た堪れない。
「多分、あそこにいると思うよ?」
そう告げたのは僕と同じ男性Ωのクラスメイトだったけど、僕のことを気遣っているふりをしてこの場所を教えたのは共犯だったからなのかもしれない。
「安心、か」
少しだけ開いていた扉から漏れた声にポツリと溢れる僕の言葉。
その〈安心〉が僕のことを気遣っての言葉ならば喜べるけど、きっとそうじゃない。
「ならさ、その間は沢山遊べるね」
ほら、やっぱり。
「そうだな。
行きたい場所があれば考えておいてくれ」
優しい声色。
どんな顔をしているのか見たかったけれど、これ以上扉を動かせば僕の存在に気づかれてしまう。
僕には向けない優しい声色と、僕には見せない優しい笑顔。
僕が彼なら良かったのに。
泣きたくなる気持ちを抑えて扉から離れる。
彼らが言ったように入院する必要がある僕は、今日も急遽通院することになった為それを告げようと燈哉の元に急いだのに余計な気遣いだったのかもしれない。
迎えの車に向かいながらスマホを取り出し、メッセージを送る。
〈予定が入ったので今日は帰ります〉
送った後でしばらく眺めていたけれど、既読が付くことはない。
「車、出して」
そうお願いしてシートに体を埋める。
体調を崩しやすく、車で横になることの多い僕のために枕がわりのクッションや身体を覆うための大判のショールの置かれた後部座席は、守られているようで安心する。
「体調は如何ですか?」
体調が良い時の方が少ないことを知っているくせにそんなことを聞く彼は、僕の様子を見て何か思うところがあるのかもしれない。もしかしたら〈誰か〉から連絡を受けたのかもしれない。
「体調は良くないし、機嫌も良くない。
できれば帰って寝たいけどそんなわけには行かないよね」
八つ当たりというには幼すぎる言動に自分が嫌になるけれど、止めることはできない。
「いっそ、このまま入院しちゃ駄目?」
それができれば明日から登校する必要はないし、彼に連絡をできない理由にもなる。
「駄目だと思いますよ。
全ては今日の検査の結果を見てからのことですけど」
分かっていたことだけど否定されれば面白くない。
いつもなら長期休みに合わせて検査入院をしているけれど、今回のように体調不良が続くとそうも言ってられないはずなのに、それでも優しい言葉をかけてはくれない。
…原因なんて分かってるのに。
「学校、辞めちゃ駄目?」
「駄目ですね」
先ほどとは違い、即答だった。
「でもさ、学校辞めたら体調良くなると思うよ?」
さっきは即答だったくせに、今度は無視だ。体調不良の原因にだって気付いてるはずなのに。
「じゃあ転校は?」
「無理ですね」
即答だった。
「僕がいなくなれば丸く治るのにな」
聞こえているはずなのに返事は無い。
「自由が欲しいのは僕だって一緒だよ」
誰かに聞かせたいわけじゃない小さな呟きは、誰にも気付かれることなく飲み込まれて消えた。
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